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(しっかりしなきゃ……)
しばらく泣いて、スッキリしたので、ランベルトの捜索を再開することにした。もともと、こっちがメインだったのに、アルフレートのことを考えたら前に進もうにも進めなかった。刻一刻とすぎていく時間。ランベルトはアルフレート曰く、結界内にはいないらしい。どうやら、ランベルトの魔法を覚えていたようで、その痕跡をたどって……ということだった。
となると、やはり危険区域のほうに?
ランベルトはそんなことをするタイプだっただろうか。確かに傍若無人で癇癪持ちだったけど。でも、彼はそれなりに自分の家柄を気にするタイプだったし。家のことを考えたら、泥を塗るようなことはしないだろう。
教師陣は、自分に注意を引き付けるためと言っていたが、そんな理由ではない気がするのだ。
「テオ、ここから先は絶対に離れないでね。何があるかわからないから」
「うん。アルも、気をつけてね。昨日の夜みたいに飛び込んじゃダメだからね」
結界の境界線までたどり着き、一歩手前でアルフレートは足を止める。
結界の境には見えない壁がある。目視はできなかったが、そこに何かがあるのは感じ取れた。ここから先出たら、安全圏外になると。
彼は慣れているだろうが、僕のことを気にして、再度「いい?」と聞いてくれる。覚悟は決まっていた。
(さっきね、勝手だけど、君に約束したんだ)
アルフレートがなぜ今のアルフレートになったのか。その理由を自分なりに整理することができた。飲み込むまでには時間がかかったけれど、納得したから前に進める。
僕のために君が変わってくれたのなら、僕は君のために障害尽くさなければならないと思うのだ。それが、バグだとか、転生者だったから、とか。物語をぶち壊してしまったからという罪悪感も多少なりにはあったが、それよりも、一人ぼっちの彼を、これ以上一人にしたくないという気持ちが強かった。
アルフレートはもう、その一人ぼっちの寂しさを感じられなくなってしまったのかもしれないけれど。
僕がこくんと頷けば、彼は「なんだか雰囲気変わったね」と一言いう。そして、わかっているような、わかっていないような顔をして、うん、と頷いた。
「何があっても、テオは俺が守るから。だから、安心して」
「わかってるよ。アル。アルも、僕がいるから」
「……っ、そうだね。ありがとう、テオ」
ほころぶ顔が好きだ。そんなふうな顔を、最近……というか、この十一年の間に見てこなかった。あの頃は、本当によかったと思う。よく笑って、よく泣いて……でも、今は違うというか。
張り付いた笑み、身に染みた笑み。勇者アルフレートとしての笑みを向けられると、距離を感じてしまう。きっと無意識なのだろうが、それがまた痛々しい。
アルフレートは僕の手を引いて、境界線を越える。
境界線を越えた瞬間、正面からぶわりと魔力の波動を受ける。線を越えただけなのに、内側にいたときとは全く異なる空気かん。内側に張られている結界の強さを感じるとともに、別世界に来たような感覚になり、身が震える。もう、これだけで、ここが危険地帯であることははっきりとわかった。
感じる魔力もピリピリとしており、獣臭も濃い。そして、内側からは気づかなかったが、足元から上に上がるように真っ白い霧が僕たちを包み込む。
こんなところに、ランベルトがいるのだとしたら、すぐに引き戻さなければ危険だ。
まずは、無事でいてくれているかだが……
「テオ、大丈夫? 怖いよね」
「えっ、うん。でも、アルがいるから大丈夫だよ」
一人だったら、きっと腰を抜かしていただろう。動かない足に、目の前に飛び出してきた魔物に食べられていたかもしれない。けど、アルフレートがいるから安心できると、少し気が大きくなっていた。
「アルは、本当になれてるよね。一人で旅しているときってどんな感じ、だったの?」
「んー? 好きな時に、魔物を倒して、依頼を受けて、それを遂行するって感じかな」
「い、意外とシンプル」
「そうだね。勇者っていうだけで、いろいろ押し付けられるけどね。別にそれが嫌ってわけじゃないし、誰かが笑顔になるのは好きかな」
と、アルフレートは照れ臭そうに言った。
旅の話を先ほど聞いてから、結局どんな感じだったのだろうかと、ふとききたくなってしまった。まだこんなのは、氷山の一角に過ぎない。きっと、いろんなことを聞いたらもっと僕の知らないアルフレートが出てくるんじゃないかと思った。
