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外は今は昼の粉雪が舞い。仄かな日光が所々雲の隙間から零れていた。
昨日の極低温が嘘のような少し寒いだけのいつもの天気だった。
「では、私から話しますね。あんまりしつこいんで、ヘレンさんには道中に少しだけ話しましたよ……皆さん、ひどくお疲れのようですが、あ、モート君は別だね……。後ほんの少し我慢してくださいね」
オーゼムはモートが産まれた絵画を見つめ、それからアリスもその絵画の前に立たせた。
「アリスさん……。最初にあなたには言わないといけませんね。この絵。今から300年前の絵ですが……。ここからモート君は産まれました。モート君は簡単に言うとプシキコイとサルキコイの中間点という肉体を持つ霊体なのです。そして、この絵は、モート君の過去と深く関わっています。過去から現在まで、モート君はさる理由から300年間もこの絵に閉じ込められていたのです」
モートから見て、アリスはひどく驚いているのが見て取れた。しかし、モートは何も感じなかった。ただただ、不思議だった。
「また最初に言っておきます……モート君は罪人だったのです……実はあの世では命はとても高価なもので、普通。そう簡単には誰かが買うかしないと、この世には産まれえないのです……高いですからね……つまりは、あり得ないのです。でも、例外があって、モート君は……」
ヘレンが突然顔を突っ伏した。
「……モート……何故……何故なのモート……」
ヘレンは蹲りながら、とうとう大泣きをした。
「他にもモート君の絵があるんです。モート君。何か思い出してくれましたか?」
そう言って、オーゼムはサロンの壁に次々とモートが描かれた絵を飾り出す。
モートはその絵を順に見ていくと、アリスを傍に呼んだ。
「アリス。ほら、これがぼくだよ……」
アリスは目を大きく開いた。
オーゼムの言う通りだ……。
そう、これがぼく……。
昔のぼくだ……。
そう、ぼくは死んでいない。あの時のままだ……。
まだ……?
あの時……? 一体……?
何が……?
ん……?
Wrath 6
「アールブ。こっちよ……!」
ヘレンの泣き声以外は、シンと静まり返ったサロンだった。そこで、姉さんの声が聞こえたように思う。元気な声で、溌剌としていた。
「ぼくは昔、アールブと呼ばれていたんだね……」
「記憶が蘇ったんですね。モート君」
オーゼムは感極まって拍手をぼくに送った。
隣のアリスは目を大きく開けたまま、驚きの眼差しでぼくを見つめていた。時折、「モート……そんな……」とぼくの名を呟いては、瞬きをしていた。何故か昔のぼくを知っているかのようだ。
ヘレンは俯いたきりだったけど、今では泣き声がいくらか弱まった感がある。
「本当はバアルという名前だったけど、姉さんからはそう呼ばれていたんだ。アールブはぼくのニックネームみたいなものだったんだ。でも、ヘレン。今はモートだよ……オーゼム……? すまないが……ぼくはまだ記憶が全部は……」
「戻っていないのですね。そうですねー。……そのうちですよ。そのうち。さあ、皆さん、モート君の過去の話をしないといけなませんが、その話は明日の午後ゆっくりとしましょうか……。ここノブレス・オブリージュ美術館でしましょう。大丈夫です。モート君の記憶は時間と共に戻って来ますから。それに、皆さん大変お疲れのようですからね。お休み……」
オーゼムはぼくに一枚の金貨を握らせた。
「賭けはあなたの勝ちですよ。……それでは、明日の夜にここのサロンで。いやはや、疲れましたねー」
そういうと、オーゼムはこのサロンの4枚の大扉の一つへと向かい。こちらに手を振った。
その日の朝に、オーゼムとアリスと別れると午前の11時になっていた。ヘレンは気持ちを切り替えたのか、ノブレス・オブリージュ美術館の積もりに積もっていた仕事に取り掛かろうと使用人たちを呼んでから自室へと向かう。
モートは普通の日常を過ごしていたが、夜になるととある変化が現れ始めた。
モートはいつもの会話や談話する着飾った人々の声に耳を傾けながら、広大なサロンの質素な椅子に座っていた。
二つの螺旋階段の一つから降りてくる紳士と淑女が話していた。
「もう、猿の頭はうんざりなのよ。まるで、そう、世界が終わるかのような。家は無事だったの。ええ、屈強な護衛たちのお陰ですわ。そりゃもう傷一ついてないですわ。でも、人間の仕業とは到底思えないんですの」
「あ、昔にあったじゃないか。エレミ―。とんでもない凄惨な事件が……。確かアールブヘルムの絞殺魔」
「あ、そうですわ。ええ、そのお話なら聞いたことがありますわ。なんでもそのお話をおっしゃった方は、歴史の授業をやっていたそうですが。類稀な連続殺人とも言われていましたけれど、今では前代未聞の大量殺人とも言われていましたわね」
突然、モートは激しい頭痛に襲われた。
椅子から転げ落ち。周囲の人々の会話がパタリと停止した。
「だ、大丈夫ですか? モートさん?!」
着飾った人々に飲み物を配る給仕が一人。合間を縫ってモートに駆け寄って来た。
シンと静まり返ったサロンで、給仕が急いで誰かを呼びに外へ向かおうとした。
「いや……大丈夫だ……」
モートは脂汗を掻きながら、懸命にそう言った。
「大丈夫じゃないですよ! すぐに救急車を呼んできますね! 皆さんはすみませんが、お静かにしていてくださいね! 今、オーナーをここへ呼んできます!」
「う……姉さん……」
モートは目を瞑った。
「アールブ……ねえ、アールブ……」
姉さんの声が聞こえる。
ぼくは知らない場所で起き出した。
一体……この景色はなんだ?
目の前には、広大な黄金色の麦畑が広がっていた。まるで、黄金の海のように風によって波が立っているかのようだった。
時間はどうやら、昼間のようだ。太陽は斜陽で、あ、そうだ。収穫祭が近づいているんだ。
あの日。教会にぼくは呼ばれていた。
これは全て遠い昔の過去の記憶だ。
確か聞いたことがある。
アールブヘルムの絞殺魔……。
それがぼくだった。