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るしゅ
CO2
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短編小説 1/? 1/? 0/?
2020年10月21日、17時。照らされた紅きバックミラー越しに、後部座席に座る少年を盗み見る。十六歳程だろうか、陽光を透かすような茶髪、吸い込まれそうなほど鮮やかな瑠璃色の瞳。170センチほどの細身の体躯には、若さゆえの瑞々しさが宿っている。だが、彼は時折、その年齢には不釣り合いなほど冷めた言葉を口にする。
「人生は⋯⋯⋯⋯⋯⋯ですから」
特に印象深かったのはこれだった。
その瞳の奥にあるのは、ただ純粋なほど澄み切った「諦念」。それはかつての僕——古宮 扇が、情熱を奪われる前に抱いていたものと近しいものがある。
眩しい。そして、どうしようもなく鬱陶しい。
僕は黒髪を指で払い、メガネの位置を直した。レンズの奥にある僕の瞳は、黒く濁り、死んでいる。
僕は彼に、この土地の伝承を語り続けた。だがそれは、知識の共有ではない。ただの機械的な吐き出し作業だ。
(……素晴らしい感情をここに連れてくれば、お前の『心』を返してやる)
あのタヌキが、僕の脳内でそう囁いたあの日から。僕は、獲物を運ぶだけの壊れた器になった。そして君が最初の…。と思っていたが、
はぁっ…!
と素っ頓狂な声を出して、 顔を青くして、彼は車を降りた。
神社の入り口まで、大体10kmくらいあるだろうか…。それでも彼なら行くかもしれない。もしそうなったら。…。なんというか直感だ。
車を走らせながら、ふと神社の全景を振り返る。
そこは、燃えるような無数の紅葉に包まれていてもはや異界とさえ思えてしまう。参道の入り口には、獲物を見定めるような狛犬と、あざ笑うようなタヌキの石像が鎮座している。
そして本殿の裏側に樹齢四百五十年を誇る、巨大な椛(もみじ)の大木。
あれこそが、かつてそして今も、僕の「好奇心」を飲み込み、今も誰かの帰りを待ち続ける。あそこにあいつがいる。
かつての記憶が、頭痛と共に一瞬だけ明滅する。
僕もあの時、あの椛の美しさに魅入られた一人だった。
「……すみません」
誰もいない車内で、僕は独り言ちた。
彼を憐れむ気持ちと、これでようやく僕の感情が戻るかもしれないという卑怯な期待。そして、あの美しい瞳が濁っていくことへの、わずかな罪悪感。
「楽しん…できて下さい。そして、どうか…。」
僕はメモを握りしめ無意識にそう呟いてしまっていた。
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