よかった、と言うべきだったのかも知れない。
でも、あの時の私は本当に意識がもうろうとしていて、しっかり話を聞くことが出来なかった。それから、どうやってラスター帝国に戻ったか覚えていない。けど、目を覚ましたらそこは聖女殿だったし、心配そうなリュシオルとアルバの顔が私の目に飛び込んできた。気を失っていたんだと分かったと同時に、まだふわふわとした頭で二人に抱きしめられたものだから、圧迫感を覚えた。それから、トワイライトもやってきて、さらにややこしいことになったのだけは覚えている。まあ、問題はそうじゃなくて。
「記憶が戻ったのなら、公爵邸に帰れば良いだろう」
「そんなこと言わないで下さいよ。皇太子殿下。俺は、エトワールの命の恩人なんですけど?」
「気安く名前を呼ぶな。それに、エトワール自身、恩人だと思っていないかもだろ」
「いや、ごめん、リースそれはちょっと無理があるかも」
そう、私が口を挟めば、一瞬こっちを見た後、リースは咳払いをした。
机の上に詰まれた資料は前よりも多くなっている気がする。仕事がたまったというよりかは、追加で発生した、と言う風にも捉えられる。どちらでも良いが、これからもっとリースの首を絞めることになりそうだなと思うと憂鬱だ。恋人の仕事を増やしてしまう罪悪感は、重くのしかかっては、退いてくれない。
「まあ、兎も角、記憶が戻ったのなら、帰れ」
「えーそう言わずに。ね?エトワールは俺を聖女殿に泊めてくれるでしょ?」
「いや、えっと、宿泊施設じゃないんだけど」
あそこは、聖女のために作られた空間だし。そもそも、闇魔法の者は、聖女殿の近くにある神殿のパワー的な何かで、弱ってしまうって、アルベドとかが良い例だったんだけど、ラヴァインは全くそんなこと感じていないような感じだったけども。体質の問題でもあるのかも知れないけど、兎に角、記憶が戻ったのなら私としても帰って欲しいところだった。
一応、トワイライトと二人ですんでいるって言うのもあって。メイドとか、リュシオルとか、他にも騎士がいっぱいいて。ラヴァインは元々は公爵邸に住んで居たわけだし、伊賀に訳じゃないのだから、と私は説得したが、頑にラヴァインは聞いてくれなかった。
「だって、その方が、エトワールとしても良いじゃん?」
「何がよ」
「俺がエトワールのこと守れて。俺は、エトワールの側にいることができて一石二鳥って奴」
「ちょっと、だから、そういうのリースの前で」
「今すぐ帰れ、ラヴァイン・レイ」
ほら、いわんこっちゃない。
私は冷や汗を流しつつ、リースにどうにか言って聞かせるからと、今すぐにでも殺してやる……見たいな目をやめてくれと頼んだ。リースは、怒りを必死に抑えつつ、着席すると、大きな溜息をわざとラヴァインに聞えるようについた。
「幸せ逃げちゃうじゃん。皇太子殿下」
「口を慎めよ。貴族のくせに、目上に対しての敬意がないようだな」
「そういうかたっくるしいの嫌いだからね。俺」
今日も、今日とて屁理屈を重ねると。わりと頭の固いリースからしたら、それはもうカチンとくる言葉だったに違いない。リースのこめかみがピクリと動いて、これは不味いと思ったのだ。けれど、私が弁解する必要も無く、リースは手で顔を一掃した。そうだ、彼は変わったんだと、私はほっと胸をなで下ろす。それは良いとしても、ラヴァインのこの煽り癖は治らないものかと思った。
彼は、記憶を取り戻したといった。アルベドが連れ去られ……(たのか、その判定は怪しいが)あと、ラヴァインは記憶を取り戻したといった。あの時、色んな絶望にたたき落とされていた私は、その言葉でさらに突き落とされたような感覚になったが、今こうして冷静に考えてみれば、よかったのかも知れないと思った。
ラヴァインはずっと記憶を取り戻したいと思っていたわけだし、それがかなって、彼としては良い結果だっただろう。私としてはも、まあ、うん、よかったね。と言う感じなのだが、彼は記憶を取り戻したからといって変わらなかった。元々、ああいう性格だったんだろう、と矢っ張り災厄か何かで可笑しくなっていたのかも知れないと思った。
「ラヴァインの態度は、アルベドを見たら分かってくれると思うけど、リース……そうじゃなくて、もっと違う問題で」
「ああ、そうだな。やはり、もう一人のエトワールが」
「あと、アルベドの事」
私とリースは視線を下に落とした。
一つ何かが解決すれば、また一つ問題が出てくる。そして、問題が積み重なって、対処しきれなくなって、息詰まってしまうのだ。
今抱えている問題は、アルベドの洗脳を解くこと、そして、もう一人のエトワールを捕まえること。あとは、グランツが目を覚ますことか。
(グランツの事は気になるけど、もっと気になることが増えちゃったし)
