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「……皇帝閣下」


しまった、と反射的に思った。

何が嬉しくてこんな真夜中にこの人と出会わなければならないというのだ。


「……フン、貴様か。まさか余を貴様の下賤な従者如きと勘違いしたのではあるまいな?」

「……別に。それにコウカは下賤でもないし従者とも違いますよ」


この人はいつもこんな調子なのか。相変わらずイラっとさせる物言いをする。

本当にノドカはこの人のことを――いや、ノドカは目を見つめていろと言っていたか。

夜であるため、このままでは月明りに照らされた彼女の輪郭しかはっきりと見ることができない。

そのため、私は立ち位置を変えるために敢えて彼女のそばに寄る。


よし、この位置なら水面に反射した月光によって彼女の顔が良く見える。


「ほう。なら憂さ晴らしに余を殺しにでも来たのか? ククッ、貴様のような小娘1人でか?」


――あ、この人……。

そこで初めて気が付いた。

嘲笑うような物言いとは裏腹にその瞳はまっすぐ私のことを見ている。それに瞳孔の開き具合も話し出す前と今とで大きな変化がない。

この人の言葉は多分、本心からの言葉じゃない。


「……あなたは……何がしたいんですか?」

「何?」

「あなたは私を怒らせて、何がしたいんですか?」


この人は本心では私を貶したり、嘲笑ったりするつもりなどないのだ。

だったら、いったい何のためにこんな言動を繰り返すのか。

この人の普段の言動はどこまでが真実で、この人はいったいどこを目指しているというんだ。


「フッ、分かりきったことを。余は皇帝だぞ。下賤な者を蔑んで何が悪い? 誰も咎めることなどできはしない。余こそが定めそのものなのだから。……ああ、そうだな。敢えて言うならば楽しいのさ、誰もが余の前では頭を下げ、許しを請う。それが――」

「もう、いいです」


表情を歪め、如何にもそれが楽しいのだという声音と雰囲気で話すがこの人の目を見れば、それが嘘だと分かる。

だからこそ分からない。この人の目的が。


「うちのノドカが言うんです。あなたの目を見れば可愛いところが見えてくるって」

「――は?」

「あの子、意外と他人をよく見ているというか……機微に敏感なのかも。言動や雰囲気で繕っても意識の向かないところまでは誤魔化せていないんです。嘘が下手なんですよ、あなたは」


無意識下における体の動きなど、制御しようと思えばそれこそ自分自身を騙すしかない。

でも、この人は自分の本心にまで嘘はつけない。その上で演技をしようと


「本気で騙したいのなら、自分の心も欺く気で演じないとほんの僅かな違和感で気付かれますよ。これ、私からのちょっとした助言です」

「……馬鹿馬鹿しいな」


フッ、と鼻で笑った皇帝は踵を返して野営場へと戻ろうとする。

だが、逃がしてなるものか。


「グローリア帝国の栄光を取り戻す。それがあなたの目的ですか」

「――ッ!?」


初めて見た表情だった。勢いよく振り返った皇帝の表情は驚愕に染まっている。


「なぜ」

「あるご老人が話してくれました。美しい姫君の話を」

「…………」

「あなたの反応であなたの目的は分かった。でも、だからこそどうしてそんなやり方をするのかが分からない」


挑発も弾圧も、抑圧も鎖国だって。

この人が突き進んでいる道と目的は一体どこで交わるというのだ。


「恐怖や暴力で抑えつけていたって反感を買うだけ……いつか破滅してしまうだけです」

「…………」

「あなたはきっと頭のいい人。本当は暴君なんかでも――」

「いいや、暴君だ。私は――余は己の欲望のために人々を顧みることすらしない暴君なのだよ」


彼女は再び踵を返す。


「あ、待って!」


その後ろ姿に手を伸ばすが、皇帝は振り返らなかった。


結局、彼女がどうしてあんな手段を取っているのかは分からないままだ。

その次の日から聖教騎士団が合流し、私と皇帝はミンネ聖教国に辿り着くまで一度たりとも腹の底から話すことはなかったのだから。







「ユウヒさん!」

「ティアナ!」


ミンネ聖教国の聖都ニュンフェハイムにグローリア帝国の客人を送り届け、聖騎士団の厩舎にスレイプニル達を一度返してから一息ついている私たちを聖女であるティアナが訪ねてきた。


