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雨は今日も、容赦なく街を濡らしていた。
桜坂かおりは、制服の上着を肩まで濡らしながら、舗道をひとり歩いていた。傘を差す気力もなく、ただ水たまりを踏みつける靴の音だけが、静かな街に響く。
「……もう、どうでもいい……」
小さな声でつぶやく。誰もいない路地、誰も彼女の存在を気にかけてはいなかった。家族を失ってからというもの、家に帰ることも、友達に会うことも、すべてが虚しく、つらい。
誰かと一緒にいても、結局はまた失うのだろう──そう思うと、自然と人を避けてしまう自分に嫌気がさしていた。
ふらふらと歩き続け、視界がぼやけ始めたその瞬間、冷たい水溜まりに足を取られて倒れそうになった。
――そのときだった。腕を支える温かい手が彼女の身体を抱きとめた。
「大丈夫ですか!? こんなところで転んだら、風邪をひいてしまいますよ!」
振り返ると、そこには制服姿の少年が立っていた。
透き通るような笑顔に、どこか安心できる空気があった。彼の名前は、青山充。
「……え、えっと……」
思わず言葉を詰まらせるかおりに、充はにっこりと微笑んだ。
「今から少しだけ、うちに来ませんか? 雨宿りだけでも構いません。放っておけませんから」
不安と迷いで胸が張り裂けそうだったけれど、力が入らない自分の身体を見て、かおりは小さく頷いた。
やむを得ず、雨に打たれたまま充に導かれる。
――そして、扉を開けると、室内には暖かい光と静けさが満ちていた。
「いらっしゃいませ、青山家へ」
ふわりと優雅な声が響く。かおりが目を向けると、そこには19歳の執事、若葉千里が立っていた。
姿は可憐で、まるで少女のよう。だがその声や所作から、男であることが伝わる。
「お怪我はありませんか? それともお風邪を召されてはいませんか?」
千里の丁寧な言葉に、かおりは思わず息を飲む。
その瞬間、リビングから声がした。
「充、お客さんか?」
穏やかだが少しツッコミ気味の声。振り返ると、青山家の次男、かおるが書類を手に立っていた。
「君が桜坂さんですね。よろしくお願いします」
冷静で理知的なその目は、まるで周囲をすべて見通しているかのようだった。
そして、最後に甘えた声が聞こえた。
「お兄ちゃん、充のおうちに誰か来たの?」
人懐っこい笑顔と共に現れたのは三男・猫乃。小さな手で充の肩にぶら下がりながら、にこにことかおりを見つめる。
かおりは息を呑む。三兄弟、それぞれの個性が一気に目の前に現れたのだ。
――孤独で冷たい雨の中で、彼女は、初めて“守られる安心”という感覚を味わった気がした。
「……あ、ありがとうございます」
かおりの声は小さく、ぎこちないけれど、確かに温かさに触れた。
千里が微笑み、充が優しく肩に手を置く。
猫乃がにこにこと手を振り、かおるが静かにうなずいた。
雨の街を彷徨っていた少女は、その日、青山家という小さな世界の中で、初めて人の温もりに触れたのだった。
「それじゃ、案内するー!」
猫乃は満面の笑みで手を引こうとする。小さな手が充の肩から離れ、かおりに向かって伸びる。
「まてまて、おまえじゃ心配だ」
かおるが書類を片手に眉をひそめ、厳しい口調で言う。
「え、でも僕だって!」
充が前に出ようとすると、猫乃がぴょんと跳ねて、「ぼくが先に案内するもん!」と反論。
三人はその場でしばらく押し問答を続ける。
「いやいや、充の方が頼りになるって!」
「いやいや、かおる兄さんが一番落ち着いてる!」
「でもぼく、手取り足取り教えるの得意だもん!」
かおりはそのやり取りを、ぽかんと見つめるしかなかった。
──これが三兄弟か、と。
そんな時、静かで上品な声が響いた。
「やれやれ……失礼しました」
振り向くと、そこに立っていたのは若葉千里。