でも、やっていることはかなりゲーム通りだ。依頼というなのクエストを受けて、それを完了して、報酬をもらう。ときには、ミニゲーム付きのクエストなんかもあったりして、見ている分には楽しかった。潜入調査とか。
(ランベルトが見つかったら、またアルにいろいろ聞こう。少しでも、アルのこと、十一年の空白のこと知りたいから)
まずは、目先のこと。それから、アルフレートに寄り添いたい。
僕は、大木をまたぐ際、アルフレートの手を取って、ゆっくりとまたぐ。滑りそうになったところを、受け止めてもらって、恥ずかしくなりながらも「ありがとう」と口にする。
「ちょっと待ってね、テオ」
と、アルフレートは、瘴気が濃いからね、と言って、僕に魔法をかける。
瘴気というのは、魔物や、魔法植物が放つ有毒物質で、魔力が変異し漏れ出たきりだったり空気だったり、ものは様々だ。だが、瘴気にあてられ続けると、精神に異常をきたしたり、身体に異常をきたしたりする。また、人間も正気を放つことがあり、それは精神的におかしくなり、魔力が異常状態になったときだ。
過去に、瘴気にあてられ狂暴化した人間による村壊滅の事件があった。それは、魔物の王が目覚める予兆ともされ、その村は閉鎖。瘴気は、人が死んだ後も、死体から流れ続けており、きれいさっぱりなくなるのには、数十年かかるとか。とにかく厄介な有毒ガスといったらいいか。
魔物が多いところでは、たびたびこの瘴気が漂う。そして、瘴気の濃度がこい、瘴気の森というのも発見されている。そこには珍しい植物や魔物がいるが、基本的に生身では飛び込めない。
しかし、この霧は瘴気によるものではない。だが、意図的に誰かの魔法で作られた人工的な霧だった。この中を歩くのは非常に危険だ。
「アル、ゆっくりいこいう。ランベルトは心配だけど、この霧の中むやみやたらに歩くのは危険だから」
「そうだね――ッ!!」
「あ、アル!?」
濃い霧の向こうから飛んできた火球に、アルフレートはいち早く気付いて剣を抜く。魔法で対応するよりも、こっち対応したほうが早いと判断したのはなぜかはわからないが、火球は真っ二つに割れて、僕たちの両側に分かれて、地面をえぐる。ボオゥッと、地面が焼け焦げ、そして、きれいに消えていく。
いきなりのことで、僕は腰を抜かしそうだったが、アルフレートの気が一瞬にして変わって、次の攻撃に備えていたので邪魔にならないようにと少しだけ距離をとる。
攻撃はどこから? と思ったが、その魔力の痕跡をたどれば、その魔法をうった本人が誰であるかすぐにわかってしまった。
「…………ランベルト」
「いったいどういうつもりなんだろうね……出てきたらどうかな、ランベルト」
彼の近くにいたからこそ、すぐにその魔力が誰のものであるか気づくことができた。だが、それを僕にはどうしようもできず、名前をつぶやくと同時に、霧の向こうから人影がゆらりと揺らめいた。白に、黒が揺れるので、はっきりと人影だと認識できる。
アルフレートは低く体制をとって、いつでも切りかかれる状態だ。
しかし、ランベルトはなぜ――
霧の中から現れたランベルトは、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。聞き取れないが、その眼は正気とは思えないほど汚れており、瘴気を放っている。
「ランベルト!」
「テオ、出ちゃだめだ。何か様子がおかしい」
アルフレートは僕の前にサッと手を出し、これ以上出てはいけないと制止する。
早くにも、ランベルトを見つけることができたが、簡単に一緒にけってくれないことは明白だった。一夜で何があったのか気になるところではあったが、目を凝らしてみれば、彼の身体から、漏れる瘴気の色は異様に黒かった。まるで、何かにとりつかれているようにも思う。
目の下にできた隈、ぶつぶつと呟く乾燥した唇。自分でしたくはしないが、それなりに身なりに気をつけているランベルトらしくなかった。何者かに操られているのだろうか。
「……アルフレート・エルフォルク」
と、ランベルトはアルフレートの名前をつぶやく。その声は、低くて、殺意が籠っているように思えた。
先ほどの攻撃も、明らかにアルフレートを狙ってのものだった。
やはり、担任がいったように、ランベルトは注意を引くために、結界の外に出たのだろうか。この間の決闘の腹いせに……?