「突然、グローリア帝国に出向いてもらうことになってごめんなさい。色々と大変だったと聞きました……」

「まあ、ね。でもこれも私の大事な役目だったんでしょ? だったら平気平気」


笑顔を向けると彼女も笑顔を浮かべてくれた。

それから近況や今後の予定などを中心に話を繰り広げる。


「そっか、立食パーティもあるんだね」

「はい、全ての予定の後に。まだいくつかの国が到着していないので、さらに数日は掛かりそうです」

「世界中の国が集まってくるんだよね」

「南部諸国の一部を除いて、となりますが」


一部を除いた全世界の国が集まるものだから、今のニュンフェハイムは非常にゴタゴタとしている。

万が一、何かあってもいけないということで防衛力を強化し、来賓をもてなすためにサービス面にも気を遣っているようだ。


「せっかくの機会ですし、ずっと頑張ってくださっているユウヒさんたちもパーティが始まるまではゆっくりとお休みください。ちなみにわたくしもお父様と一緒に挨拶はしますが、基本的には暇です!」


――いや、自慢げに語る事じゃないと思うけど。

まあ、私も暇だし首脳会議が終わるまでの数日はゆっくりさせてもらおうかな。

聖教団から会議に出席しろとは言われていないとはいえ、救世主として各国の首脳に挨拶回りくらいはさせられるだろう。


そうしてしばらくティアナと穏やかな時間を過ごしていたわけだが、不意に彼女が何かを思い出したかのようにハッと顔を上げた。


「あっ、そういえば……ダンゴ様、ご依頼されていた例のアレが完成したんです!」

「例のアレ?」

「はい! ユウヒさんとお揃いの正装です!」


そういえばダンゴとコウカも作ってもらっていたのだったか、と私は自分の装いを見直す。この救世主としての衣服はカーボンスパイダーの糸で作られた特注品だ。

ティアナの言葉でダンゴも思い出したのか、その身体が前のめりになった。


「ホント!? ねえ、どこ!? どこにあるの!?」


ダンゴの反応が嬉しいのか、ティアナはくすくすと笑う。


「食事の後にご用意しますね。ちゃんとダンゴ様のご要望に沿って作ってもらいましたから、満足していただけると思います」


そこでにこやかなティアナの顔が心配そうなものへと変わり、言葉を続けた。


「あの、コウカ様の物も用意できているのですが……」


歯切れが悪いのはコウカがここにいないからだろう。

あの子は到着して早々、鍛錬の為にどこかへと行ってしまったのだ。


「ごめん、ティアナ。それはまた今度でお願い」

「……わかりました。そう伝えておきますね」




そんなこともあったが食事の後、メイドさんに連れていかれたダンゴが帰ってくるとその装いが大きく変化していた。

おぉ、という感嘆の声が私たちから漏れる。


「えっへへ、どう、どう!?」


その場で編み上げブーツの踵を軸にクルっと回転し、全身を見せつけてくる。回転した際には、肩に留められている赤いマントもバサッと翻っていた。

そんなあの子の後ろでは、着替えを担当したであろうメイドさんとティアナがニコニコと笑っている。


「へぇ、スカートの下にスパッツ履いてるんだ」

「動き回っても大丈夫なようにだって!」


観察を始めて、まず目につくのは赤いマントだろう。

そして次に視線が向かうのは私の物とは違うミニスカートだ。

基本的なデザインは私の物を踏襲しているようだが、細部に関してはダンゴに合わせたデザインに変えてもらっていて、あのショートレギンスもその一環だろう。


「わ~ダンゴちゃん~かっこいい~!」

「ふふん、そうでしょ! かっこいいでしょ!」


この格好を見せたくてたまらないらしい。

ノドカに褒められたことでダンゴの胸は大きく反り上がる。


「あなたって、ホントそれが好きね……」

