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そう尋ねられてチラッと涼さんを見るけれど、彼は兄にサンドされたまま、笑顔でセミナーを続けている。
「……好き、だけど……」
彼に聞こえないようにボソッと言うと、父はプラスチックカップの底に残っていたビールを飲み、笑った。
「恵は今まで、彼氏ができても長続きしなかっただろ? むしろ、どこか男という生き物を憎んでいるように見えた。朱里ちゃんはいい子だけど、恵はいつも朱里ちゃんとつるんで、田村くんの文句ばっかり言ってた。……だから、不安だったんだ」
いつも私のする事に口を挟まなかった父が、そう感じていたとは知らなかった。
「でも、ちゃんと男の人を好きになれたんだなぁ、と思って安心したよ。涼さんが三日月グループの御曹司だと知って、騙されたんじゃないかと思って心配したけど、今日二人を見ていて、ちゃんと好き合っていると分かった。恵がこんなに柔らかい表情をするの、初めて見たかもな」
「……そんな事ないよ。私、いつも普通に笑ってたし」
その時、母が言った。
「恵は強い子だから、自分が弱っていても気づいていないふりをするの。でもお母さんは百戦錬磨の美魔女だから、強がってる子はすぐ分かっちゃうのよ」
「……自分で美魔女って言うな」
ボソッと突っ込むと、母は美しく笑ってシャンパンを飲む。
「お母さん、ずっと『恵が無理をしないで付き合える人が現れたらいいな』って思っていたの。まさかこんな御曹司を釣り上げるとは思わなかったけど、お金持ちとかイケメンとかは置いておいて、恵が素の自分を晒せる相手が一番いいと思ってた。……その点、涼さんは百点満点ね」
母は機嫌良さそうに言い、大きい椎茸を焼き始める。
「涼さんの傍にいて、安らげる?」
今度は母に尋ねられ、私は小さく頷いた。
「そう、なら良かった」
「父さんも、恵が自然体でいられるなら、それでいいかな」
父は穏やかに言い、テーブルの上にある私の手を、ポンポンと叩いた。
「幸せになりなさい、恵。今までご縁がなかった分、お前はこれから幸せになっていくんだ。新しい出来事が起こるたび、障害ができるかもしれない。でも、恵と涼さんならきっと乗り越えられるって、父さん、なんだか確信したんだ」
父はこの通り温厚な性格をしている。
でも地方公務員として役所で勤めているだけあり、真面目で現実的で、浮ついたものの見方をしない。
私や兄たちの進路についても、基本的にやりたい事は応援してくれたけれど、現実的ではない事を言った時は冷静な意見をくれた。
そんな父をして、こんな言葉を言わせるなんて、やっぱり涼さんが他者に与えるポジティブ感、安心感は凄いのかもしれない。
父はなおも続ける。
「勿論、涼さんが御曹司だからといって、その社会的地位や資産に恵の人生を丸投げした訳じゃない。可能なら恵にはこれからも勤勉に働き、自分の力でお金を稼ぐ経験を続けてほしい。恵はしっかり者だけど、今後十年も涼さんと一緒にいれば、彼と似た価値観、金銭感覚を持つかもしれない。恵が贅沢に慣れて驕った性格になるとは思っていないが、初心を忘れなければ、今後の人付き合いでも失敗しない」
「うん、分かってる」
母は鉄板の上で椎茸をひっくり返し、塩胡椒をする。
「涼さんは私たちがこう思っている事も、全部お見通しのような気がするわ。包容力があるだけじゃなくて、人をよく見ているもの。きっと会社で色んな人を相手にしているから、読み取る力が強いんでしょうね。偉い人ってただふんぞり返って命令しているだけじゃ、成り立たないもの。周りにいる人、取引先相手、みんなの意見を汲み取って一番いい判断をする必要がある。時には何かを切り捨てる冷酷さも必要かもしれないけど、〝家族〟は全力で守ってくれる人だと思うわ」
母はそこまで言い、向かいに座っている彼に「ねー! 涼さーん!」と笑顔で相槌を求める。おい、佳苗。
彼はこちらの会話を聞いていたんだか、聞こえていなかったんだか分からないけれど、笑顔で「そうでーす!」と両手サムズアップで返事をした。
いきなり巻き込まないであげて。私もびっくりした。
「まぁ、そんな訳で、孝志と恭祐もあの通りだし、うちは涼さんとのお付き合い、結婚に反対はしない。全力で応援するよ。ただし、三日月家側はそう上手くいくか分からないから、ある程度の覚悟はしておきなさい。本当に涼さんを好きなら、ちょっとやそっとの事があっても諦めない事。今までちょっと付き合って別れた彼氏とは違うんだろう? 本当に好きだと思えて、一生を託せる相手と思えた。なら、何があっても認めてもらえるまで頑張ってみなさい」
「……うん、分かった」
父に言われ、私の心の中にあった迷いがスッと晴れた。
いまだ、彼への遠慮や引け目はある。
でも涼さんを愛し、結ばれたいという想いは譲らない。
そんな覚悟がやっと宿った。