姿はまるで可憐な少女だが、言葉は丁寧で落ち着いており、すぐに空気がピリッと引き締まった。
「私は若葉千里と申します。姿は女子ですが、男の子です」
千里はかおりに軽くお辞儀をし、落ち着いた声で続ける。
「こちらが青山家の三兄弟です。あちらの優しそうな人が、高校生でありながら数学教師の青山充。冷静で理知的な方が若き弁護士、青山かおる。そして、充様にぶら下がっているのが甘えたがり屋の青山猫乃です」
千里の紹介が終わると、三兄弟は一瞬視線を合わせ、再び案内役の議論に戻る。
「じゃあ、やっぱり僕が先導する!」
「いや、僕が落ち着いて案内する!」
「ぼくが先に見せてあげるもん!」
かおりは思わず苦笑した。三者三様の性格が、ここでも如実に出ている。
──でも、このドタバタの中に、どこか温かさも感じた。
誰もが、かおりを自分の大切な“守るべき存在”として迎えてくれているのだと、自然に思えたのだった。
千里は静かに微笑みながら、かおりの肩に軽く手を置く。
「では、皆さんで相談しながら、どうぞご案内くださいませ」
猫乃が再びぴょんと跳ね、充が微笑み、かおるが静かに頷く。
小さな混乱の中で、かおりはこれから始まる生活の、ほんのわずかな安心感を胸に感じた。
猫乃がかおりの袖をぎゅっと引っ張り、にこにこと笑いながら言った。
「とりあえず、僕が案内するねー!」
かおりはその小さな手に連れられる形で一歩踏み出そうとした。
だが、すぐ後ろから充の声が割り込む。
「まてまて、猫乃。この家の大きさはとんでもないんだから、一人三メートルあれば十分だろう」
充は自信満々にかおりの手を握り、先導しようとする。
「え、あの……」と戸惑うかおりの腕をしっかりと握り直す充。
すると、かおるが冷静な声で突っ込んだ。
「いや、おまえ計算間違ってるぞ。もしそれで案内したら、詐欺罪になりかねない」
猫乃は不満そうに「えー!? 詐欺罪!?」と声を上げ、さらに不満げに肩をすくめた。
その場にいた全員の空気がやや膨らんだとき、千里が静かに歩み寄る。
「かおり様、ちょっと大変そうなので、私がご案内いたします」
猫乃はすぐに「えー!? 千里だけずるーい!」と抗議。小さな体でジャンプして訴える。
「お前がいうな!」
充はつい、猫乃の頭に軽くチョップ。
猫乃は痛がりながらも、まだ文句を言いたげに顔をしかめる。
その瞬間、かおるが冷静な顔で指摘した。
「充、それは暴行罪だぞ」
三兄弟と千里のやり取りを目の前に、かおりは思わず目を丸くする。
──なんというカオスな家……でも、どこか温かさがある。
不器用だけど、互いに注意しあったり笑わせたりしながら、確かに“家族”として機能している。
千里は微笑みを浮かべ、かおりの手をそっと取り、静かに先導する。
「では、こちらからご案内いたします。安心しておついてきてくださいませ」
猫乃は「ずるーい!」と不満を漏らしながらも、充と並んでかおりの後ろをついていく。
かおるは冷静に書類を抱えたまま、後ろから監視するように歩いた。
かおりは小さな混乱の中で、少しずつ心がほぐれるのを感じた。
──こんな家で、これから生活していくのかもしれない。
千里は穏やかに微笑みながら、かおりを案内した。
「ここは充様のお部屋です」
扉を開けると、そこはまさに数学まみれの世界だった。
机の上には分厚い参考書が山積みになり、壁には授業用のホワイトボード、棚には1週間分の授業スケジュールや数学のファイルが整然と並んでいる。
充は胸を張って得意げに言った。
「ふふーん、すごいだろ!」
かおりは机のファイルや参考書をちらりと見て、冷静にツッコむ。
「いや、未成年が教師……!?」
充は少し照れくさそうに笑った。
「まあ、ちょっと特別な存在ってことで!」
千里は微笑んだまま次の部屋へ案内する。
「ここが、かおる様の部屋です」
扉を開けると、そこはまるで法律事務所のような空間だった。
