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『黛を逮捕した』

昊輝の言葉に、安堵した。

『もう大丈夫だから、帰って来い。どうせ、桜とは会ってないんだろう?』

「……明日の便を予約するわ」

『わかった。気を付けてな』

桜には会った。

昨日。

黛がしたことと、置かれている立場を話した。

桜はあっさり、婚約解消に応じた。

もともと、口約束だけで正式な婚約ではない。ただ、桜に、二度と黛に近づかないように言い聞かせたかっただけ。

ただ、それだけ。

あの日。

雄大さんが刺されて病院に運ばれた日。

雄大さんが死んだら、私も死のうと思った。

黛も桜も殺して、自分も死のうと思った。

本気で。

雄大さんのご両親と澪さんに土下座しながら、ずっと思っていた。

そして、雄大さんの手術が終わって、眠る彼を見た時は本当に安心したし嬉しかった。

『かお……る……』

手に触れると、彼がかすれかけた声で言った。

『あい……して……』

その言葉だけで、充分だった。

『愛してる……』

その言葉だけで、生きていけると思った。

『私も……愛してる』

雄大さんの耳元にかがみ、囁いた。

『愛してるわ――』


私は、雄大さんとの別れを、決めた。


飛行機の中では、ずっと泣いていた。毛布にくるまって、声を殺して、何時間も。

もっと、触れたかった。もっと、キスしたかった。


もっと、愛し合いたかった——。


けれど、桜に会って、そんな未練は簡単に吹き飛んだ。


別れて……良かった——。


桜が、そう思わせてくれた。

心配してくれる真由には申し訳ないけれど、帰国を知らせなかった。雄大さんに知られたくなかった。

未練がないとはいえ、会えば気持ちが抑えられないとわかっていた。

帰国を知っているのに無視されても、悲しい。

自分勝手な感情の波に溺れないよう、私は昊輝以外には知らせずに帰国し、空港近くのホテルにチェックインした。

夜遅くに、昊輝が訪ねてきた。

「お帰り」

「ただいま」

「思ったより、元気そうだな」

「うん。なんか……吹っ切れた」

「そうか」

私はアメニティのティーバッグでコーヒーを淹れ、昊輝の前に置いた。私も自分のカップを持って、昊輝の正面に座る。

「で? これからのことは……予定通り?」

「うん」

「そうか」

「うん」

「なぁ、馨」

「うん?」

「結婚しないか」


え————?


耳を、疑った。


結婚……?


「聞き間違いじゃねーぞ?」

私の考えを察して、昊輝が言った。

「結婚しよう」

「なに……言ってるの? 冗談——」

「冗談だと思うか?」

私を見る昊輝の目は真っ直ぐで、吸い込まれそうになる。けれど、固く結んだ唇は微かに震えていた。その表情には、憶えがあった。

『俺と結婚してください』

四年前のプロポーズの時。

緊張し過ぎて息をするのも忘れて、私が返事をるまで顔を真っ赤にしてた。

あの時ほど、純粋に幸せを感じたことはなかった。

「どうして……今更……」

「今更だからだよ。もう、いいだろ。全部終わったんだ」


終わ……った?


「立波リゾートとか桜とか、全部忘れて俺と幸せになろう」


忘れて……?


「お前は桜のために頑張ったよ。けど、いくら頑張っても、桜はお前を苦しめるばかりだろう? 立波リゾートにしても、お前が責任を感じる義理はないだろ」

同じようなことを、三年前にも言われた。

「三年前は桜もまだ高校生だったし、お前が姉として守ってやりたい気持ちもわかった。けど、もういいだろ」

「そんなこと……」

「俺は今も、馨が好きだよ」

昊輝が立ち上がり、私の横で膝をついた。私の手を握る。

「結婚しよう」

懐かしい、感触。大きくて、固くて、温かい。大好きだった、昊輝の手。何度も触れた。何度も抱かれた、手。

けれど、昊輝の手に触れながら、私は雄大さんを思い出していた。

婚姻届を差し出された時も、こうして、雄大さんは私の横に跪いて、手を握ってくれた。

『俺が結婚したいと思うのは、お前だけだ』


こんな時に雄大さんを思い出すなんて……最低だ……。


「ありがとう、昊輝」と言って、私は彼の手を押し退けた。

「けど……ごめんなさい」

「俺じゃダメか?」

「ごめん……」

他に、言葉が見つからなかった。

散々、甘えた。

昊輝の優しさにつけ入った。

何度も、助けられた。

私を見る、昊輝の愛情に満ちた微笑みに救われた。

そのくせ、気持ちに応えられないなんて、虫が良すぎる。

最低だ。


だけど、違う————。


「もう、会わない」

「……本気?」

私は、頷いた。

「最後のお願い。もう、私に——」

言いかけた私の唇が、忘れかけていた懐かしい感触に塞がれた。

三年振りの、キス。

きつく抱き締められて、足掻いてもびくともしない。

懐かしいキス。だけど、知らないキス。

昊輝の、こんなに強引なキスを、私は知らない。

そして、こんな時でも、雄大さんを思い出してしまう。

雄大さんは強引だけど、こんなに一方的に感情を押し付けるようなキスはしない。始めはそうでも、すぐに優しくなる。

ぬるり、と柔らかい舌の感触にハッとした。

嫌だ、と思った。

「いっ——!」

痛みに、昊輝が私を手離した。その拍子に、尻もちをつく。

「ってぇ……」

手の甲で口を押える。

私は、思わず立ち上がり、昊輝から離れた。

「噛みつくほど嫌かよ」

「だって……」

大きなため息をつくと、昊輝はクスクスと笑いだした。

その声は徐々に大きくなっていく。そして、ハハハハハッと大笑いに変わった。

「この流れで噛みつくとか……ありえねぇ」

「は? プロポーズ断られてんのにキスする方があり得なくない?」

「それも、そうだな」

昊輝は立ち上がると、私に向かって両手を広げた。

「さよならのハグなら、いいだろ?」

『さよなら』という言葉に、身体がたじろぐ。

もう会わない、と言ったのは自分なのに、いざとなると怖くなる。

昊輝はずっと、そばにいてくれた。

実家を出た時も、義父が亡くなった時も、別れてからも、ずっと。


その、昊輝の手を放す——。


共犯者〜報酬はお前〜

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