アルフレートは、どうにか彼との会話を試みようとしたが、何かに気づいたのか、飛んできた火球を優しく外へと弾き飛ばす。火球はうっそうと生い茂る木々にぶちあたり、やがてスゥッと空気に消えるように消え、その後に焦げ臭いにおいが漂う。
(いつもより、魔法を打つスピードが速い?)
ランベルトはもともとお魔法にたけていたが、それにしても、今の攻撃は早すぎる。アルフレートだから、避けられるものの、普通の人間だったら、目で追うのでせいいっぱいだ。追えたとしても、そこまでで身動き一つ取れずにぶち当たっていただろう。
威力を増していく火球は、威力だけではなくスピードも上がっていく。アルフレートはそれらをすべて見切って剣で切っているが、追いつけない分は、魔法で外へそらすことでどうにかその場をやり過ごしていた。だが、このまま魔法を打たれ続けていればいずれ……それだけではなく、ランベルトの身体も心配だ。
魔力不足による貧血からの、最悪死に至る可能性だってあるわけだ。
「ランベルト、やめて!」
僕がそういっても、ランベルトの耳には全く聞こえていないようだった。我を忘れ攻撃を打っているランベルト。何でこのようなことになっているか、僕には皆目見当がつかない。
周りは、残った火球が燃え移って火の海へと変わっていく。
声が届かない……とあきらめている僕に、アルフレートは励ますように声をかける。
「テオ、そのまま呼びかけ続けて」
「えっ」
ジュオッと、僕の隣を火球が通り過ぎていく。綿毛のような僕の髪が、それによって巻き起こされた突風で揺れる。
アルフレートは僕を包むように防御結界を張ったうえで、ランベルトに向かって突進していった。ここから動かなければ、僕は安全だろう。立方体の結界にランベルトの攻撃が当たる。フォオンンと聞いたことない音を立てて、結界魔法に波紋が広がり、その攻撃をすべて吸収している。あの一瞬で、こんなにも高度な魔法を作れるアルフレートはさすがだった。
しかし、何故呼びかけ続けてと言われたのかは理解できない。
(でも、やるしかない……)
アルフレートは対話よりも、攻撃を受け流すことに集中していた。そして、ランベルトの攻撃をやめさせ、制圧しなければと必死さが見てとれる。
僕はきゅっと胸の前で手を握って、ランベルト! と彼の名前を呼んだ。すると、一瞬だけ、ランベルトに隙が生まれる。
「……っ、ランベルト、もうこんなことはやめよう。一緒に学園に帰ろう」
「一緒……に…………?」
「そう、一緒に!」
元の関係に戻れるかはわからないけど、ここでランベルトが死ぬとかは絶対に嫌だった。友だちとして。
そう、友だちとしてまた学園で過ごせたら――だが、僕の思いを裏切るように、ランベルトはハッと鼻で笑う。それと同時に、ぶわりと彼の周りに火が広がった。アルフレートは足を止め、クッ、と煮えたぎる炎に目を細める。
「何が、一緒にだ! 俺様を、俺様を一人にしたくせにッ!」
「……っ」
死ね――そう聞こえた気がした。
ランベルトから放たれた炎は、今度は球体ではなく渦巻くように僕に襲い掛かる。結界がはられているとはいえ、あんなものに当たったら確実に死ぬだろう。初めて向けられた殺意に、憎悪に僕はその場に尻もちをつく。怖かった、向けられた感情があまりにも黒くて、重たかったから。
「――テオッ!」
聞こえた、悲痛な恋人の声に、僕は目を空ける。すると、先ほどの炎の渦を受け止めようと剣を構えるアルフレートの姿が僕の目に飛び込んできた。そして、アルフレートは足を引き、身体を低くしたのち、白銀の剣をふるう。
ザン――――と音ともに、また突風が巻き起こる。次に目を開けたとき、僕の周りの結界を取り囲むようにし、地面がえぐれていた。そして、抉れた地面の前のほうで、剣を突き立て、膝をついたアルフレートの姿を見つけてしまった。