法律関連の分厚い本、新聞記事のスクラップ、さらに盗聴器や調査用具らしきものまで整然と置かれている。
猫乃が興奮気味に言った。
「かおるがあんまり入らせてくれないから、僕、あんまり見たことないんだよねー」
かおるは冷静な顔で返す。
「だって、勝手に入ったら不法侵入だからな」
猫乃は口をとがらせながらも、少しだけ諦めた様子でうなずく。
かおりはその部屋を見渡し、かおるの真面目さと慎重さを肌で感じた。
千里は最後に猫乃の部屋へ案内する。
「ここは猫乃様の部屋です」
扉を開けると、そこはお菓子やゲーム、保育園時代のファイルや思い出のグッズが散らばる、明るくにぎやかな空間だった。
猫乃は得意げに胸を張る。
「ふふーん!ここは僕の娯楽部屋!」
充は眉をひそめ、軽く指摘する。
「だが、いつも数学のテストでは赤点だから、ちゃんと勉強してよ」
するとかおるが冷静に指摘を重ねた。
「それを言うなら、充、お前は社会のテスト赤点だったろ」
三兄弟の個性が、部屋の中にも色濃く反映されていた。
かおりは微笑みながら、少しずつこの家の不思議なリズムや温かさに慣れていく自分に気づいた。
千里は静かにかおりの肩に手を置き、柔らかく言った。
「それぞれの個性が、この家を作っています。どうぞご安心ください、かおり様」
かおりは深くうなずき、これから始まる青山家での生活に、少しだけ期待の光を感じたのだった。
かおりは千里の顔をじっと見つめた。
その瞳は、まるで小さな宝石のように輝き、整った輪郭に柔らかい微笑みが浮かんでいる。
千里は一瞬、目を逸らそうとしたが、顔が赤く染まってしまう。
「な……なんでしょうか……」
声が少し震え、丁寧な口調にもかかわらず、内心の動揺がにじんでいた。
かおりは興味津々の表情で、さらに踏み込んで訊ねた。
「千里さんって……男の子なのに可憐で可愛くて、美しいですね!
どうやったら、そんな風になれるんですか?」
その質問に、猫乃はぽかんと口を開け、充は目を丸くした。
かおるは眉をひそめ、静かに釘を刺す。
「あんまり聞かないほうがいいよ。プライバシーの侵害だからね」
千里はさらに顔を赤くしながら、小さく息を吐いた。
「そ、そういうことは……個人の努力というか……まあ……特に秘密というわけではないのですが……」
かおりはますます興味津々で、微笑みながら身を乗り出す。
「努力……ですか? ふふ、私も真似してみたいな」
充は手を顔の前で軽く叩き、苦笑しながら言った。
「おいおい、かおるの言うとおりだぞ。あまり突っ込むと千里が死にそうな顔になる」
猫乃は肩をすくめ、無邪気に笑った。
「でも僕は千里のこと、大好きだなー」
かおるは小さくため息をつきつつも、柔らかく目を細めた。
──三兄弟と千里、それぞれの個性が混ざり合うこの家は、外の世界とは違う、温かく不思議な空気に満ちていた。
かおりはふと、ここでなら少しずつ心を開けるかもしれない、そう感じたのだった。
翌朝、青山家の小さなリビングの窓から朝日が差し込む。
かおりは猫乃と並んで、昨日の部屋案内のことや、学校での些細な出来事を話していた。
「ねぇ、かおりちゃん、昨日の夕飯のプリン、僕もっと食べたかったなー」
猫乃が楽しそうに話すのに、かおりも微笑みを返す。
しかし、そのとき──校門前の通学路で、数人の男子生徒が近づいてきた。
「おい、何だよ、かおり、ちょっと遊ぼうぜ」
言葉巧みにかおりの腕を掴もうとする。
その瞬間、背後から冷たい気配が迫った。
充がネクタイを外し、いつもの柔らかい笑顔は消え、鋭く冷たい瞳で男子生徒たちを見据える。
「おいおい、何やってんだ?」
低く、はっきりした声に、男子生徒たちは言葉を失った。
数秒の沈黙のあと、恐怖心からか、男子生徒たちは言い訳もせず逃げていった。
猫乃は目を丸くし、かおりは胸の奥の緊張がふっとほどけるのを感じた。
充はゆっくりとネクタイを締め直し、柔らかく微笑みながらかおりの方へ歩み寄る。
