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「な、何あれ……」
私が唖然としていると、双子の片方が私を庇うように前へ出た。
そして、もう片方の双子は私の腕を掴み走り出したのである。
私が何かを言う前に、彼らは私を引っ張るようにして森の奥へと進んで行く。
「どういう状況か説明して!」
「もう、黙っててよ。聖女さま」
「そうだよ。逃げることが今ゆーせんなの。馬鹿なの!?」
「馬鹿って何よ、馬鹿って!」
私が怒鳴り返すと、二人は同時に振り向いた。そして、再び私の手を引いて走る。
後ろからは、地響きを鳴らしながら巨大な狼が迫ってきている。しかも、先ほどの熊よりも大きい。一体何処から現れたのか。
それにしても、あれは本当に狼なのか。
よく見れば、狼の尻尾は毛ではなくヘビになっており、発達した前足と後ろ足にはナイフのような爪がギラリと光っている。狼らしき化け物がまき散らす唾液に触れた草花は一瞬にしてしおれていった。私は、それを横目で見ながらも必死に走った。
だが、相手の方が早かったようで、あっという間に追いつかれてしまう。
そして、そのまま鋭い牙を持った大きな口で私を喰らおうと飛び掛ってきたのだ。
私は思わず目を瞑ってしまった。
「ああ、もうッ! ルフレ、足止めするから馬鹿聖女さま連れて逃げてッ!」
そういって、ルクスは光の盾を展開する。私が以前作ったのよりも遥かに大きなそれに、私が驚いているとルフレは私の手を引いて今のうちに逃げるんだ。と叫んできた。
「でも、ルクスのこと置いていけないじゃん」
「そんなこと、僕だって分かってるよ!」
そういってルフレは私を無理やり引っ張っていく。私は抵抗したが力が強く引きずられるようにして連れて行かれた。
すると、後ろの方でドゴォンと鈍く重い音が響いた。恐る恐ると振り返れば、そこには土煙が舞っており、戦いの壮絶さと悲惨さが目に見えて分かった。
あんなの喰らって生きているわけがない。もし、あのまま私がルクスと一緒に残っていたとしたら……
「嘘……」
私が呆然としていると、ルフレは私の手を握りなおした。そして、力強く私を引っ張ったのだ。
私達は、無我夢中で走り続けた。
どれぐらい走っただろうか。
私達が辿り着いた場所は、木々に囲まれた小さな泉だった。
和泉に着くなり私は足がくたくたになり、その場でしゃがみ込んだ。すると、ルフレは私の手を思いっきり振り払って私に背を向けた。拳を握り、震えているようだった。
「ルフレ……?」
「話しかけるなよ」
「何処行くの? まさか、戻るとか……」
「そうだよ! 悪い!? ルクスを置いてきたんだ。迎えに行かなきゃ、迎えに行かなきゃいけないんだ」
ルフレの言っていることは正しかった。
だが、今あの化け物がいる場所に戻ったとしてどうなるのか。ルフレも私も、今度こそ死ぬかもしれないのだ。
「戻って何になるの……」
私は思わずぼそりと呟いてしまった。
その一言を、ルフレは聞き逃さず私の胸倉を掴んできた。先ほどは背を向けられ見え無かった顔がはっきり見え、私はハッとした。
ルフレは真っ赤な顔で、今にも泣きそうな顔で私を睨んでいたのだ。宵色の瞳からは、涙がにじんでいる。
「戻って何になる!? こっちが聞きたいよ、何だよ……あの化け物、知らない。知らない……勝てる気がしないし、分かってるし、それでも、ルクスが、ルクスが一人で戦ってるんだから戻るしかないじゃん! 分かってるんだよッ!」
彼の悲痛な叫びを聞いて胸が締め付けられた。
彼はただ必死なのだ。兄であるルクスを助けたくて仕方が無いのだ。それなのに、何も出来ない自分に苛立っているのだろう。悔しいのだろう。
私だって、同じだ。
だけど、このまま戻ったところで私たち二人とも殺されるだけなんだ。
(攻略キャラが死ぬわけないじゃん……)
でも、私は心の中で少しだけそう思っていた。
攻略キャラが死ぬわけないと。確かに、エトワールストーリーをプレイしていない私にとって、これが突発的なイベントなのか用意されたイベントなのか分からない。分かったところで、対処しようがないのだけど。しかし、もしエトールストーリーでは攻略キャラが死ぬとしたら。
そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
私は、小さな子供を見殺しにしたのではないかと。
「……待って。いっちゃダメ」
「離せよ! 僕はルフレを助けにいくんだ!」
「駄々こねないでよ! ああ、もうこれだからガキは面倒くさいの!」
「はあ!? ガキって! 聖女さまだって馬鹿じゃん。馬鹿聖女さまじゃん」
「言ったわね、また馬鹿って! アンタだって、計画性のない馬鹿よ。馬鹿!」
