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1
鏡を見つめる。
そこに映っているのは、ストレート・ショートボブの可愛らしい女の子。
ぱっちりした大きな瞳に小さな鼻、微笑みを湛えたピンクの唇。
わたしはそんな自分の姿を何度も確認して、髪を整えて。
「――よし」
いつものように、大きく頷く。
今日もばっちり! 可愛いぞ、わたし!
「アオイ、なにしてんの! 遅刻するわよ!」
「はぁい!」
わたしは大きく返事して洗面所から駆けだし、廊下を抜けて玄関へと向かう。
そこには呆れ顔のママが立っていて、わたしの通学鞄を手にしながら、
「はい、いってらっしゃい!」
元気に笑顔でわたしに言って、ぽんっと背中を叩いてくれる。
「うん! 行ってきます!」
わたしも負けじと大きな返事。
鞄を受け取ると、勢いよく玄関から飛び出した。
青い空、白い雲、眩しく輝く大きな太陽。
そんな清々しい朝日の中に、
「おはよう、アオイ」
わたしの親友、井美幸が微笑みながら立っていた。
「おはよう、ユキ!」
わたしも笑顔で手を振って、二人並んで歩きだす。
あのあと、はっと目を覚ますとわたしは自分の部屋のベッドで仰向けになっていた。
ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていき、そこに見えたのはママ、パパ、そしてユキの顔だった。
「良かった! 目を覚ました!」
ユキは言って、ママよりも先にわたしの身体に抱き着いて泣きじゃくった。
わたしはしばらくの間、意識がぼんやりとしていて何が何だかわからなかったけれど、無事に夢の世界から抜け出せたことを理解すると身体を起こし、ユキと抱き合って涙を流した。
その横ではパパが電話に耳を当てており、
「みんなも目を覚ましたそうだよ」
安堵するように口にして、わたしたちに教えてくれた。
それからわたしはすぐに魔法協会の医療従事者による身体、および魔力検査を受けることになり、翌日は学校を休んだ。
検査の場にはわたし以外、榎先輩もシモハライ先輩も、そして楸先輩の姿も見当たらなかった。どうやら時間をずらして、ひとりひとり検査していったらしい。
検査の結果は良好、何も異常はなし。
付き添いのパパもママも、ほっと胸をなでおろしていた。
「体調、どう? もう大丈夫なの?」
ユキに訊ねられて、わたしは頷く。
「うん、大丈夫だよ」
「ホントに?」
「うん! ほら!」
言ってわたしは腕を回したり、ジャンプしたり、小走りしてみたり……全力で元気アピールをして見せる。実際、特に何か異常を感じたりもしていなかったし、むしろ目覚めてからは、これ以上ないくらい思考がすっきりしていて、昨夜はなかなか眠れないほどだった。
きっと深く眠りすぎたせいだろう。うん、そういうことにしておこう。
「それより、馬屋原、どうなったの?」
あの腹立たしい爺さんを“先生”なんて二度と言いたくなくて、わたしは呼び捨てにしてやる。
するとユキは首を横に振って、
「それがさ、昨日から学校に来てなくて。行方不明らしいよ」
「……行方不明」
うん、とユキは頷いて、
「イノクチ先生がさ、きっとどこかに逃げちゃったんだろうって言ってた。これからも魔法使い同士のつながりを以て全国を探し続ける。あんな男は絶対にとっ捕まえて見せる、だから安心してくれってさ」
「安心、できるかなぁ」
「さぁ? でも信じるしかないよね。わたしたちには、これ以上どうすることもできないんだから」
「……そうだね」
わたしは小さくため息をついて、頷いた。
2
学校に着き、上靴に履き替えて二階へ上がろうとしたところで、
「お、アオイ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、
「あ、榎先輩! おはようございます」
榎先輩が手を振りながら、わたしたちの方へ小走りでやってきた。
「おはようございます」
ユキも軽く頭を下げて、
「おはよう、ふたりとも」
満面の笑みで、榎先輩は口にした。
「体、大丈夫だった?」
「はい。特に異常はありませんでした。榎先輩は?」
「あたしも特に異常なかったよ。むしろ基礎魔力がちょっと上がってたくらいかな。着実に修行の成果は出てるみたいで嬉しかったな」
「……修行?」
ユキが首を傾げて、榎先輩はうんと頷く。
「あたしさ、イノクチ先生に魔法を教えてもらってるんだよね。師弟関係」
「いいなぁ、わたしも教えてもらいたいです。アオイと一緒に魔女になりたいです」
「ホントに? じゃぁ、あたしからイノクチ先生に頼んでおこうか?」
「え、良いんですか? やった! 私、アオイの家みたいに魔法使いの家系じゃないけど大丈夫ですかね?」
「さぁ? 大丈夫なんじゃない?」
さらりと適当に返事をする榎先輩。
これもやはり『魔法使いは基本テキトー』というアレによるものか、それともただ榎先輩がこういう軽い人だってだけなのか、はたしてどっちなんだろうか?
「まぁ、なれるならなれるだろうし、なれないならなれないかもしれない」
でもさ、と榎先輩は微笑んで、
「やっぱ、何事も“やってみたい!”って気持ちが一番大事だと思うんだよね、あたしは。結果なんて、何をするにしてもやってみなきゃ判らないものでしょ? ダメでもともと、できたらラッキー! そんなもんで良いとあたしは思うよ」
胸を張って、そう言った。