「かおりー!大丈夫?ケガはなかった?」
かおりは少し顔を赤らめながら、ほっと息を吐いた。
「はい……大丈夫です。ありがとうございます、充さん」
猫乃も小さな拳を握りしめ、満足そうに言った。
「やっぱり充は頼りになるなー!」
充は肩をすくめて照れくさそうに笑った。
「ふふ、まあね。困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」
その日、かおりは初めて、青山家の兄弟たちが自分を守ってくれる存在だと、心から感じた。
雨に濡れた孤独な日々が遠い昔のことのように思える、そんな朝だった。
放課後の教室は、すでに多くの生徒が帰宅し、静寂に包まれていた。
そんな中、千里がひらりと校門をくぐり、かおりの元に歩み寄る。
「かおる様は、どちらにいらっしゃいますか?」
千里の声は、いつものように丁寧で上品だが、どこか心配そうな響きもあった。
かおりは少し考えて、静かに答える。
「たぶん……図書室にいると思います」
千里は軽くうなずき、かおりと一緒に足早に図書室へ向かった。
廊下を抜け、扉を開けると──
そこには、静かな空間の中で、机に突っ伏して本を読みながら居眠りしているかおるの姿があった。
かおりはそっとつぶやく。
「かおる……寝ちゃってる」
千里もそっと目を細める。
「お疲れのご様子ですね……」
かおりは机の隣に座り、かおるの肩に軽く触れながら、笑みを浮かべた。
「せっかくの放課後なのに、寝ちゃうなんて真面目すぎますよ」
かおるはくしゃっと目を閉じたまま、かすかに声を漏らす。
「……ん、あ……かおり……? ああ、すまない……つい、少しだけ……」
千里は静かに立って見守りながら、柔らかい声で言った。
「では、かおり様、そっと起こされますか? それとも少し待たれますか?」
かおりは考えて、優しく微笑む。
「少しだけ待ってあげましょう。疲れているみたいですし」
図書室の静けさの中、三人だけの時間がゆっくりと流れる。
かおりは、こうして青山家の人たちと過ごす時間が、少しずつ心を落ち着けてくれることに気づいていた。
図書室で静かな時間を過ごしていると、ドアが勢いよく開き、猫乃が駆け込んできた。
「かおり!充が呼んでたぞ!
数学の成績がよくなかったから、職員室に来いって!」
かおりは思わず手を胸に当て、目を丸くする。
「えー!? そんな……!」
一瞬呆然とするかおりに、猫乃はにこにこ顔で肩をすくめる。
「しょうがない、千里さん!かおるのこと、見ててください!」
慌てて言うかおりに、千里は柔らかく微笑み、軽くお辞儀をした。
「はい! いってらっしゃいませ、かおり様」
かおりは小さく息を整え、立ち上がる。
猫乃が軽やかに手を振りながら、出口まで見送る。
かおるはまだ机に突っ伏したまま目を閉じている。
かおりはその姿に少し安心しながらも、胸の奥で緊張を感じる。
「よし……行くしかないか」
かおりは決心し、猫乃と一緒に職員室へ向かう。
千里は背後から、静かに二人を見送りながら、微笑んで小さくつぶやく。
「無事に戻ってきますように……」
青山家の面々に見守られながら、かおりの新しい日常が、少しずつ動き出していった。
職員室の扉を押し開けると、充が机の向こうで待っていた。
「おそいよ、かおり」
少しだけ眉をひそめ、しかし柔らかさを失わない声で告げる。
かおりは小さく頭を下げ、慌てて言った。
「ごめんね!」
充はため息をひとつつき、机の上に広げられたテスト用紙をかおりに差し出した。
「まあ、いいけど……とりあえずこれを見て!
何この点数! たったの50点しか取れてないじゃないか!」
かおりはテスト用紙を見て、思わず目を丸くする。
「え……50点……」
胸がぎゅっと締め付けられるような感覚が走る。
充は腕を組み、少し険しい顔で続ける。
「かおり、君はちゃんと勉強してるのか?
