TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ジリリリリ…ジリリリリ…。目覚まし時計の音が、部屋中に無遠慮に響き渡る。

僕はその音に反応するように手を伸ばし、ボタンを押した。


カチ…。


無音が戻る。けれど、それは静寂とは程遠い空虚な音だった。


「またあの夢か。」

口をついて出た言葉は、自分自身にも呆れ返るほどに乾いていた。


「また退屈な一日が始まってしまった。」


誰に言うでもなく、ただ自分のために言葉を吐く。

生きていることを嘆く。それが僕の一日の始まりだ。


君と二人で屋上から身を投げ出した日、確実に僕は一度死んだ。

心臓が鼓動を止める感覚を、僕は今でも鮮明に覚えている。


あの日、最後まで君は笑ってくれていた。

その笑顔が、まるで彫刻のように僕の脳裏に刻まれて離れない。


君の手を握る感触が、薄れていく瞬間―――、

君の顔が、ぼやけていく様―――、

全てがあまりにも本物だった。


それなのに。


僕は今、こうして息をしている。

何事もなかったかのように朝を迎え、ただ機械的に目を覚ます。


「どうして、こんなことになってしまったんだろうか。」


自分に問いかけるたび、その言葉が宙に吸い込まれていく。

誰も答えてくれないことくらい、最初から分かっているのに。


あの日から、僕の中で時間が止まった。

けれど、世界は容赦なく動き続ける。


窓の外では人々が行き交い、車のエンジン音が遠くから響く。

僕だけが取り残されているような感覚。

まるで、この世界に僕だけが余分に存在しているような―――そんな感覚。


君が隣にいない朝は、どれだけ過ごしても慣れない。

ベッドから見上げる天井は、無機質で冷たい。


君がいた時、こんな朝が来るなんて想像もしていなかった。


僕の心臓が鼓動を止めた後、僕らは駆けつけた救急車隊員によってすぐさま病院に運ばれた。

二人とも心肺停止の状態で、一刻を争う状況だったらしい。

集中治療室に入るや否や、電気ショックによる心肺蘇生が繰り返された。


もちろん、その間の記憶なんて一切ない。

ここまでは、全て僕を担当した医師が教えてくれたものだ。


僕が再び目を開けた時、視界には真っ白な世界が広がっていた。

その光は、僕の瞳を刺すように眩しかった。


(ここが天国なんだ―――。)

胸の奥に奇妙な安堵を覚えながら、心の中で呟いた。


けれど、その瞬間耳に飛び込んできた声が、その幻想を打ち砕く。


「よかった!目を覚ましたのね!」

聞き慣れない声が、部屋の中に響き渡る。


「先生!一〇〇一号室の患者さんが目を覚ましました!早く来てください!」

甲高く耳に突き刺さる声が、白い空間に反響する。


その声に続いて、また違う声が聞こえた。

今度は低く太い、腹の奥に響くような声だった。


「こんにちは。ようやく目を覚ましたんだね。」

「ぐっすり眠れたかい?」


その声に、僕の頭が少しだけ混乱を鎮められる。

けれど、すぐに瞼の奥に広がる光の眩しさに意識が引き戻された。


僕は思わず目を細める。

手で光を遮ろうとするが、腕が重たく動かない。


「眩しいだろうね。」

低い声の主が、僕の様子に気づいてそう言った。


「君は3週間も眠っていたんだから。」

「まだ光に目が慣れていないんだろう。」


3週間―――?

その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。


「何にしろ、君が生きていて本当によかったよ。」

その言葉が、医師の穏やかな声で告げられる。


けれど、僕の心には何一つ響かなかった。

むしろ、その言葉が胸の中に冷たい塊を作るようだった。


僕はゆっくりと周囲を見回す。

白い天井、無機質な壁、規則正しく鳴る医療機器の音―――。


そこは天国ではなく、病室だった。

ここが僕が目を覚ました場所。

現実のど真ん中。


(生きていて、よかった?そんなはずがない。)

心の中で呟きながら、声を出そうとしたその時、

自分の喉が音を発しないことに気づく。


「―――っ!」

声が出ない。


当たり前にできていたことが、今はできない。

その事実が、僕をひどく焦らせる。


「やっぱり、声が出ないんだね。」

医師が僕の動揺を見て、静かに言葉を続けた。


僕は首を上下に激しく動かす。

これが、今できる精一杯の表現方法だった。


「君はあの日、屋上から飛び降りたんだ。」

その言葉が錆びた刃物のように胸を抉る。


「その時に胸部を強く打ち付けたせいで、気管支が酷く損傷している。」

「通常なら時間が経てば治るけれど、君の場合はどうなるか分からない。」


医師の言葉が、あの日の記憶を引きずり出す。

君と一緒に星空を見上げ、手を握り、静かに身を投げたあの瞬間。


救急車のサイレンの音が、耳鳴りのように頭の中でこだまする。


僕は必死に口を動かす。

(僕と一緒に運ばれてきた女性は、どうなったんですか?)

そう伝えたいのに、声にならない。


苛立ちと無力感だけが胸の奥に溢れていく。


医師は僕の焦燥に気づくことなく、

静かにカルテを閉じ、病室を後にした。


残された僕は、ただ白い天井を見つめ続けるしかなかった。


「だめか―――。」

その言葉が心の中をぐるぐると巡る。


医師が一度部屋を出た後、静寂が戻る。

病室には機械の音だけが規則正しく響いている。

僕はただ天井を見つめながら、息苦しい沈黙に耐えていた。


しばらくして、再び足音が響く。

扉が静かに開き、医師が戻ってきた。

手にはメモとペンが握られている。


「手は、動くかい?」

医師が僕の目を見つめながら問いかけた。


すぐさま指先に軽く力を入れてみる。

けれど、まるで自分の体ではないかのようにピクリとも動かない。


焦燥感が胸を掻きむしる。

「動け、動け―――。」


今度は全身の神経を指先へと集中させる。

力を振り絞ったその時、指先がかすかに震えた。

ほんのわずかな動き。それだけで全身が力尽きたように感じる。


無意識に涙が頬を伝い落ちていることに気づいたのは、

枕元のシーツに染みができているのを見た時だった。


情けない―――。


「なんとか、動くようだね。」

医師の穏やかな声が、静寂を切り裂く。


僕は医師の目を見つめ、小さく頷いた。

たったそれだけの動作にも、全身が痛みを訴えてくる。


「これを使って、伝えたいことを書いてごらん。」

医師はメモとペンを僕の枕元にそっと置いた。


その動作には、どこかためらいが感じられた。

まるで僕が何を書こうとしているのかを、恐れているように。


君は無事なんだろうか―――。

今はどこにいるんだろうか。


僕とは違って、きちんと声を出せる状態であればいいのに。


そんな淡い期待を胸に、言うことの聞かない手を必死に動かし、

ペンを握り締めた。


指先に力を込めるたび、腕全体が震える。

一文字書くのにこれほどの労力を必要とするなんて、

今まで想像すらしなかった。


それでも僕はペンを握り続ける。

君のことを知りたい一心で。


やっとの思いで書き終えた紙を見返す。

そこに記された文字は、僕自身でも判別がつかないほどに震えていた。


一か八か。

僕はその紙を医師に手渡した。

この作品はいかがでしたか?

35

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