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ボクには好きな物がたくさんある。
食べるのが好きだ、嬉しそうだったり楽しそうだったりする人たちや色んな生き物たちを見るのも好きだ。街や海、山、森、空だって好きで最近は花も好きになった。
でも、ボクにはもっともっと好き――ううん、大好きな人たちがいる。
その人たちと会ったのは、ボクがこの世界に生まれてから……どれくらいかは覚えてない。
色んなものを遠くから見るのに夢中であんまり気にしていなかったから。
でもそんなには経っていなかった頃だと思う。
まあそんなボクなんだけどある日、珍しい物が見えたからその後を追ってみた。
それは生き物たちの大移動で、どこからどこへ向かっているのかは分からないけど、初めて見る光景なのは確かだった。
自分が暮らしている場所を離れるのは少しだけ不安だったけど、結局は好奇心に負けちゃったんだ。
でもそのおかげで今があると思うと、あの時のボクを褒め称えたくなる。
それで大移動を追って行くと、遠くの方にそびえ立つとても大きな壁が見えた。
どうやら生き物たちはその壁に向かって行っているらしい。
ボクの目は生き物たちと壁に釘付けとなって、本当にワクワクしながら見ていたんだけど、そこから始まったのはボクが考えていたのと少し違った。
壁の前にはたくさんの人間が待ち構えていて、迫ってくる生き物――魔物たちとぶつかりあったからだ。
今までも生き物同士が殺し合う光景はたくさん見てきたし、人間と魔物が戦うのを観戦したこともある。
ここまで大規模なのは初めてだったけど、その時のボクは大迫力で楽しそうとしか思っていなかった。
でも、その光景を見続けていた時に今までとは何かが違うことに気付いた。
何が違うのか考えながら見ていると、その正体が分かった。
あそこで戦う人間たちからは、強い意思とか気持ちとかが感じられるんだ。
誰もが必死になって戦っている。
――いったい何の為に?
絶対に魔物を壁に向かわせようとしない。
――いったい何の為に?
あの人たちは皆、何かを守る為の戦いをしているのだと気付いた。
守る為に諦めない強い想い。たくさんの人がいるのに、皆の想いが同じ方向を向いていてとても大きな意志となる。
そんなもの、ボクは初めて見た。
心が惹かれていくのがわかる。
気付いた時には、ボクは心の中で人間を応援していた。
あんな強い想いの力はどんな困難も越えられるはずなのだと。
そんな中、戦いに変化が訪れた。
空の上での人間側の厳しい戦い。ハラハラとしながら見守っていたけど、状況は悪くなるばかりだった。
落ちろー落ちろー、と空の上を飛んでいる魔物たちに念じていたけど、それで墜ちるなら魔物は全滅していると思う。
かといって、ボクがどうにかできるわけもない。
人間を乗せた魔物が次々と落とされていく中、変わったことが起こった。
新しく誰かを乗せた1体の魔物が空の上へと飛び立ったんだ。減るばかりだった人間側が増えた。
それでどうなるかは分からないけど、何かが変わるんじゃないかってなんとなくだけどそんな予感がした。
新しく空へ飛び立った魔物――いや、その上に乗っている人はあっという間に敵の1体を落とした。
でも、これだけなら他の人もやっていることだ。皆が落とされているのはあの黒いヤツのせいだから。
思っていた通り、あの人も黒いヤツには敵わないらしい。
空の上に投げ出されたあの人を見ると胸が締め付けられた。
頑張れ、頑張れと祈るだけの自分が情けなくて、悔しかった。
――そんな想いでずっと見ていた時、ボクは絶望の中で輝く希望を見た。
綺麗な赤と青の光。そこから伸びていく大きな力が黒いヤツを打ち破ったんだ。
もっと近くで見てみたかったボクは全力のスピードで野原を駆け抜けた。
