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目にもとまらぬ早さで、相手の背後に回り峰打ちを、そして、相手を傷つけないという意思が感じられる力ではなく技で相手を翻弄するグランツを見ていて、私は彼のようには出来ないと思った。
(……生身の戦闘ってあまり見たこと無かったから、何というか)
グランツだってそこまで実戦があるわけじゃないだろうし、アルベドのように自分に魔法を付与して戦えるわけでもない。なのに、どうしてあんなに身軽なのだろうかと、目の前で繰り広げられている戦いを私は目に映すしかなかった。
光魔法は基本的に人を傷つけない魔法であるが、使い方を間違えれば、魔法である為に人を殺せてしまう力もあるわけで。
そういう点に関しては、私の隣で戦っているブライトもさすがだと思う。洗脳されているため、ゾンビのような人達の身体を傷つけるわけにはいかない。そのため、相手を眠りにつかせる魔法や、閃光を駆使し戦っていた。勿論、それは広範囲の魔法ではない。
(このゲームって乙女ゲーだよね? なんで皆戦闘になれているわけ?)
そりゃ、戦争とか、暗殺者とか、魔物とかいる世界ではあるけれど、それにしても戦闘慣れしすぎているのではないかと思った。別にそれが悪いとかそういうのではないけれど、場をこなさなければ身につけられないものとかあるのではないかと思ったのだ。皆が皆天才じゃないだろうし。
「エトワール様、無事ですか?」
トンッと背中にぶつかるブライト。私はびっくりして「ぴえっ」とそこまで可愛くない悲鳴を漏らす。ブライトは、いきなりぶつかってしまったことをすみません。と謝ってきたが、凄い変なものを見たという感じの目を向けてきたため恥ずかしい。
こほんっ、と咳払いをしつつ、私は大丈夫だということをブライトに伝えた。
ゾンビのような人達は闇の中から湧いて出てくる。これじゃあ切りがない。耐久戦にでもなったら負けるだろうし、そもそも、こちら側は相手を傷つけることが出来ない状況下にある為どうにも……
「睡眠の魔法って一度に何人かけられるの?」
「二、三人が限界でしょうか」
ブライトのつかっていた魔法を見よう見まねでやろうと思ったが、思った以上にコスパが悪いことに気がついた。これでは、魔力がそこを尽きてしまう。それに、ブライトのを見ていると、接近しなければかけられない魔法と言うことが分かり、あの人の群れの仲に突っ込んでいくのは気が引ける。
洗脳されて自我を失っているだけで、身体は人間なのだから。本当に汚い手だと思う。
神父は高みの見物というようにゾンビのような人達の壁の向こう側にいる。神父がかけた魔法ではないから彼を倒したところで無意味なのだ。何か打開策はないのだろうか。
「ブライト、これからどうするの?」
「……今のところ策が思いつきません。ですが、このままではやられてしまいます」
ブライトでもそうなのかと、少し諦めたい気持ちでいっぱいになった。
(どうにかしないと……私に出来る事ってあるの?)
緊急クエストという割には、難易度が低いようにも感じたが、耐久戦となったらまた話は違うようにも感じた。それはいいとしても……私はそう思ってグランツを見た。無表情で、敵を気絶させていく姿はまるで、職人のようにも思えた。本業が暗殺者ではないかと思うぐらいに素早い身のこなしに感動まで覚える。少し、動きがアルベドっぽいのは彼の戦いを見ているからだろうか。嫌いという割には、よく動きを見ている証拠なのだろう。
「ブライト」
「何でしょうか、エトワール様」
「さっき神父が言っていたの本当?」
「…………」
私の問いかけにブライトは答えなかった。いいたくないのだろうと思いつつも、私は、気になってしまったのだ。ブライトの父親が、ヘウンデウン教の手に堕ちたとはどういうことなのだろうか。聞いた話によれば、行方不明と言っていたが。そうなると、大問題ではないかと思った。
ブライトも心苦しいと思うけれど、そこをはっきりとさせて欲しい。彼の表情を見る限り、本当なのだろうと思うけれど。彼が嘘をつくのが下手になったのが今回、ありがたいと思った。
どうなの? ともう一度尋ねれば、ブライトは観念したように口を開いた。
「……そう、だと思います。この目でしっかりと見ていないので本当かどうかは分かりませんが、聞いた話に寄れば、そうだと」
と、ブライトは苦しそうに言った。
帝国の魔道騎士団団長が裏切ったということになるのだろうか、それとも仕方なく? 色々と思考は巡ったが、敵に回ってしまったということは、ブライトの発言から本当らしいと言うことが分かる。こんな戦いの最中聞くことではないのだろうけれど。
(だとしたら、もしかしてこのゾンビのような人達って、ブライトのお父さんに操られているの?)
