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◻︎美容院と買い物と隣の奥さん
雑誌とネットで調べた、お洒落な美容院。
店長はカリスマと呼ばれてるとか(東京でもないのに?)
爽やかな笑顔の若い男性店長がいる美容院は、すっかりオバサンになってしまった私には敷居が高い。
「よし、予約完了!2人とも同じ時間で入れたよ」
「よかった、1人だとちょっと二の足踏んじゃうから」
「ここで、このイケメンカリスマ美容師とやらに、イケてる髪型にしてもらおうよ」
「イケテルって、今でも言うの?」
「いや、知らん。でも意味はわかるでしょ、相手はプロのサービス業なんだから」
そう。
1人じゃフットワークが重くて遅いオバサンも、複数になると俄然強気になる。
頭の中では、白髪が目立つ髪を染めて軽やかにウェーブして垢抜けた自分がポーズをとっている。
もちろん、顔も若返って。
妄想だけは、いくつになっても逞しい…いや、歳をとるほど図々しくなるものかもしれない。
「せっかく髪型がいいのになるなら、服装もそれなりにキメたいね」
「じゃあ、先に服を買っちゃう?それ着て美容院行こうか!」
「えっ、でもこの髪型じゃ、服屋さんも見立てに困るんじゃない?」
「いいや、売りたいんだからそこそこいいやつを勧めてくるよ」
「だったらさぁ、メイクもちゃんとしたいよね?」
「うーん、じゃあ、どれが先?美容院?服屋?メイクショップ?」
まるで鶏と卵どっちが先か?みたいになってきた。
「テレビでよくやってる変身してくやつってさ、髪からだよね?それからメイクして着替えて…」
「じゃ、やっぱり美容院だね!変身を楽しむなら普段通りでいいか。そして少しずつランクアップ!とか」
「そうしよう!」
たかが美容院。
でも気合いの入れ方が違う。
私と礼子は、これからの自分を自分でプロデュースすることにした。
だからその第一歩となる新規開拓の美容院は、とても重要なのだ。
5日後。
今日は礼子の車で美容院へ行く。
「なんか、ドキドキするね」
「うん、初めて美容院に行くみたいな?」
「どんな髪型にしようかな?」
「まずは、オススメを聞いてみる?」
駐車場に車をとめて降りようとした時、カフェテラスのような正面玄関から、お客さんを送り出す美容師が見えた。
「あ、あれ、店長じゃない?」
「え?店長自らお見送り?すごいね」
「あれ?あの人…」
大きな花柄のワンピースにシフォンのストールを羽織って歩いてくる女性。
セットしたばかりの長い髪は、大きなロッドで巻いたであろうウェーブが緩やかに風になびいている。
メイクはキツめ、いや、あれは派手目と言うのか?
