「……ッ!」
まるで、死人が動いているようだった。
生気のない目、口の端から涎を垂らし、目の焦点は合っていなかった。関節も所々可笑しく曲がっていて、皆前のめりになっておぼつかない足取りでこちらに向かってくる。まるで、ゾンビ映画のようだと思った。それでも、また理性が残っているのか、人間味が残っているのか、完全に化け物と言えるようなものではなかった。
(さっきから感じてた視線はこれだったんだ)
神父が指を鳴らすと暗闇から大量のゾンビのような人が現われた。それも一人や二人じゃなくて、私達を囲え、捉えられるぐらいの人数で。数では圧倒的にこちらがフリだった。目に見えている。
神父は、くつくつと喉を鳴らし、今の状況を楽しんでいるようだった。サイコパスと言っても過言ではないと。あんな風になった人達を見て、どうしてああなったかは知らないけれど、笑っていられる人間がまともな思考をしているわけないのだ。
「わ、私達をどうするつもり!?」
何て間抜けな言葉だろうと、叫んだ後に思った。でも、思いつかず、神父がどういう意図で私達をはめようとしているのか分からなかった。ただ、この状況をどうにかしないといけないのは分かっている。
グランツは剣を鞘からスッと抜いてかまえ、ブライトもかすかに魔力を集め始めた。戦闘が始まろうとしているのは、嫌でも分かる。
出来るのであれば、何もしたくないけれど、ここについて気体状こうなることは予想がついたため、やるしかないと思う。
「随分と物騒ですが、彼らは?」
ブライトは、神父にそう尋ねた。敵の正体を知るためか、はたまた時間稼ぎかは分からなかったが、このゾンビのような人達は異常であった。かすかに魔力を感じるため、あの調査の時のような負の感情によって形が変わったものでないことは確かだった。どちらかというと洗脳のような。
(けど洗脳って、闇魔法の……だよね?)
自分で考えておきながら、光魔法では絶対にあり得ない魔法がかけられていると思った。元々、女神を信仰していて、後から混沌にシフトチェンジした教会であれば、神父が変わっていない限り、光魔法だろうし。神父が光も闇も使えるというわけではないだろう。どちらかに変わるということはあっても稀である。本当に稀少。
だからこそ、神父が変わっていなければ、光魔法であるのに、ゾンビのような人達からは闇魔法のような洗脳魔法の類いの魔力が感じられた。ということは、神父以外に敵がいるのか、それとも誰かがそうしたものを借りたのか。
まあ、どっちにしてもあの人達は洗脳されているだけで、殺す事は出来ない。洗脳をとけば戻るだろうから。
足や手は曲がっていたりしたが、どうにか治癒魔法で治せる範囲ではあった。だが、痛みは伴うだろう。
神父は、ブライトの言葉に対し、鼻で笑うように答えた。
「とある方に頼んで作って貰った、生きた人形ですよ。洗脳の魔法によって痛覚を遮断し、標的に襲い掛かるだけの駒のようなものです」
お気に召しませんでしたか? と、神父は、命を軽視するように言った。その言葉が恐ろしくて、怒りを覚えて、私は手が出そうになったのを必死に押さえた。今神父を殴ったとしても何も変わらないだろうし、魔法をかけた張本人を捕まえないことには何も出来ないと思ったからだ。だからといって、殴れるような距離にはいない。自分は高みの見物とでもいうように、何人もの人の壁を作っている。本当にたちが悪い。
それにしても、べらべらと喋ってくれるものなのだと、呆れてもしまっていた。やられる敵の台詞みたいな。こっちには攻略キャラが二人もいるし、負けることはまずないだろうと思う。負けることはイコール死を意味するのだから、負けるわけにはいかないけれど。
(でも、許せない……)
どんな理由があっても、悪は悪だと思うし、この神父は、自分は楽して私達を潰そうと考えているのだと。
そう思っていると、あの憎たらしいウィンドウがヴンと私の前に現われる。久しぶりに現われたそれに、私は思わず肩を揺らしてしまった。ブライトもグランツも私の方を一瞬見たが、何もないと分かると、神父の方に顔を向けた。彼らとて、緊張というか気を抜けないのであろう。私に何か危害が加えられていないのなら、警戒するべきは神父だと分かっているような感じだった。
私は、そんな彼らを横目で見ながら、現われた文字に目を通す。
【緊急クエスト:怠惰なる悪魔の神父】
(緊急クエスト……ッ!?)
