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59 - 第59話 結衣の痛み

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2025年03月18日

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◻︎痛みのもと?



結衣が秘密基地に住むようになって10日ほどが過ぎた。

私は時間があれば秘密基地へ行って家事全般をやる予定だったけど、だんだんと結衣が自分でやるようになった。


_____自分の身の回りを整えることができるということは、前に向かって進もうとしている


それはいいことだと思った。


ある日のこと。

一緒にパンケーキを作っていた時、結衣が思い詰めたような顔で私を見た。


「ん?どうした?お腹でも痛い?」

「…痛いのが…」


小さな声で言う。


「痛いのがお腹なら、薬を飲んだり悪いところを手術すれば痛くなくなる…」

「まぁ、大体はそうだね。原因がわかれば治療の仕方もわかると思うし」

「心だったら?心が痛くて痛くてたまらなかったら、どうすればいいの?!」


強い言い方だった。

突然の結衣の変わりように、ドキリとした。


_____心が痛いって、もしかして…


結衣の事情は礼子から聞いていたけど、私はそこは知らないふりをしていた。

ただの家政婦のおばさんの方が、結衣も気楽だろうからと。


「心が…痛いの?」


泡立て器を持った結衣の手が震えている。


「…わからない、何が痛いのか、痛いわけじゃないかもしれないし。でも、何をしててもふっと消えてしまいたくなることがある…」


泣くのか叫び出すのか、結衣の肩がガタガタと震えていた。私はそのことを見ないフリして言った。


「そっか、じゃあさ、そのメレンゲさっさと作っちゃお。そして美味しいパンケーキとやらをこさえてさ、食べながら話そうよ」

「え?」


私の返事が意外だったのか、きょとんとしている。


「メレンゲとか、生クリームって温度調節が大事でしょ?もたもたしてたらぬるくなって、美味しくできないよ?せっかくの材料なんだからさ、ここはきっちり仕上げよう!そうしないと鶏や牛に申し訳ないよ、アイツらは人間の都合で命を削り取られてるんだからね」

「あ、うん、そうだね、わかった」


しゃっしゃっしゃっと泡立て器をリズミカルに使って、卵白をメレンゲにしていく結衣。さっきまでの思い詰めた顔から、泡立てることに真剣な顔になった。

私も粉をふるって生地を作っていく。

百均で買ってきた型を使って、ふわふわの生地を焼いていく。


「お?結衣ちゃん、上手だね!センスいいかも?」

「そうかな?こんな風にちゃんと焼くのは初めてなんだけど…」

「初めてでそこまでできるってことは…さてはおぬし、よほどこれが食べたかったんだね?」

「はい、テレビやSNSで見てたから食べてみたくて…」


二つの皿に、2枚ずつのパンケーキ。

しっかり泡立てた生クリームとパイナップルといちご、それからバニラアイスクリームを添えた。


「あ、そうだ、確かここに…」


私はベランダで礼子が育てていたミントの葉を取ってきた。


「この前見つけたの」

「うわ、おしゃれー」

「食べようか?」

「うん!」


テーブルでゆっくりとパンケーキを食べた。

これから結衣が話そうとしていることを、できるだけ優しく聞いてあげられるように。

スィーツには人の心を癒してくれる力があると信じながら。



お皿に残った生クリームを、パイナップルでなんとか集めて綺麗に食べようとしている結衣。


「よし、これくらい食べれば、鶏にも牛にも怒られないかな?」


私にお皿を見せてくれる。


「上等上等!綺麗に食べると洗い物もらくになるからねぇ。そうだ、紅茶のおかわり淹れるね」

「はぁ、満腹だぁ!満腹って幸せだあ!」


結衣は天井を向いて満腹を連呼している。


「はい、どうぞ!満腹で幸せな結衣ちゃん」

「あ、私、幸せって言ってた?」

「うん、満腹で幸せって言ってたよ」

「そうか…私、幸せ…なのか…。さっきまでめちゃくちゃ不幸だと思ってたのに、変なの」

「幸せとか不幸の定義ってわからないもんね。ある人にとっては不幸なことが、別の人には幸せなことだってあるだろうし」


私の話を聞きながら、じっと考え込んでいる。


「美和子さん…聞いてほしいことがある…」

「え?何?すっごいこと?」

「すごいこと…かな?もしかしたら」

「わかった、じゃあ、気合いを入れて聞くから…」


テーブルに向かい合って座った。

パンケーキのお陰で、少しばかり結衣の気持ちはほぐれているはず。

どんな話をしてくるのだろうか。


しばらくの沈黙。



「私…ね、結婚、できない…」


やっとのことで結衣が話し出した。


「ん?どういうこと?」

「私、汚い、から」

「汚い?お風呂きらいとか?」

「…そうじゃなくて」

「犯罪者とか?」

「そんな…あ、でも、なんかそんな感じ」

「んー、ごめん、よくわからない。わかるように話してみて」


父親にされたことを言っているのだろう。

言葉にするのはキツいかもしれない、でも…ここは頑張って話して、事実と自分を認めた方がいいような気がした。

もしかしたらそのせいで、パニックになったりするかも?と思ったけど、この何日間かの結衣を見ていてそれはないと思えた。



「私…大っ嫌いな人に無理矢理…その、されたの…」


_____やはり、父親にとは言えないか


「えっ!それってさ、犯罪だよ?結衣ちゃんは嫌だって言ったんでしょ?それに未成年なんだし。訴えることができるよ」


できるだけ、動揺しないように淡々と話す。

ここで私が動揺して大騒ぎしてしまったら、きっと結衣も感情的になってしまって、自分のことがわからなくなると思うから。


結衣は唇をぎゅっと噛み締めて、首をぶんぶんと横にふっている。


「…ダメ、できない」

「そうか、そうだよね、色々聞かれるみたいだしね」


そのあとの言葉が見つからず、私も黙ってしまった。


「あ、でも、ちょっと待って。それがどうして汚いってことになるの?そんなことないよ」

「……」


結衣は黙ってしまった。


「結衣ちゃんは被害者なんだよ?嫌なことされて傷ついたのは結衣ちゃんなの、なのにそんな…」


どうして自分のことを汚いなんて思ってしまうんだろう?

男性不信とか、男の人が怖いというならまだわかるのだけど。

そのまま、結衣が話し出すのを待った。


「言われたから…」

「誰かに言われたの?」

「お母さん…に」

「はぁ?!」


私が思わず大きな声を出したから、結衣がビクッと震えた。


「ごめん、つい、大きな声を出してしまった。びっくりしちゃって」


_____なんてこと!母親なのに、結衣を守るべきはずの人が、なんてことを言うのだろう!!


結衣はそのまま俯いてしまった。











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