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「ついにこの時が来ましたわね、ちんすこう!」
サーターアンダギーが手に持った剣をちんすこうに向ける。だがちんすこうは迷っていた。サーターアンダギーはかけがえのないパートナーだ。いや、パートナーだった
。
「どうしてこんな事に……」
手にナックルダスター(※拳を強化する武器。メリケンサックやカイザーナックルなどとも呼ばれる)を握りしめ、苦悩するちんすこう。その肩に手を乗せ優しく声をかけたのは時には戦い、時には協力して巨大な怪物を倒し、長い旅路を共にしてきたライバルだった。
「ちんすこうちゃん、サーターアンダギーちゃんにはきっと何か戦わなければならない理由があるのよ」
「道明寺……」
振り向き、ライバルの名を呟く。だが、嫌々をするように目を瞑り首を振るちんすこう。そこにまた別のライバルが声をかける。
「サーターアンダギーはこのカオスユニバースを破壊しようとしてんだ。理由はどうあれ、止めるしかないだろ」
「長命寺、そんな事言ったって!」
ちんすこうの頬に一筋の涙が伝う。サーターアンダギーはカオスユニバースを旅する彼女をずっと支えてくれた親友だ。それが今、ちんすこうに剣を向けているのだ。まだ幼さの残る十代の少女にはあまりにも辛い現実だった。
「悩んでるねー、破壊の化身ちんすこうでも親友と戦うのは辛いんだ? 鬼の目にも涙ってね」
ちんすこうを揶揄うのは、これまでの旅を支えてくれたメカニックだ。彼女の口の悪さにはいつも助けられてきた。困難に直面し、くじけそうになるとこうやってちんすこうの尻を叩くのだ。
「愛玉子! だってサーターアンダギーがいなかったら、私は何も出来なかった。宇宙にも出られなかったし、『星食いのリヴァイアサン』も倒せなかった!」
力を合わせて宇宙の危機を救った。宇宙海賊と呼ばれたちんすこうが、救世主へと変わり人々から感謝されたのを、誰よりも喜んだのはサーターアンダギーだった。
「それなのに!」
「だからですわ」
サーターアンダギーが冷たい声で言い放つ。
「この宇宙の全てを旅し、全ての星を救い、全ての人に尊敬される存在となったちんすこう。でも宇宙を救ってもそれまでに犯した数々の罪は消えません。だから、あなたのナビゲーターとして最後のけじめをつけなくてはならないのですわ」
「わからない……わからないよ!」
ちんすこうの叫びも意に介さず、剣を構えたサーターアンダギーが走り出す。
「ちんすこうちゃん!」
道明寺が警告を発する。サーターアンダギーの振り下ろした剣を、ちんすこうはナックルダスターで弾いた。
「うう……仕方ない。行くぞ、サーターアンダギー!」
相手が本気だと理解したちんすこうはついに拳を握り、ファイティングポーズを取る。それに呼応して仲間達も武器を構えた。
「来なさい、ちんすこう!」
親友の二人が、ついに互いを『敵』として視界に捉え――
――目が覚めた。
「……なに今の?」
変な夢を見たものだ。身を起こし、ベッドから足を降ろす少女の名は【伊勢野 赤福】という。宇宙だの怪物だのといった非日常的な世界とは無縁な、ごく普通の中学生である。いや、今日から中学生になる。もちろん剣やナックルダスターなんか見た事もない。
「妙にリアルな夢だったなー名前は変だったけど。サーターアンダギーとかちんすこうとか何なのよ、もう」
パジャマのまま、部屋を出てリビング兼ダイニングに向かう。朝のニュースを見ながら先に朝のトーストにかじりつく父はどこにでもいるサラリーマン。だけど赤福はそんな父を尊敬していた。
(毎日朝から晩まで働いて、大変だなぁ。私には絶対無理!)