嫌な予感というものは的中するもので、私はそれを心の中で読み上げて絶句した。ここに来たときから感じていた胸騒ぎとはこれのことだったのかと、今更ながらに思う。
YESとNOのボタンが表示され、クエストを進めなければならない雰囲気になっているのは、このゲームの悪いところだと思う。緊急クエストは、攻略キャラだけで埋まるものだと思っていたために、油断していたのもあった。けれど、この調子でいくと、頻繁に緊急クエストがでそうだと思った。全く緊急クエストじゃないと思う。
そんなことを思いながらも、私はYESのボタンに指を置き、クエストの受注をする。ヴンと消えた画面は、私の意思じゃ現われないことは分かっている。
(そういえば、クエストのクリア報酬見ていなかったなあ……)
傾向からいけば、攻略キャラの好感度なのだろうが、この間のラヴァインのこともあって何が……までは確定できない。まあ、やれることだけやるしかない。
「アンタは高みの見物? 自分で戦いもしないの?」
私は、神父を挑発するように言った。神父はピクリと眉を動かしたが、見下すような嘲笑うような態度で「そうですよ」と笑う。
「私が戦うわけないじゃないですか。仮にも聖職者な訳ですから」
「アンタみたいな聖職者がいると思うと本当にイライラする」
口が悪くならないようにと「イライラ」という言葉で押さえたが、少しだけブライトが笑っているような気がした。壺が浅いのだろうかと思いながらも、私は手で光の剣を生成する。パッと温かい魔力が手のひらに集まり、剣の形をみるみるうちに作っていく。そうして出来た柄を握り神父に向ける。神父はフッと口の端をあげた。
「貴方方こそ、この神聖な空間をけがすような行為……見過ごせませんねえ」
「それを、貴方が語る資格はないです」
そうビシッと言ったのは、ブライトだった。ブライトは、少し目をつり上げて、まるで怒っているように、いいや怒っているのだろうが、神父に向かって強い言葉を投げた。ブライトは神殿の神官や聖女のためにと動いてきた家の一人だ。だからこそ、神聖な空間を、混沌や欲塗れの神父に怪我されたことが許せないのだろう。あまり、怒りを見せない彼の珍しい一面に、私は驚きを隠せなかった。
しかし、どうしたものだろうか。
「確か貴方は、ブリリアント家の……ブライト・ブリリアント様でしたか。大変ですねえ、魔道騎士団長である父上が行方不明で。それも、ヘウンデウン教の手に堕ちたとか言う噂も出ていて」
「……え?」
神父の言葉に思わず思考がフリーズしてしまった。そんなことは聞いたことないと、ブライトを見れば、さらに顔を険しくしていた。もしかしたら、図星なのかも知れないと。けれど、ヘウンデウン教の手に堕ちたとはどういうことなのだろうか。聞いてみなければ分からないが、聞けるような状況ではなかった。
ゆらゆらと私達に向かって歩いてきたゾンビのような人な人達は、一斉に私達に襲い掛かる。剣を構えたが、ハッとある事が頭の中をよぎり、手が止ってしまった。
「貴方方に、彼らをきれるでしょうか。洗脳されているとは言え、まだ生きているわけですしね。ふ、ふふふふ!」
それを狙っていたのだろう。と、不気味で気持ちの悪い笑い方をした神父を見ながら、私達は敵の攻撃を避ける。手に握っている剣を振り回せば当たる距離にはいるが、これを振り回してもし死んでしまったら……そう考えたら、動こうにも動けなかった。こっちは、無抵抗で……何が目的かは分からなかった。私達を殺す事が目的なのか、ヘウンデウン教と繋がっていると言うことは、私達を捕らえることが目的なのか。どちらにしろ、状況は不利であった。
私がそんな風にどうにか打開策をと考えていると、トスッとゾンビのような人が一人前に倒れた。もしかして、グランツとブライトのどちらかが? と思っていると、グランツはいつもと剣の持ち方を変え、柄の先で敵の首を狙い峰打ちしたのだと。
「エトワール様、大丈夫です。誰も殺しはしません……この人達は、ですが」
そう言ったグランツはまるで暗殺者のように空虚な翡翠の瞳を光らせ、再び剣を握り直した。
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