「ユウヒちゃんとのデュオ・ハーモニクスの服装も似た感じのマントが付いてるもんね」


前にマントは卒業して、ローブを羽織るようになったヒバナとシズクが微笑ましいような、呆れたような視線をダンゴへと送っている。

この子たちはそんな感じの反応だが――。


「かっこいいなぁ、マント。私も作ってもらおうかな」

「えっ!? ユウヒもダンゴ寄りだったの……?」


ヒバナが信じられないものを見る目で凝視してくる。

……いいじゃないか、マント。私はダンゴとのハーモニクスでマントのカッコよさに目覚めたのだ。


「ひーちゃん、よく考えてみて。アンヤちゃんの服装を考えたのだってユウヒちゃんなんだよ……?」

「あ……そういえばそうね。元々あんな感じのが好きだったってこと?」

「…………?」


シズクとヒバナがアンヤを見て納得したと言わんばかりに頷いているが、2人が何を言いたいのかが理解できない。

見られているアンヤも訳が分からないのか首を傾げていた。


「……でも、分からないでもないよね。やっぱり、ああいうのもちょっといいかもって……」

「ッ、シズ!?」

「あっ……冗談だよ、冗談! あ、あたしには似合わないだろうし……っ」

「そういうことじゃないのよ。戻ってきて、シズぅ!」







数日後、無事に首脳会議は開催されたのだが会議は非常に紛糾しているようだった。

それも会議を乱している一番の原因はグローリア帝国らしい。

グローリア帝国の周辺国だけではなく全ての国を煽り倒し、ただ出席していただけのティアナも煽られたと泣きついてきた。

本当に相変わらずである。

元々仲が非常に悪い南側の国々とはお互いに言い合いを続けているらしいし、肝心の邪神対策が思うように進まない。

ラモード王国やゲオルギア連邦などの大国が積極的に対邪神の議論をまとめようとしてくれているのが、せめてもの救いらしい。

そんなラモード王国だが、当然ながら王女であるショコラは国に残っているようだ。

彼女の父親である国王様に挨拶に行った際にそのことを言われ、また遊びに来てやってほしいとも言われた。

――しかし、本当に暇だ。

一応、立食パーティには出席するように言われているがこの調子だと予定通りに会議が終わるとは思えなかった。


そして、そのまま1週間ほどが経過して何とか方針がまとまり、ようやく会議が終わる兆しを見せ始めていた時、事件は起こる。

――ニュンフェハイムへと戦火が迫っていたのだ。




夕食を摂り終え、部屋でゆっくりとしていた時のことだ。

機嫌のよさそうなダンゴが身体を揺らしていた。


「明日はパーティだよ、パーティ! 美味しい物がたくさん食べられたらいいなぁ」

「ダンゴちゃん、そんなに楽しみなの?」

「うん! ドレスだって着なくていいしね!」


制服を支給されたあの子はその服装で出席することができる。

つまり、エストジャ王国のように恥ずかしがるダンゴは見られないということだ。

そういった事情もあり、本当に楽しそうにしている彼女に何やら悪戯っ子のような笑みを浮かべたヒバナが声を掛ける。


「残念ね。この目で直接かわいらしいダンゴ姫を見たかったのに」

「うっ……い、いじわるなこと言わないでよ……」


少し顔を赤くしたダンゴの様子を見て、どうやら満足したらしいヒバナであったが、そんな彼女の表情がやや沈んだものへと変わっていってしまう。


「でもまあ……あんまり期待しない方がいいわよ。会議があの様子だとどんなパーティになるか……」

「もう、ヒバナ姉様はどうしてそんなに悲観的なの?」

「……あの皇帝がいるから、かしらね」

「ああ……うん。美味しいものも美味しくなくなるかも」


ヒバナの言葉に納得した様子を見せるダンゴ。

皇帝はイメージそのままの人ではないことはみんなにも伝えたのだが、信じられないのか、それとも信じた上で言っているのか分からない。