最悪の想像が頭をよぎる。そうでなければいいと思うと同時に、その可能性も高い。魔力量がなければ、これだけいっぺんに人に洗脳魔法をかけられるわけないから。
「光魔法から、闇魔法に変わる事って出来るの?」
「いいえ、基本的には出来ません。実例がないわけではないですが、可能性は低いです」
「そう……」
「エトワール様が言いたいことは分かります。僕もその線を疑いました。そうでなければいいと思いつつも、そうじゃないかと。父親を疑うのは心苦しいですが」
と、ブライトは唇を噛み締めていう。
ブライトは本当に損な役回りというか、悪いクジを引くタイプだと思った。自分の母親は、混沌を産んでしまった罪悪感から、混沌共に死のうとして目的を果たせず、自分の弟は混沌の生まれ変わりで、尊敬していた父親は敵に寝返ってしまって。どれだけ、属性を詰め込めばいいのだと、二次元を見る感覚で思ってしまった。でも実際そんなことが目の前で行われたら正気を保てないだろう。それでも正気を保っているブライトは本当に凄いと思う。
誇りやプライド、そして、この帝国の人達のため、嘘をついて、偽って生きてきた彼に、さらなる仕打ちを、本当にくるっているとしか思えない。
何か力になってあげたいと思いつつも、言葉は見つからないし、打開策も見つからない。何も出来ない自分が無力に感じた。
初めこそ、嫌な人だなあと思っていたけれど、ここまで可哀相な人だとは思わなかった。
「ブライト、私に出来ることがあったらいって」
「え、ええっと、今の状況で……ですか?」
「あっ、えっと、そうじゃなくて」
私の考えていることと、ブライトの考えていることがどうも食い違ってしまい、二人ともあたふたと言い直した。そんな余裕もないくせに、私はついそう言ってしまったのだ。有言実行できるか分からないそれを言われて、ブライトも困るだろう。けれど、ブライトは少しだけ嬉しそうに笑った。彼の好感度もピコンと音を立てて上昇する。
まあ、今は彼の運命云々よりもこの状況をどうにかしなければならないのだが。
「グランツは、何かいいさくはない?」
「そうですね……この者達にかけられている魔法は、あの神父がかけたものではないことは分かります。しかし、あの神父をどうにかするのが先でしょう。この者達は、あの神父の命令に従っているのですから」
「た、確かに」
あの神父をやったところで……と思っていたが、思えばあの神父を捕らえなければまず先に進めないのだ。あの神父がこのゾンビのような人達を操っているのなら尚更捕まえた方がいいと。
だが、あのバリケードをどうやって突破するか。
「ブリリアント卿」
「はい、何でしょうか。グランツさん」
「開路……お願いしていいですか?」
「……ッ、分かりました。無傷で制圧して下さい」
ブライトとグランツは目配せする。二人にだけ分かるアイコンタクトに何だか格好いいと思いつつも、全く何も理解できていない私は首を傾げるしかなかった。
ブライトは、グランツに言われたとおり詠唱を唱え、その手のひらをバリケードに向かってかざした。魔力がブライトに集まっていくのを感じこのまま、あのバリケードに撃ち込むのかとヒヤヒヤした。そんな力任せというか脳筋見たいな事はブライトはしないだろう。というか、其れができているのなら、今までの戦いは何だったんだという話になる。私は、ただ自分の身を守りながら、その様子を見届けるしかなかった。
魔力をため終わったブライトは、詠唱を一気に読み上げ、集まった魔力を一気に放出した。それは、水の渦のようなもので、バリケードの役割をしていたゾンビ達はそれに飲み込まれ、教会の端の方へ吹き飛ばされていく。まるで海が避けたようだった。そうしてできた何も何もない道をグランツが一気に駆け抜け、振りかざした剣先を神父の喉元に突き立てた。一歩動けば、それが刺さってしまう距離に。
神父は慌てて目を見開いたが、動くことも出来ず目をぎょろぎょろと動かし、陸に揚げられた魚のようにパクパクと口を動かしていた。
「動かないで下さい。首、飛びますよ」
そんな冷酷なグランツの言葉と共に、私達の勝ちが確定した。