「そう。相手が私を想って一緒になりたいって言ってくれてるからって、それを当たり前だと思ってはいけない。もしどうしても恋愛の好きにならなかったとしても、彼の事は家族として愛せると思っているから」
「家族として愛するって?」
思わず聞いてしまったが、麻理は優しく微笑んで続きを話してくれた。彼女の考えと恋愛に対する価値観、そして二人が思い描く未来図も。
「家族愛、それも愛情の一つの形じゃないかしら。男女の繋がりだけじゃなく、これから先を共に生きる相手と互いを必要としあえる関係。そんなのが理想的なの」
「……そうなのね、麻理の描く未来はとても素敵だと思う」
私と岳紘さんは一度でも同じ未来を思い描いたことがあっただろうか? 今考えれば私の勝手な独りよがりに、夫が付き合わされているだけだったのではないかと思う。
だって、私は今までに一回も彼から将来についての話をされたことがない。そう『夫婦間不純ルール』で取り決めた二人のこの先について以外は。
「ねえ、雫。夫婦の愛は夫婦の数だけあるとよく聞くじゃない? 私もそれでいいと思うの、雫と岳紘さんには二人にしか分からない夫婦の愛があるかもしれない。だから……」
頑張って、と麻理は小さな声で私に囁いた。もしかしたら彼女は私と岳紘さんが上手くいってないことに気付いていたのかもしれない。それでも余計な口を挟まずにいたのは、私を気遣ってなのだろう。
親友の前でも強がっていたがる、そんな見栄っ張りな自分の為にきっと……
「さてと、そろそろ帰らなきゃね。あまり遅くなるとまた岳紘さんからメッセージが来ちゃうから」
「え、何のこと?」
そんなの彼からは聞いてない、そう思って麻理を問い詰めたがあっさりと躱されて。「自分で聞いてみたら」と楽しそうに笑いながら、彼女はさっさと帰って行ってしまった。
聞けるわけないじゃない、と思いながらもそれはしばらくの間私の胸に引っかかったままだった。
「……え? 新しい取引先の営業部長さんにホームパーティーに誘われたの、それも妻を同伴でって?」
「ああ。ホームパーティーは来週の日曜なんだが、先に雫の都合を聞いておこうと思って」
まさかそんな話をされるとは思わなかった。いつもは仕事先の付き合いでも妻の私を連れていくことなんて絶対にしない人なのに。
新しい取引先がどこの企業かは知らないが、岳紘さんが私に聞いてくるという事は結構大きな取引相手に違いない。それならば妻として協力するのが当然だとは思うのだけど……
昼間の麻理との会話が頭によぎる。お互いが必要としあえる夫婦になれたら良いという言葉を、今こそ実行するべきなのかもしれないと。
「その、私が一緒に行ったほうが岳紘さんは助かるわよね?」
「ああ、そうだな。その営業部長はかなりの愛妻家らしく、彼のホームパーティーには誰もが夫婦で参加するらしい」
その言葉に胸の奥がズキンと痛む、つまり私は周りに合わせるためにお飾りで付いていけばいいという事なのかと。岳紘さんの役に立てるかと思ったのだがそれは私の勝手な希望で、現実はただそこにいるだけでいい置物のような存在。
……これじゃあ、私が望むお互いを必要としあう夫婦には程遠い。そんな私の思いに気付くこともなく、岳紘さんは話を続ける。
「雫の都合が悪ければ断ってくれてもいい、その場合は妹にでも代役を頼むから。最近はよく週末も出かけてるようだし、君も忙しいんだろう?」
「私の代わりを優亜さんに? 彼女を貴方の妻として連れて行くって意味なの?」
そんなこと出来るはずがない、優亜さんは岳紘さんと兄妹だとすぐわかるほど似ているし誤魔化せないだろう。それともそこまでして、他の人に私を妻として紹介したくないという事なの?
彼の言葉が何故だか私を否定しているように聞こえて、悪い考えが頭の中でグルグル渦巻いてくる。出口が見つからないような気がして、それがとても苦しい。
「そんなわけないだろう? ただ、俺は雫に無理してまで参加させる気はないってだけで……」
「じゃあ参加するわ。だって、無理なんてしてないもの」
「雫? 本当にいいのか」
戸惑ったような表情で岳紘さんはそう聞いてくるけれど、私に迷いは無かった。だって、妹を代理になんておかしいとしか思えない。本当は夫が愛しているという女性をパートナーとして連れていく気なんじゃないかと疑ってしまう。
そんなことは絶対にさせない。岳紘さんの妻は……私なのだから。
「大丈夫、営業部長さんにもよろしく言っておいて」
「……ああ、分かった」
まだ岳紘さんは驚いている顔をしていたが納得したように頷くと、片手にスマホを持って外へと出ていく。時計を見ればそろそろ二十二時、いつもの電話の時間になっていたみたいで。
夫は最初のようにコソコソすることもなく、堂々とスマホを持って外に出ていくようになって。その姿を見て傷付かない振りをするのが、今の私に出来る精一杯だった。
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