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「……おかしいな」
自室のデスクで、僕は愛用の望遠鏡を手に取った。
秘境巡りには欠かせない、父から譲り受けた大切な相棒だ。先日の神社でも、これを使って絶景を独り占めしたはずだった。
だが、レンズを覗き込んだ瞬間、僕は奇妙な感覚に襲われた。
ベランダから見える、いつも通りの街並み。
街路樹、電柱、隣家の赤い屋根。
肉眼で見ればそこにあるはずのものが、望遠鏡の円い視界の中では、ぽっかりと空白になっているのだ。
「消えてる……?」
レンズを外すと、そこには電柱が立っている。
しかし、再び覗き込めば、そこには何もないアスファルトの地面だけが広がっている。まるで、望遠鏡というフィルターを通した時だけ、世界が剥がれ落ちているかのように。
心臓の鼓動が速まる。
(疲れてるんだ。あの神社の霧のせいで、目がおかしくなったんだ)
そう自分に言い聞かせ、僕は望遠鏡をケースに押し込んだ。
「薫、飯だぞ。降りてこーい。」
階段下から父の声がした。
一ヶ月前なら、「お札、間違えてないだろうな?」と心配そうに、けれど温かく笑ってくれた父。
リビングに降りると、父はソファに寝転がり、テレビのバラエティ番組を眺めていた。
「……父さん。なんか、この望遠鏡の調子が」
「ん? 壊れたなら捨てれば。そんなことより、今日のご飯は適当に冷蔵庫にあるもの食べてて。」
父の言葉は驚くほど軽かった。
本来なら、道具の手入れには人一倍うるさかったはずの父。僕の悩みなら、箸を止めて聞いてくれたはずの父。
今の父は、どこか大雑把で、楽観的すぎる。
まるで、僕という存在への興味を、どこかへ置き忘れてきたかのような無関心さだ。
だが、僕はその違和感を深く追及できなかった。
それよりも、視界の端にチラつく『視線』が怖かったからだ。
道端に捨てられたビニール袋、庭の隅にある植木鉢。
それらが、ふとした瞬間に「こちらを見ている」ような気がしてならない。
特に、玄関先に置かれたタヌキの置物。
あんなもの、うちにあっただろうか。
僕は逃げるように自室に戻り、再び望遠鏡を手に取った。
確かめなければならない。何が消えて、何が残っているのか。
震える手でレンズを覗く。
すると、今度は――。
庭にあるはずの父の車が、視界から消えていた。
それだけではない。
父がさっきまで座っていたリビングの窓越しに見えるソファも、「消えている」。
「…………っ!」
慌てて肉眼で確認する。車はある。リビングからはテレビの音もする。
だが、望遠鏡で見ると、そこはただの空き地のように空虚な空間が広がっている。
別に消えているのは望遠鏡で中を見ている時だけ。だから、実害はないけど奇妙で凄く気味が悪い。
背後に、じっとりとした気配を感じた。
振り返るが、そこには誰もいない。
ただ、デスクの上に置かれたコップの形が、昨日まで使っていたものとは微妙に違う気がした。
少しだけ歪み、色がくすんでいる。
僕の知らない「何か」に、少しずつ、少しずつ、部屋が、父が、僕の人生が侵食されている。
「誰だ……誰が、見てるんだ」
僕は望遠鏡を握りしめたまま、ガタガタと震えるしかなかった。
その時、鈴の音が響く。
―リン
あれ?なんで怖かったんだっけ?いつも通りの日常じゃん。
るしゅ
CO2
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コメント
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投稿1日遅れてすみません。 また、読んで頂きありがとうございます。 また、近いうちに投稿致します。良ければ読んで頂けると嬉しいです。