因みに私も皇帝のせいで酷いことになると予想している。


「……コウカ姉様、明日には帰ってくるかな?」


ダンゴがポツリと言葉を零した。


「大丈夫でしょ。家出したわけじゃないんだから」


コウカは数日前から帰ってきていない。

朝起きた時に彼女のベッドの上には書置きで数日間鍛錬のために帰ってこない旨が記されていた。

私たちのように何もしないというのは彼女にとって耐え難いものだったらしい。


「心配ですよね~……」

「そうだね。最近のコウカねぇ、元気なのかそうじゃないのかよく分かんなかったし……」


ノドカが憂いを帯びた表情で言葉を紡ぎ、シズクも本を読む手を止めてそれに同意している。


「コウカ姉様、お腹空いてないかな。やっぱり……ずっと感覚を断ってるのかな」

「……あまりいいことじゃない」


この子たちは自分の意思であらゆる感覚を遮断することができる。それは空腹感も例外ではない。

だからダンゴとアンヤは表情を翳らせているのだ。

この子たちも最近のコウカの様子からその異変に勘付きはじめているのだろう。


「……なんとかしてあげるべきなんでしょうけど……ユウヒの方でどうにかできないの?」

「難しいと思う……あの子の悩みが進化できないことなら、それをどうにかしないと解決には繋がらない気がするんだよね……」

「なら、ティアナに頼んで女神に聞いてもらうのは? あの人なら流石に原因がわかるでしょ」

「あー、ミネティーナ様か……」


たしかにありだな。

実際に会うのは難しいと思うが、話だけでも聞いてもらえれば解決策が見つかるかもしれない。

それにミネティーナ様の傍にはレーゲン様をはじめとする大精霊がいる。この子たちの先輩なら何か知っているはずだ。


「今はあの子も部屋にいるでしょ。だったら早速――何!?」


だがその言葉は遮られることとなる。

――言葉を紡ぐ最中、突如として地面が揺れはじめたのだ。


「地震!?」

「取り敢えず部屋の外へ!」


これは明らかな異常事態だ。今は自分の身の安全よりも状況確認を優先することにした。

部屋の外に出てそのまま人がいそうな場所へと駆けていく。

すると前から走ってきた騎士団の制服を着た男性が私たちに向かって叫んできた。


「敵の砲撃です!」

「えっ!?」

「正体は定かではありませんが、アリアケ様と精霊様方にも迎撃に参加していただきたいと!」


いったいどこから……いや、考えるのは後だ。考えるのは落ち着いてからでもできる。


「分かりました! 指揮は誰が?」

「第一騎士団のヨハネス団長です!」


まずはヨハネス団長に会って指示を仰ぐことにした。


そうして宿舎の外に出てから程なくして、忙しなく団員たちへ指示を出しているヨハネス団長の姿を見つける。


「ヨハネス団長!」

「ユウヒ嬢か!」


騎士たちに指示を出し終えるまで待ち、ヨハネス団長へ話しかける。


「私たちはどう動けばいいですか?」

「敵勢力はこのニュンフェハイムを包囲するように進軍してきている。地上戦力が主なようだが、空の上にも敵が展開しているようだ。竜騎士団が対応するが夜のため視界が確保できず、正確な数が把握できない。できれば上空及び各方面へと同時に展開してほしい」


上空はノドカとのハーモニクスで対応するとして残りの5人――いや、コウカがいないから4人で東西南北に展開してもらうことになるか。


「主様、コウカ姉様は……」

「コウカならきっとこの状況に気付いて戻ってきてくれる」


魔力の繋がりを確認する限り、コウカがいるのは東か。


「ノドカと私は一緒に行動。アンヤは東へ。ヒバナとシズク、ダンゴの3人はそれぞれ北、南、西の三方向に分散して。別れて戦うのは初めてになるけどお願い、どうか気を付けて。余裕があるときは私たちが飛んで助けに行くから」


