テラーノベル
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重い鉄の扉を押し開ける。
雨脚はさらに強まり、屋上のコンクリートを叩く音が、耳の奥で激しく反響していた。
視界を遮る雨幕の向こう側。
そこには、葬儀で焼かれたはずの女、愛華が立っていた。
喪服ではない。
あの日、私の喉を焼いた時と同じ、眩しいほど純白のワンピースを着て。
「遅かったわね、栞。……待ってたのよ」
愛華の声は、スマホ越しに聞くよりもずっと冷たく、鋭い。
彼女の足元には、力なく横たわる私の「母親」の姿があった。
猿ぐつわを嵌められ、恐怖に目を見開いている母の傍らに、結衣が静かに佇んでいる。
「愛華…?どうして……っ」
喉が焼ける。
パンドラが貸し与えた「偽物の声」ではない。
怒りと、絶望と、10年分の執念が、私の声帯を無理やり震わせる。
「どうして? 決まってるじゃない。美波たちを駒にして、あんたを絶望の淵まで追い詰めて、最後は私が『救世主』として現れる……。それが私の描いた完璧なシナリオだったのよ」
愛華が、結衣の肩に手を置く。
「結衣はね、私の専属プロデューサー。パンドラなんて、私の退屈しのぎのために彼女が作ったおもちゃに過ぎないわ」
結衣は無表情のまま、私を見つめている。
「栞。あなたは美波を倒して満足したかもしれないけれど、彼女に熱湯を用意させたのは誰?彼女に『栞を黙らせろ』と命じたのは誰?」
愛華が笑いながら、母の首筋に鋭いヒールを寄せた。
「全部、私よ。……だって、あんたが私のパパ活をバラそうとしたでしょ? 私の『完璧な人生』を汚そうとした罪は、一生かけて償ってもらわないと」
私は、階段で見つけた九条刑事の姿を思い出した。
彼は愛華が生きていることに気づき、独りでここまで来たのだろう。
そして、愛華の「本当の共犯者」である結衣の手によって沈められた。
「さあ、栞。最後の選択よ」
愛華がスマホを掲げる。
画面には、街中の人々が「傍観者リスト」を元に殺し合いを始めている様子が、リアルタイムで映し出されていた。
「今ここで、あんたの母親の命を救う代わりに、街中の『傍観者』全員をパンドラで処刑するボタンを押すか。……それとも、母親を見捨てて、この街の混乱を止めるか」
愛華の目が、狂気の色を帯びる。
「あんたは聖女を演じ続けるの? それとも、10年前と同じように、自分を守るために誰かを犠牲にするの?」
私の手の中にあるスマホが、熱を帯びて震える。
『YES』か『NO』か。
100万人の命か、たった一人の母親の命か。
私は、アクリル板越しに見た母親の、あの悲しげな瞳を思い出した。
そして、隠し通路で見た、自分自身の醜い裏切りの記録を。
私は、ゆっくりと愛華に向かって歩き出した。
ホワイトボードはもう無い。
声は出なくても、私の目は真っ直ぐに愛華を射抜いていた。
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深冬芽以