やっとの思いで近くまでやってきたボクは初めて自分と似た存在を見つけた。
そしてその存在こそがボクの探していたものであることを理解する。
でもそれだけじゃない。その中にいるのに他の誰とも違う人を見つけた。
ボクと似た存在と一緒にいるのはあの人だ。じゃあボクもその人の側にいれば、あの黄色とか赤とか青みたいになれるのかな。
その日、一番か二番を争うくらいの興味を惹かれたボクはその人たちに近寄ってみることにした。
そんな時でも、不思議と襲われるという怖さは感じていなかった。多分、あの人の雰囲気と周りにいるボクの同類のおかげだと思う。
急に近寄ってきたボクにその人はすごく驚いていたけど、一緒に行こうって言ってくれた。
とっても嬉しくて、ボクは心の中で何度も何度も頷いた。その日、ボクはダンゴという名前を貰ったんだ。
それが……ボクが主様、そして姉様たちと出会った時の思い出だった。
それからボクはみんなと一緒に居て、いろんなことを知った。そして数日経った頃にはボクはすっかりみんなと一緒にいるのが好きになっていた。
人間は言葉や自分の身体だけじゃなくて、いろんなものを使って触れ合う。
それで楽しんだり、喜んだりするわけだけど時には怒ったり悲しんだりもするわけだ。
でもどうやらボクは人が楽しんでいたり、喜んでいたりするのを見るのが一番好きらしい。
そういう良い方向に向かう気持ちが集まって、大きくなるのを感じるとボクまで本当に嬉しくなるんだ。
だから主様、コウカ姉様とヒバナ姉様、シズク姉様が喧嘩してすごく悲しそうだった時はとても辛かった。
でもそんな時、ノドカ姉様が風を使って励ましてくれたのはすごく嬉しかった。そのおかげでボクも頑張ろうと思えたんだ。
ボクが思っていることの全てをみんなに伝えることはできない。
それでもボクにやれることはあるはずだよね。
まずはいつも抱いてくれているコウカ姉様に元気になって欲しいという想いを身体ごとぶつけてみた。
「わっ!? ……ダンゴ? ふぅ、あなたは……ふふっ。この気持ち、何なんでしょうか」
コウカ姉様は驚いたかと思えば、難しい顔で考え込んでしまったが、最後には少しだけ笑ってくれた。
ボクが見たかったのはもっと嬉しそうなコウカ姉様だけど、少しでも元気になってくれたのが誇らしかった。
次に向かったのは主様のところ。
いつも笑いかけてくれる主様が暗い顔をしているのはすごく嫌だった。
「ごめんね、ダンゴ。せっかく一緒に来てくれたのに、こんな騙すようなことをして」
違う。ボクは別に騙されたなんて思っていない。
邪神っていうヤバイ奴と戦わないといけないのは聞いたけど、だから何なんだ。
ボクは主様たちと一緒に居たいと思ったからここにいるだけなんだ。
それを伝えようとしても、ただ気を遣って否定しているだけだと主様は受け取ったみたいだ。
ムカっときたボクはどうして分かってくれないんだという気持ちで主様の胸に向かって何度も飛び込んだ。
……どうして胸なのかというと、怪我させたくなかったからなんだけど。
表現方法を少しずつ変えて気持ちを伝える。
急にぶつかり出したボクに主様は困惑していたけど、少しずつボクの気持ちが伝わってくれたらしい。
胸から跳ね返り、膝の上のノドカ姉様に触れる直前、主様の両手がボクを受け止めてくれた。
そして主様自身がボクの体を抱き寄せると、優しく囁いた。
「ありがとう、ダンゴ。ありがとう……」
ボクと主様を温かい風が包む。
ボクが何度も上に乗っちゃったのにノドカ姉様は怒らず、こんな優しい風でボクたちを包んでくれる。
ここまでは順調だったんだけど、ボクはヒバナ姉様とシズク姉様にどう踏み出すべきか悩んでいた。
姉様たちは主様とコウカ姉様だけじゃなくて、ボクやノドカ姉様とも近付こうとしない。
悩んで悩んで、ボクは悩むのをやめた。