全員の顔を見渡しながら言葉を伝えていくと、みんなも真剣な表情で頷いてくれた。

不安要素は多いが、やるしかない。


「何、それは本当か!」

「どうしたんですか!?」


ヨハネス団長が伝令役の騎士から報告を受け、声を上げたので私は何があったのかを訪ねた。


「敵は確認できただけでも全て邪魔ベーゼによって編成されているようだ」


それが意味することはつまり、これは邪神側からの意図的な襲撃。


「この戦い、何が起こるか分からない。十分に注意してもらいたい」

「……了解です!」


何も起こらずに撃退できればいいのに、と願わずにはいられなかった。







みんなと別れ、ノドカとのデュオ・ハーモニクスで空へと飛び上がった私は弓を構えてサーチライトに照らされた敵や魔力探知、風の魔法による索敵に引っ掛かった敵へ向かって矢を放っていく。

敵はワイバーンやグリフォンなど航空戦力による混合部隊のようだが、龍種のような大型の敵はいないのはありがたかった。


「敵の注意が地上に向かないよう、牽制と妨害をお願いします! 敵を落とすのは私が!」

「救世主殿か! ありがたい!」


空の上で竜騎士団と接触し、簡単に動きのすり合わせを行う。

何も難しいことをするわけではないので、私個人で動くよりも連携したほうが効率は上がるはずだ。

真下には住宅地だってある。避難がどれほど進んでいるかは分からないので絶対に地上へ攻撃させるわけにはいかないし、撃ち落とす場所も考えなければならない。

……戦いづらいが地上も地上で同じような状況だろうから、私も頑張らないといけないな。


『わたくしも~一緒ですよ~』


この子の言葉が私の支えになってくれる。

今の私は一人で戦っているわけじゃない。なら、どこまででも頑張れるはずだ。


――それにしても戦いやすい。これは世界樹のおかげだろうか。

世界中に魔素を送る役割を持つ世界樹の周りには魔素が溢れている。

そのおかげで非常に魔法が使いやすいのだ。


邪魔ベーゼにとっては~逆に~戦いづらい場所ですね~』


この場所には穢れた魔素が存在しない。地理的には明らかに私たちに有利な戦場だ。

これで包囲されているという状況に対しても、せめて対等に持ち込めているといいのだが。


「空の上は順調、次は地上の援護を……新手?」


南の空から新たな敵が迫って来ているという事実が風魔法を使った探知によって明らかになる。

敵の増援が現れたことを忌々しく思いながら、新たに現れた敵の中でも先頭を飛ぶグリフォンの頭部へと狙いを定め、矢を放つ。

敵も回避しようとしたようだが、間に合わずに脳天に大きな穴が開き墜落していく。これでまずは1体。

さらに敵の編隊とのすれ違いざまに次の1体に狙いを付けた時、脳内に警鐘が鳴り響く。

――下か。

ノドカの感覚に合わせる形で身体を動かすと寸前まで居た場所に風の刃が駆け抜けていった。

だが撃ってきた敵がいるであろう真下を見て、私は目を見開くことになる。


「なんでッ!?」


――その攻撃の出所は先程、脳天に直撃させ撃ち落としたはずのグリフォンだったのだから。

軽くパニックになりそうな心をノドカが落ち着けてくれる。

意味が分からないが、今度こそ確実に落とすために翼と頭部に連続して矢を放った。

今度も当たると確信していたが、敵はあり得ない動きで矢を回避してみせる。


「今の動き……!?」


敵は真横に引っ張られるように飛び、攻撃を回避してきたのだ。

魔力で形成した壁を蹴ったわけでもない。慣性すら無視したような動きだった。

揚力を全て魔力で補っている私ならまだしも、翼を使って飛行しているグリフォンにはできないはずの飛び方のはずだ。


「うわぁぁ!?」

「こいつら、どうしてッ!」


竜騎士団にも混乱が広がっていく。