「昭和の女優みたいだね」
「しっ!」
「どうしたの?」
「目を合わさないでね」
「うん…」
2台あけた駐車場にとめてあった車に乗り込むのが見えた。
あの、五輪マークみたいな外車。
そのまま駐車場から出て行った。
「誰だったの?あの女優もどきは」
「隣の奥さんだよ、イメージは全然違ったけど、少し癖のある歩き方とあの顔は間違いない」
「へぇー、お金持ちなんだね」
「…そこは、なんか違う気がする。ま、いいや、行こうか!」
「うん。ね、私らもつば広の帽子とか、サングラスしてくればよかった?」
「なんでか?」
_____あの奥さん、いつのまにあんな風に変わったんだろ?
その時はそれくらいしか思わなかった。
「私は女優の黒〇瞳風!」
「私は高〇礼子風!」
「それってやっぱ、礼子つながり?」
「まぁね。でもやっぱり思ってたのと違うーっ!元が違うから当たり前なんだけど」
「まだまだこれからだよ!ホモサピエンス、メス、50代…共通点ばかりなんだから、大丈夫」
「大丈夫って、どこからくる自信なの?まぁいいけど」
お会計を済ませて、出ようとした時、店長に聞いてみた。
「あの、私たちと入れ違いだった女の人って、よく来るんですか?」
「えっと、来栖様、少しまえからよく来ていただいてますよ」
「ふーん、そうなんだ。あ、私もまた来ますね」
「はい、お待ちしております。ありがとうございました」
値段はいつも行く美容院より5割増し。
でも、ゆったりとした雰囲気で、髪型も注文通りだった。
「さっきの女優もどき、ここの常連なんだね」
「みたいだけど、あんなふうになったの初めて見たんだけど」
「そうなの?」
「いつもは、私らと似たような感じの普通の主婦で、あんな派手な感じになるって知らなかったよ」
「それはやっぱり、若い男の車に乗るからじゃない?」
「ん?若い男?」
「いやだ、美和子、見てなかったの?運転手は若い男だったよ、それも派手な…ホストみたいな?」
「あれ?そうだったの?」
「あの車、左ハンドルだったから見えてなかったのか…」
メガネをしていなかった。
「しまった、ちゃんと見たかった!いつかの仕返しができたかもしれないのに」
「仕返しって、物騒なことを」
「しないけどさ、弱みを握ってると思うとちょっとだけ気分いいでしょ?」
「わかるけどね、児童虐待の母だと噂された美和子の気持ちも」
思い出したらまた嫌な気分になる。
忘れよう。
「さぁ、次はメイクしてもらおうよ。デパートの化粧品コーナーで」
「ラジャー!」
髪が軽くなって明るくなって、2人とも声もワントーン上がった気がした。
自分たちの子どもくらいの店員さんから、細かなアドバイスを受けて、それなりの仕上がりになる化粧の仕方を指導してもらった。
肌のキメをごまかす(?)パウダーと、しっとりツヤツヤにする口紅を買った。
「ね、加齢臭っておばさんにもあるらしいよ、ちょっとそっちも買って行こうよ」
礼子に言われて香水も試す。
「昔から好きなんだよね、ムスク系」
「私は石けんみたいなのが好き」
「つけすぎないようにしないとね」
「うん、下品になるよね」
そして、次は洋服選び。
ブランドなんて買えないけど、ファストファッションはちょっと違うよねと、それなりのお店へ行く。
そこはやっぱり、リサーチ済みの。
「礼子、それいいよ、出来る女って感じで。それで手帳とか、トートバッグとか持って、少しだけヒールのある靴を履いたら、キャリアウーマンっぽい」
「ホントに、お似合いですよ」
「そう?出来る女か…。憧れるなぁ。よし!形から入ろう、見た目出来る女ってことで」
「私は、午後のお茶を楽しむ奥様風で、こんな感じかな?」
「あら、馬子にも衣装?セレブっぽいよ」
「ホント?じゃ、これにしようかな?」
「あー、でも動きとかも変えないと…」
「動き?雑だからなぁ、私。きゃっ!」
フィッティングルームから出ようとした時、靴を履き損なって転びそうになった。
「そこはきちんと靴を並べてから履いたら?」
「雑な動きじゃダメね」
2人で話していたら店員さんが近寄ってきた。
「お客様…」
「はい?」
「さしでがましいようですが、もしも動きを素敵に見せたいのなら、例えば女優の誰かの動きを真似するとかしてみるといいですよ」
「ほぉ、なるほどね」
「うん、ありかも?歩き方とか食べ方とか?」
「実は私もそんなふうにして、お客様と接するようにしてますので。素の私ではとてもお客様の前に出れません」
面白いことを言う店員さんだな。
でも、それもいいと思う。
「楽しそうだね、なりきりってやつ」
「だね!」
両手いっぱいに買い物をして、家に帰った。
「ただいま!」
「おかえりー、すごいね、その買い物」
「それより、見て見て、どう?この髪型とメイク」
荷物を置いて、遥那の前でクルリと回って見せた。
「うん、似合ってるよ。喋らなければいいとこの奥さんみたい」
「しゃべらなければって、もうっ!」
「でも、ママが楽しそうでよかった。なんだか安心したよ」
「え?なに?きゅうにそんな…」
「来週ね、引っ越すから。晶馬《しょうま》くんと、マンションを決めてきた」
「あ、そう、いい部屋だった?」
「うん、南向き角部屋、オートロックの5階、2LDK」
ぱぁっと明るく笑う遥那を見て、寂しくなる、とは言えなかった。
結婚の話が出た時から、こうなることはわかっていたはずなのに、いざ娘が家から出て行くと思うと、やっぱり寂しい。
「よかったね!楽しく暮らすのよ」
「うん、ありがとう」
「嫌になったら、いつでも戻ってきていいからね」
「ちょ!出戻りさせないでよ」
「それくらい気楽でいなさいってことだよ」
「うん、わかった」
「結婚がゴールじゃなくて、一から始めるってことなんだから。って言っても入籍しないから同棲だったね」
お試し期間とやらをやってみる、と言っていたことを思い出した。
「パパが寂しがるかなぁ?」
「それも大丈夫みたいだから、心配しないで。パパはバイクの仲間とツーリングチームを作るみたいよ。パパもママもこれからはやりたいことやるから、寂しがってる暇はないのよ」
「えー、少しくらいは寂しいって言ってよ」
そう言う遥那の目には、涙がこぼれそうになっていた。