だって知らないことが多いボクじゃ、どうすればいいかなんて考えても仕方がないって気付いたから。
ボクはボクのやり方でヒバナ姉様とシズク姉様を元気にすればいいんだ。
そうやって意気揚々と向かっていくと、俯せになって足に顔を埋めているヒバナ姉様の頭をゆっくりと撫でながら本を読んでいるシズク姉様が本から顔を上げてボクを見た
「だ、ダンゴちゃん……? ど、どうしたの?」
よかった。ボク、もしもシズク姉様に避けられちゃったら本当に辛かったから。
よし、大丈夫だと分かればもう迷う必要なんてないと、ボクはヒバナ姉様の頭目掛けて飛び込んだ。
「きゃっ!? ば、バカっ! 急に何するのよ! はーなーれーなーさーいっ、どこっ!? 降りなさい、このっ!」
勢いよく体を起こしたヒバナ姉様はボクを捕まえようとするがボクは捕まらないようにヒバナ姉様の体の上を動き回る。
頭の上で暴れているとヒバナ姉様の髪の毛がボサボサになっていくが、それでもボクはやめない。
だけど、ヒバナ姉様とは別の手が視界の外からボクの体を持ち上げたせいで強制的にやめさせられた。
「こ、こらっ……」
シズク姉様が小さな声でボクを叱った。でも、別に怒っているわけじゃないみたいだ。
「あんたねぇ……私が今……はぁ、いいわよ。あんたはどうやら悪い子みたいだから。でも――」
ヒバナ姉様が近くに置いていた帽子を被り、恨めしそうにボクを見た。
なんだか、まずそう。そう思ったのも束の間、ヒバナ姉様の手がシズク姉様の手からボクを奪い去った。
「さっきはよくもやってくれたわね。この、このっ、こうしてやるわ……ふん、どうよ?」
もにゅもにゅ、とボクの体を弄ぶヒバナ姉様。
その顔には笑顔が浮かんでいたけど、なんだかボクの思っていた笑顔と違う。
――いや、楽しそうだけどね!
「ふっ、ふふっ」
ボクとヒバナ姉様を見ていたシズク姉様が肩を震わせている。
――それよりも早く助けてよぉ。
「……私たちを励まそうとしてくれたんでしょ……その、ありがと……」
「いい子だね、ダンゴちゃん。もう少しだけ待ってて。もう少しであたしもひーちゃんも答えを出せるから」
姉様たちの手がボクの体を撫でてくれる。
ボクはボクの中から湧き上がってくる気持ちを抑えきれずに胸を張る人の真似をした。
みんなが笑顔を取り戻したのがすごく誇らしかった。
そんなある日、ボクに妹ができた。
名前はアンヤ。正直言うと、よく分からなくて変な子。
ボク達スライムはそれなりに相手の伝えたい事とか分かるんだけど、アンヤのことは全然わからない。
まあいいや。別に嫌がっていないのなら、ボクはボクのやり方でアンヤに向き合うだけだよ。
アンヤはボクの妹、ボクはお姉ちゃんだからね。
そうしてボク達が旅を続けていくと様々な困難が襲ってきた。
その度にボクはみんなを守ろうと全力で戦ってきた。
――そっか、これが守る人たちが抱いていた想い。大切なものを守りたいっていう気持ち。
盾、攻撃を防ぐことができるもの。守るための道具。
それをある時見つけて使ってみたけど、ボクは相手の攻撃を防ぐことが常に守ることへと繋がるわけじゃないことに気付いていなかった。
みんなを守りたいのに守れない。ならどうすればいいのかと考えてもわからない。
でもどうしても主様たちに聞くのは嫌だった。そんなのカッコ悪いじゃないか。
そんなボクに守るという意味を教えてくれたのは1人のおばあさんだった。
そのおばあさんは戦うことができないのに多くの魔物たちから人々を守った。
――守ることには決まった形はない。
大切なのは守りたいものを想うまっすぐな気持ちとそれを決して諦めないこと。
そうすれば想いはいつか希望となる。
ならボクはどんな時でもこの気持ちを忘れないようにしたい。
ボクはどんなものからでも希望を守れる最強の盾になりたいんだ。