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案の定、通夜は修羅場と化した。
美樹の運転する車の助手席には真由美、後部座席には私と美樹の娘が乗っていた。美樹の娘は小学五年生で、以前から私たちの集まりにも顔を出していたが、今は静かに座っているだけだった。
「さすがに娘も連れてくるとは思わなかったわ」
思わずそう口にすると、美樹は苦笑しながらハンドルを握る手を軽く叩いた。
「夫が見てくれなくてさー。仕方ないよね」
あっけらかんとした口調だったが、その声には諦めが滲んでいた。
助手席の真由美は、沈んだ顔でぼんやりと前を見つめている。いつもなら濃いメイクで目元を華やかに彩っているのに、今はまるで別人のように素顔のままだった。
「……わー、これ入れるかしら」
美樹がつぶやくと同時に、車はゆっくりと減速した。
遠くからでも分かった。葬儀場の前には何台もの取材車が並び、マスコミの姿が見える。小学校の校門前にいた記者たちも、ここへ移動してきたのだろう。
「何があっても奈々子のことは話さないようにしようね」
真由美が私の右手をぎゅっと握る。
美樹はバックミラー越しに娘の顔を確認し、そっと庇うように自分の体を傾けた。私たちもできるだけうつむく。
パシャッ、パシャッ。
カメラのフラッシュが容赦なくたかれる。レポーターたちが何かを叫んでいるが、無視を決め込んだ。
何を聞かれたって、答えられるわけがない。
私たちが知りたい。
奈々子が、なぜ――。
***
葬儀は家族葬に近い形で行われた。
美樹が奈々子の家族とつながりがあったおかげで、私と真由美も参列することができた。しかし、式場に足を踏み入れた瞬間、私たちは息をのんだ。
中は、まさに地獄だった。
奈々子の両親、その親族。
奈々子の夫、その親族。
両者が、激しく言い争っていた。
「おたくの娘が、夫以外の男と死んだなんて……なんて恥晒しなのよ!!!」
「申し訳ありません……」
ヒステリックな声を張り上げるのは、奈々子の義母らしい。奈々子の母は、頭を下げるばかりだった。顔は青ざめ、膝は今にも崩れ落ちそうに見える。
――娘を亡くして、一番つらいはずなのに。
「こないだも学校のPTAで倒れて……恥ずかしいったりゃありゃしない!」
義母が吐き捨てるように言う。
奈々子の夫は黙ったまま、ただ険しい顔をしていた。その横で、幼い子供たちがしくしくと泣きじゃくっている。
「姉さんも姉さんよ!」
突如、別の女性の声が響いた。
「奈々子ちゃんをあのまま逃して、離婚させてれば……こんなことにならなかったのよ!!!」
その言葉を聞いて、私は思い出す。
――二年前。突然届いたメール。
「しばらく夫から逃げます。子供たちと」
奈々子の夫は、一見優しそうなエリートサラリーマンだった。だが、その実態は最低なモラハラ男だった。
私たちがそれを知ったのは、彼女の何気ない一言がきっかけだった。
「夫から、こんなこと言われたんだけど……」
それを聞いた私たちは、即座に反応した。
「ありえないでしょ!」
その瞬間、奈々子の顔が真っ青になった。
――自分が受けてきた扱いが、普通ではなかったと気づいたのだろう。
その後、彼女は泣きながら、これまで夫にされたことを語った。そして、私たちは確信した。
「とんでもない男だ」
後日、バーベキューの場で、夫の本性が露呈した。
「おい、お前はやっぱり一人っ子だな。まず、人のをよそってからだろ」
奈々子が自分の皿に肉を取っただけで、夫はそんなことを言った。
真由美が即座に切れる。
「は? なにそれ。一人っ子関係ないでしょ?」
普段は男性に対して遠慮がちな真由美が、はっきりと反論した。美樹も露骨に嫌な顔をした。
それ以来、夫は私たちの集まりに顔を出さなくなった。
***
「大変申し訳ありません……お見苦しいところを……」
現実に引き戻された。奈々子の夫が、しおらしく私たちに歩み寄る。
「よろしければ、奈々子と会ってください」
彼の視線には、一瞬の嫌悪が滲んだ。だが、すぐに取り繕う。いい夫を演じるように。
腹が立つ。
けれど、子供たちがすぐそばで怯えながら泣いている。
私は奥歯を噛み締めた。
棺の前に進む。
遺影が飾られていた。
いつ撮られたのか分からない、ぼやけた無表情の写真だった。
――母になると、写真は撮られなくなる。
遺影ですら雑な扱いを受けている。
それが、彼女の家庭での立場を物語っていた。
棺の中の奈々子は、全身を包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「本当に、奈々子なの……?」
美樹が膝から崩れ落ちる。
真由美も、連鎖するように泣き出した。
そして――
「あんたがっ……あんた達が奈々子をこうさせたのよ!!!」
真由美が、夫と義両親に向かって泣き叫ぶ。
「まっ、なんてことを!!!」
義母がめくじらを立てて応戦する。夫が慌てて制止するが、美樹が立ち上がった。
「事故だったとしても、あなたたちの態度は許せない!!!」
「この事故がなくても、奈々子は死んでたわ……いや、もう心は死んでいたのよ!!!」
言葉が刃のように飛び交う中、怯えきった子供たちがしゃくり上げる。
「もう……お帰りください!!!!」
夫が声を荒げた。
私たちは、その場をあとにするしかなかった。