それもそうだ、さっき墜とされた団員を襲ったのは首が折れたワイバーンだったのだから。


「アンデッド……でもさっきの動きは……?」


相手がアンデッドだとしても私の攻撃を避けた飛び方が説明できない。

それにアンデッドだとしたら基本的な弱点は頭部となるはずなのに。


「翼を破壊すれば飛行能力は低下する! 翼を狙え!」


そんな時だ。

竜騎士団の団長であり、現防衛部隊の隊長でもある人物が混乱の広がる団員たちと私に向けて声を荒げる。

どうやら完全に翼から独立した飛行方法を持っているわけではないらしく、自由に飛び回れるほどの力は本体にはないようだ。

だがそのまま落としたところで、地上で対応しなければならない敵が増えるだけだ。

どうにかして完全に倒す方法を見つけなければならない。

まだ狙っていないのは――胴体か。

相変わらず気味の悪い飛び方をするが、相手の飛び方さえ分かれば当てられないほどじゃない。


「そこだっ!」


矢は敵の胴体に吸い込まれていき、そこからさらに追撃として数発撃ち込んでいくと、そのまま力を失ったように落下していくグリフォンを見遣る。

ビンゴだ。


「弱点は胴体のどこかです! そこを抜けば倒せます!」

「我々では厳しい! 追い込んだ敵の処理を頼む!」

「了解!」


翼や首などと違い、胴体部分を貫くというのは厳しい物があるらしく、私の役目となった。

流石は訓練を積んだ竜騎士だけあり、すぐに新たな敵への対処法も身に付けている。

私としてはこちらの攻撃が当たるように上手く追い込んでくれた敵に向かって矢を放ち、確実に胴体を貫いていくだけだった。

何体か倒したことで、胸の中心が弱点の正確な位置であるということも掴めた。

対処法さえ分かれば、普段の戦いとそう変わらない。

そう気楽に考えていたのが悪かったのか、私に直接攻撃を加えてきたワイバーンを撃ち落とそうと追尾していって狙いを付けた時、竜騎士隊長の怒号が飛んでくる。


「誘いこまれている! 離脱しろォ!」

「――ッ!」


次の瞬間、凄まじい暴風が私に襲い掛かってくる。

さっき確認できたのは複数の風魔法があらゆる角度から一点に向かって放たれたことだ。それらが衝突し合い、この暴風を生んだということか。

魔力を噴射し、離脱に成功した瞬間に私はグリフォンとワイバーンの猛攻を受けた。

さっきまでの動きとは違う。いくら邪魔ベーゼといってもこんな完璧な連携が取れるなんて。

――やっぱりこの敵はどこかおかしい。


「くっ、狙いが!」


狙いさえつけられれば撃ち落とせるのに相手は狙いを付けさせないようにするためか、攻撃の手を緩めることがない。

ならば、と通常の風魔法を使ったのだが攻撃の合間に構築した術式では相手の身体を撃ち抜くことができなかった。


「救世主殿ォ!」


私の胴体に衝撃が走る。

見ると胴体に誰かの手が回され、身体が勢いよく引っ張られていた。だが引っ張っているのは敵ではない。


「隊長さん!」

「儂とこいつが飛ぶ! 救世主殿は敵を撃つことに集中するんだ!」

「はい!」


彼を信じて、私は狙いを付けることに集中した。変な体勢で狙うことになるが、それくらい誤差でしかない。

自分で飛ぶ必要がないので、魔力の翼と姿勢補助の風魔法は消しておく。そうすることで矢の魔力制御に回せる意識および魔力の割合が増加するのだ。

まず手始めに後ろから追ってくる敵に向かって矢を放ち、撃ち落とすことに成功した。


「正面からくるぞぉ!」


ガクッと高度が下がったかと思うと頭上を敵の爪が通り過ぎていくので瞬時に弓を引いて、タイミングを合わせることで撃ち抜く。

――この人、避け方が上手い。

相手よりも飛行能力が劣る飛竜のはずなのにそれを技量でカバーしているんだ。