まだ十二歳の女の子なのにサラリーマンの苦労を理解しているとはなんと良い子なのだろうか。こんな子が宇宙海賊なんていかにもな悪党に身をやつすなど、到底考えられないのである。
「おはよー!」
「おはよう、赤福。今日から中学生だな」
今日から『私立すあま女学院』に進学する愛娘に優しく微笑みかける父。
「早く食べちゃいなさい。忘れ物しないようにね!」
キッチンから母が赤福に声をかける。彼女も専業主婦になる余裕はないのでパートの仕事をしている。もう二十二世紀だというのに、日本では未だ旧来の雇用形態が続いているのであった。それはある事件による科学の進歩に対する忌避感が原因だったが、その話はまた別の機会にしよう。
「はーい!」
(すあま女学院かー、どんな友達が出来るかなあ?)
赤福は進学先での新たな出会いに夢を膨らませていた。ワクワクしすぎたせいで変な夢を見てしまったのだろうか? 全く知らない子なのに、サーターアンダギーの顔をはっきりと覚えている。
不思議な体験だったが、赤福はあまり考え込まないタイプなのですぐに朝食をとり制服に着替えた。
二十二世紀。日本は国を挙げて新しい分野の技術を開発していた。それは『魔科学』という。その名の通り、魔法と科学を融合させた技術である。魔法と言っても、残念ながらファンタジー世界のように何もないところから火を出したりするものではない。人間の精神エネルギーを利用する技術の総称である。生きている人間が機械の中に入る事で稼働するという夢のような技術が魔科学なのであった。
私立すあま女学院は、その魔科学を学ぶ事の出来る学校である。中高一貫校であり、成績次第で魔科学研究の最先端である国立魔科学研究所へ入ることができる、世界でも有数のエリート校なのだ。そんな学校に入学する赤福はさぞかし頭が良いだろうと思ったかな?
だが、彼女はあまり勉強が得意ではない。どちらかといえば身体を動かすのが得意な元気っ子だった。実は私立すあま女学院は入学試験に学力テストを行わない。その代わりに魔科学への適応力、つまり精神力を測定されるのだ。
「行ってきまーす!」
新品の可愛らしい制服に身を包んだ赤福は、元気いっぱいに家を出た。少しクセのある髪の毛は明るいブラウン。大きくクリクリとした鳶色の目は好奇心旺盛である事を物語っている。背は低めで、年齢よりも更に幼く見える。そんな少女がエリート学校の制服を着て街を歩くのだ。自然と周囲の視線を集める事になった。
「あら赤福ちゃん、すあま女学院に行くのね!」
途中の道にあるコンビニの前で掃除をしていたおばさんが声をかけてきた。赤福もよくここで買い物をしている。主にお菓子を。
「うんっ! 友達ができるかなあ?」
「赤福ちゃんなら、すぐに沢山友達ができるよ」
そんな言葉に見送られ、笑顔で学院に向かう赤福。直通のバスが出ているバス停に到着!
「あらら、前のバスが出たばかりですわ」
ちょうど赤福と同時にバス停に着いたらしい少女が、時刻表を見ながらひとりごちた。
(もしかして、私と同じ新入生?)
その少女の後姿から、赤福は自分と同年齢だと判断した。
「おはよー! あなたも新入生?」
元気いっぱいに話しかける。すると、少女も笑顔で振り返った。
「ええ、そうですわ。私は聖護院八ッ橋、あなたは?」
振り返った少女は【聖護院 八ッ橋】という名前だった。背中まで伸びる黒のストレートロングヘア、アーモンド型の目は少し明るい茶色。見るからにお嬢様といった外見の少女だが、赤福はその顔に見覚えがあった。
「サーターアンダギー!!」
「え?」
突然叫んだ赤福に、驚いた様子の八ッ橋。
「か、変わったお名前ですのね?」
「あっ、何でもない! 私の名前は伊勢野赤福だよ!」
思わず叫んでしまった言葉を誤魔化し、改めて自己紹介をする。
(まさか、あの夢で見た子に会うなんて。でも名前は普通だ。なんか聞いた事あるような苗字だけど)
その後、学院の事などとりとめのない事を話しながらバスを待つ二人は、すぐに仲良くなった。早速友達ができて、ウキウキ気分の赤福。
だがこの時赤福が叫んだ『サーターアンダギー』という言葉が、彼女達の運命を大きく変える事になるのだった。
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