そりゃ、グランツの事だって気にしているし、早く目を覚ましてくれないかなとも思っている。でも、一番は、彼が目覚めて欲しい理由の一つは、やはり彼のユニーク魔法だろう。アルベドとエトワールが敵になるというのなら、魔法を斬ることができる魔法は必要になってくると思う。戦力的な意味で。それを、グランツは嫌がるかも知れないし、アルベドへの誤解も晴れていないだろうから、また斬りかかってしまうかもだけど。
「それで、アンタは記憶を取り戻してどうだったのよ」
「どうって、何も変わらないけど?」
「変わらないってねえ……じゃなくて。ああ、でもアンタにアルベドの居場所を聞きたいって思って、でも実際アルベドは見つかったやったわけだし。あれだけど。何か、無かったの?アルベドと別れる前とか、その最中とか」
「別に?俺も、感情的になってて、我を忘れているところあったしね。俺が、あんな風に打ち上げられていたのは、完全に敗北したからっていう理由だし。それぐらい、ダメージ受けたって言う方が分かりやすい?」
そこまで馬鹿じゃないんだけど、丁寧に説明してくれたことに関しては、感謝の気持ちを述べた。
ラヴァインとアルベドは互角と思っていたが、やはりアルベドの方が強かった。そんなアルベドを私とラヴァイン二人がかりで。それでも、アルベドには勝てなかった。途中、エトワールの乱入もあったから、最後まで言ったらどうだったかは分からなかったけど。
「矢っ張り、ラヴァインじゃアルベドに勝てないって事?」
「言い方が酷いなあ。まあ、もっと言えば、兄さんのユニーク魔法を舐めていたって感じかな?あれは、反則だねえ」
「アルベドの、ユニーク魔法……」
そういえば、攻略キャラって一応ユニーク魔法を持っているか、持つようになるかの二択だった気がすると、久しぶりに乙女ゲームの世界だったことを思い出して、設定を掘り起こしていた。
アルベドは持っているといっていた気がするけど、結局は教えてくれなかったし。でも、ラヴァインを追い詰められるほど強力なユニーク魔法だとすれば、本当に太刀打ちできるのは、グランツだけかもと思った。まあ、グランツのユニーク魔法が、ユニーク魔法にたいしても発動するかどうかは怪しいところだけど。
「アルベドの、ユニーク魔法って何?」
「それ聞いちゃう?」
「必要なことでしょ。今は、アンタが一応こっち側で、アルベドが敵なんだから。アルベドの事知っていて損はないでしょう」
「まあ、それもそうだね」
と、ラヴァインは軽く言う。今がどんな状況下分かっているのかと問い詰めたかったが、ラヴァインのことだから、軽く考えているように思えて、しっかり考えているだろう、と言うことにして、話を戻す。
ユニーク魔法って、リースも教えてくれていなかったから、秘密情報だよねとは思っているけど。
ラヴァインは少し迷った後に私とリースを見て口を開いた。
「うーん正直、分かんない」
「わ、分かんないって。舐めてたとか、いってたじゃん。あれは何なのよ」
「一応、これかなって言うのはあるんだけど、どういう条件で発動して、どんな効果なのか、イマイチねえ。だからいったじゃん。俺は正気じゃなかったって、だから、覚えていないって言うか、曖昧な答え聞いても嫌でしょ?」
「別に、曖昧でも……」
「それに、一応さあ、ユニーク魔法って個人情報じゃん。だから、言うのは駄目かなあって思って」
そう、ラヴァインはいって顔の前で両手を握りぶりっこ、みたいなポーズを決める。そのポーズに腹が立って、一発頭に拳をたたき込んでしまったが、これは仕方ないだろう。ラヴァインは、頭を抱えながら「痛い」といっていたが、気にしない。これぐらじゃ、記憶喪失にならない。
「確かに、情報が曖昧なのはよくないな」
「リース!?」
まさか、リースがラヴァインの肩を持つなんて思わず、顔を上げれば、リースも何処か気まずそうに視線を漂わせていた。リースも私にユニーク魔法をいっていないから、無理に言う必要はないと言うことを言いたいのだろう。証拠に私と目を合わせてくれない。
(知っていて、損はないじゃん……)
教えてくれない寂しさもあったが、それって信用されていないって事じゃない? とも思って、何だか腹が立ってきた。でも、個人情報であることは確かだし、無理に聞くのも悪いと思った。答えてくれるのなら別だ。
私は、それじゃあ、ラヴァインのユニーク魔法は何なのかと彼を見る。彼の澄んだ満月の瞳と目が合って、ラヴァインはこてんと首を傾げる。
「そういうアンタのユニーク魔法は何なのよ」
「ユニーク魔法って、普通持っていないんだよ。そんな、シコらへんの石ころみたいに転がってるものじゃないの」
「じゃあ、持ってないの?」
「ん?持ってるけど?」
それが何か? と、ラヴァインは顔で言ってきたので、私は頬が引きつった。でも、言う気がないって言うのははっきりと伝わってくる。
「教えなさいよ。今後のためにも」
「うーん、どうしよっかなあ」
と、ラヴァインは焦らした末に、人差し指を口元に持ってきてしーと言うように笑った。
「秘密」
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