そのおかげで私は彼に回避を任せきることができ、攻撃に集中できている。


こちらを倒そうと追い込んでくる敵を掻い潜りながら、確実に数を減らしていく。

しかし、敵もただでは終わらない。

私の魔力探知が飛来してくる風魔法を捉える。その魔法は私たちの周囲の風の流れを変えた。


「翼を捕られた! 救世主殿!」

「えっ!?」


空中へと投げ出された私は反射的に魔力の翼を生成し、反転する。

そんな私の目に飛び込んできたのはグリフォンの爪が竜騎士隊長さんの腕を切りつける光景だった。


「隊長さん!? よくもっ!」


飛竜から投げ出された隊長さんを追撃しようとするグリフォンへ狙いを定めると同時にノドカから警告が飛んでくる。


『何体か~こっちに~!』

「だったら!」


ここで選択するべきは迎撃。でも、あの隊長さんを死なせるわけにはいかない。

私は隊長さんを付け狙うグリフォンの真上まで飛び――再び魔力の翼を消失させた。


『お、お姉さま~本当にやるの~……!?』


加えて、身体の周囲に纏っていた風の結界【リフレクション・ウインド】も消す。

姿勢制御を補助していた【オグジュアリー・ウインド】と索敵に使っていた探索魔法【フィーリング・ウインド】もだ。

常に使用していた魔法を4つ消したことで全ての魔力を攻撃に回せるようになった。

翼を失った私の身体は落下を始めるが、それで構わない。全てこの一撃で終わるからだ。


弓を引き、真下に狙いを定めた私の口が動き、喉を震わせる。

それはいつもの私の歌声ではなかった。あのエルダートレントと戦った時と同じように、ノドカに私の口を使って歌ってもらっているのだ。

眷属スキル《カンタービレ》は歌声で周囲の魔素を操作する。

私が歌うといつも周囲の魔素、さらには他者の魔力すら少しずつ拡散させる効果を及ぼすのだがノドカは違う。

彼女の美しい歌声は周囲から魔素を集める力がある。

こうして周囲から魔素を集めても、敵が強くなることはない。

何故なら、このニュンフェハイムにある魔素の中に穢れた魔素はないからだ。だから気にすることはない。

これから使う魔法は【ディフュージョン・ストーム】。

放った瞬間に幾重にも拡散して敵を貫く嵐の矢だ。


周囲の魔素を取り込み、即座に生成した矢を放つ。

目論見通り、拡散した矢はあらゆる方向へと向かって飛び出していった。

本来ならこれを維持しつつ、操作する必要があるが霊器“テネラディーヴァ”が自動で魔法を維持してくれるため、私とノドカはこの魔法を敵に誘導してやればいい。

最初に狙った先にいた落下する隊長さんを追いかけるグリフォンは3本の矢が貫いて倒した。

だから次は再び発現させた索敵魔法の範囲内にいる残りの敵だ。

今回、操作している矢は全部で128本。私とノドカの魔法制御を合わせても一度に操作するのはこれが限界だ。

矢と敵の位置関係は全て感覚で分かる。避けられた矢はその場で方向転換しながら敵を追い詰めていく。

でも飛行能力と防御能力を犠牲にしての制御だ。そう長く時間は掛けられない。


落下を続けながら、なんとか隊長さんに追い付き、その体を引き寄せる。

鎧の上から腕を切られており、出血しているが大事には至っていないようだ。


「救世主殿か……」


もう歌う必要はないので、スキルの使用はやめているが私は言葉を返さなかった。私が魔法の制御中だと理解したのか、彼はそれ以上何も話さない。

依然、落下していく私たちの元に近付いてくる存在を索敵魔法が捉えた。

――でも、これは敵じゃない。


「ヴォルケ、無事だったか」


隊長さんの飛竜だ。

竜は私たちを下からそっと拾い上げるとその背中に乗せてくれたのだった。

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