理解していないまま進めても意味がない。わかるか?」
かおりは小さくうなずき、少し泣きそうな声で答える。
「うん……ごめんなさい……」
充はしばらく沈黙して、机の上の参考書に目をやった後、柔らかく微笑む。
「まあ、叱るだけじゃ意味がないからな。これからしっかりサポートする。
一緒にやれば、君ももっと点数を伸ばせるはずだ」
かおりは胸の中で少し安堵し、目に力を取り戻した。
「はい……ありがとうございます、充さん!」
充はにっこり笑い、ネクタイを少し緩めながら言った。
「よし、それでいい。さあ、一緒にやろう」
──こうして、職員室での小さな叱責は、かおりにとって厳しさと優しさが同居する、貴重な時間となった。
次の日の午後、青山家の居間は和やかな空気に包まれていた。
かおりと充、かおる、猫乃、そして千里がテーブルを囲み、笑い声を上げながらババ抜きをしている。
「ふふん、やっとジョーカーを引かせたぞ!」
充は得意げにカードを置く。
「ちょっと!まただよー!」
猫乃は悔しそうに顔をしかめるが、すぐににこにこと笑った。
かおりも手札をめくりながら、思わず笑みをこぼす。
「千里さん、次は気をつけてくださいね」
千里は穏やかに微笑み、丁寧にカードをめくる。
「はい、かおり様」
そんな和やかな時間を突然、インターホンの「ピンポーン」が遮った。
かおるが立ち上がり、静かに玄関へ向かう。
「誰だろう……?」
ドアを開けると、そこにはかおりの親戚が立っていた。
眉をひそめ、少し意地悪そうな笑みを浮かべた人物だ。
「やあ、かおりちゃん。久しぶりね。元気にしてた?」
かおりは思わず背筋がぞくっとする。
充がそっとかおりの肩に手を置き、冷静に周囲を見渡す。
猫乃は眉をひそめ、「なんか嫌な感じがする……」と小さな声でつぶやいた。
千里は静かに一歩前に出て、丁寧ながらも鋭い眼差しで親戚を見つめる。
「ご挨拶は丁寧にお願いします。かおり様に失礼のないように」
親戚は少しだけ眉をひそめ、しかし笑みを崩さずに家の中に入ろうとする。
かおりはテーブルに置かれたカードを握りしめ、心の中で決意する。
──青山家のみんなと一緒なら、どんな親戚だって怖くない。
居間の穏やかさと緊張感が混ざり合い、これから始まる小さな“波乱”を予感させる午後だった。
かおりは意を決したように、親戚をまっすぐ見つめて言った。
「あのね……私は家族を失って、ずっと寂しかった。
だけど、青山家の三兄弟と千里さんが私を拾ってくれたから、今の私がいるの」
だが、親戚は冷ややかな笑みを浮かべ、鼻で笑った。
「ふーん、そうなんだ。
でも所詮は拾われただけの、偽物の家族か」
その言葉に、千里の顔が赤くなり、瞳に強い意志が宿る。
「いえ、違います!
確かに……かおり様と私たちは血はつながっておりません。
ですが……かおり様は自分の意思で決めたことです」
親戚はさらに意地悪く眉をひそめた。
「ふん、だからなんだ。所詮は頭の悪い女だろ」
その瞬間、充が立ち上がり、熱い声で反論する。
「違う! たしかにかおりは数学のテストで50点しか取れない!
けど……かおりの存在自体が100点だ!」
意地悪な親戚は目を見開き、言い返そうとした。
「なんだと! なら……」
すると、かおるが冷静に前に出て、鋭い視線で言い放った。
「これ以上何かするなら、虐待で訴えるよ?」
猫乃もすかさず、小さな拳を握りしめてにこにこ笑いながら言った。
「うまい棒無限地獄させるよ?」
充は心の中でつぶやいた。
(……地味に痛そうだな……)
親戚はその場の圧倒的な連携と、青山家の不思議な結束感に、言葉を失った。
かおりは少し照れくさそうにしながらも、胸の奥で温かさを感じた。
──青山家の仲間たちは、血のつながりではなくても、間違いなく自分の家族だ。
その日、かおりの心には強い安心感と、青山家への信頼がより深く刻まれたのだった。
親戚はしばらく青山家の居間で言い返そうとしたものの、三兄弟と千里の連携に圧倒され、渋々帰っていった。
玄関の扉が閉まると、居間には穏やかな空気が戻る。
かおりは深く息を吐き、ほっと肩の力を抜いた。
「ふぅ……やっと終わった」
猫乃は満足そうに椅子に深く腰掛け、にこにこと笑う。
「やっぱり僕たち最強だなー!」
充は腕を組みながら、微笑みを浮かべつつも、少し心配そうに言った。
「でも、これで安心ってわけじゃないからな。気を抜かないように」
千里は静かに微笑み、かおりに向かって言う。
「かおり様、どうか安心なさってください。私たちは、ずっとそばにいます」
そのとき、かおるは少し沈んだ顔で机に座り直し、冷静な声で言った。
「……それにしても、あの親戚、放っておくわけにはいかない。
帰ってから警察に連絡しておいた。これ以上何かされたら、法的に対処する」
かおりは驚きながらも、どこか安心した笑みを浮かべた。
「さすが、かおるさん……」
猫乃は目をきらきらさせて言った。
「ふふん、これでまた僕たちの平和は守られたね!」
充は心の中で思った。
(……青山家って、やっぱり変だけど、こういうのも悪くないな……)
その日、青山家には、笑い声と安心感が戻り、かおりはますますこの家族の一員としての居場所を実感していた。