私はルフレを怒鳴りつけた。それから、二人で馬鹿だのアホだの、それこそ知能指数が低い子供同士の喧嘩をして二人とも息を切らしながら互いを睨み付けた。
こんなことしている場合じゃないのは分かっている。
けど、どうしても譲れなかったのだ。
私はルフレの腕を掴んだ。
そして、彼を引き寄せると、思いっきり頭突きをした。額から鈍い音がして、目の前に火花が散った。
「~~いたあッ! 何すんの! か弱い子供に!」
「か弱い子供は、狩りなんてしないのよ。私だって痛かったわ」
まあ、頭突きをしたのは私の方なんだけど……前世は石頭だから大丈夫だと思ってしたが、エトワールの身体はどうやらそうじゃなかった。おでこがひりひりとする。
ルフレも相当痛かったようで、頭を摩っている。
私たちは互いに見つめ合うと、ぷっと吹き出した。
それから、大声で笑い合った。何だか、とても可笑しかったのだ。先ほどまで言い争っていたのに、そのことが嘘みたいに。
「頭冷えたでしょ?」
「……ま、まあ、うん。そうだけど」
彼は素直に認めた。
冷静にならなければ、考えられないことだってある。そう私はルフレに伝えてあげたかった。
私も、冷静じゃなかったし状況を理解するまで時間がかかった。だが、またあの化け物が襲ってくるかも知れないという不安は拭いきれずにいたし、ルクスは大丈夫なのだろうかという心配だってもちろんしている。落ち着かなくて、どうしようもなくもどかしいのは彼も私も一緒なのだ。
それに、まだ彼は子供で不安なことも一杯あるだろう。私がしっかりしないといけない、彼を安心させるためにも。
「あの化け物……もしかしたら、災厄が近づいてきたことによって突然変異した狼かも知れない」
「え……」
突然、ルフレが口を開いたこと思うと彼は真剣にそう告げた。
確かに、災厄によって魔物が凶暴化するとかはブライトに聞いたけど。と、彼を見るととても不安そうな顔をしていた。
「うわ、何急に」
「いや、こうすれば、不安がどっか行くかなあとか思って。ほら、痛いの痛いの飛んでいけ的な」
「何それ!? 子供扱いしないでよ」
と、ルフレは自分の頭の上に乗っていた私の手を払った。
頭を撫でられたら落ち着くと思ったのにと、私は叩かれた手を見て思う。素直じゃないなあ……
「……まあ、兎に角。結界の外に出れば彼奴は追って来れないだろうしそれから応援を呼べばいいと思う」
「結界?」
「聖女さまってほんと馬鹿だなあ」
と、ルフレは呆れたように言う。
馬鹿とはなんだ、馬鹿とは! 私はムッとして、ルフレに反論しようとしたのだが、彼が人差し指を立ててシーっとしたので、仕方なく黙った。
すると、ルフレは何だか悲しげに笑っていた。
どうしてそんな表情をするのか分からなかったが、きっと彼なりの考えがあるのだろうと私は何も言わなかった。
「ここは、父さんに作ってもらった狩り場なんだよ。そして、獲物が逃げて屋敷の方に行かないようにって結界を張ってあるの。人間は簡単に出入りできるんだけど、動物や魔物はそうはいかない……でも、あの狼のことだからもしかしたら結界を破って屋敷の方に行く可能性だって考えられる」
「と、取りあえず結界の外に出ればまず安心ってこと?」
「自分の頭で考えなよ」
「確認してるだけよ、か・く・に・ん!」
ルフレは本当に意地悪だ。何だか腹立ってきた。
私も負けじと言い返そうとすると、突然地面が揺れた。まさか、と思い顔を上げるとあの黒い狼が私達を睨みつけていた。しかも、その体からは先ほどより禍々しいオーラが放たれている。
間違いない、あれは災厄による負の感情の固まりだ。
私がそれを直感的に認識した瞬間、狼が勢いよくこちらに向かって突進してきた。
私達は咄嵯に避けると、狼は容易に木々を二三本押し倒した。そのパワーとスピードに私は恐怖を覚える。
「行って! 聖女さま! このまままっすぐ行けば結界の外に出られるから!」
「そんな、ルフレ、嘘でしょ!?」
彼は、早く行けと私に目で訴えかけてくる。その目は座っていて、覚悟を決めたようにその宵色の瞳は強く真っ直ぐ私を捉えていた。
けれど、先ほどよりもおぞましく恐ろしく、凶暴になっている狼を彼一人でとめられるわけがない。
それに、私は知っている……ルフレは――――
「何してるの! 早く逃げてよ、聖女さま!」
ルフレは私に叫んだ。それはまるで自分に言い聞かせるようにも聞こえた。
駄目だ、ここで逃げたら彼の思いを踏みにじることになる。
怖かった。足が震えて、立っているのも限界だった。でも、それでもここで逃げたらいけないと思った。
私は、逃げるという選択肢を捨てると弓矢を捨て狼に向かって手をかざした。
イメージするんだ、出来る。練習したじゃないか!
「光の鎖ッ!」