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(けど……あのリリアンナが、何故あんな姿で社交界に……?)
どういうことだ。あれほど気品のあった少女が、まるで召使いのような扱いを受けている。そんな馬鹿な話があるだろうか。
誰がこんなことを許しているのだろう? ウールウォード家はまだ伯爵家のはずだ。
ならば後見人の誰かが、彼女をこんな目に遭わせているということだろうか?
まだ年端も行かぬ子ども。しかも女の子だ。きっと自分ではどうしようもないんだと思うと、ふつふつと胸の内に怒りが湧き上がる。
だが、だからといって……自分に出来ることはないように思えた。
せめて参加者の一人だったなら、彼女の手を取ってこの場から連れ出すことも出来ただろうが、警備の身ではそれもままならない。
ウィリアムは、己の無力さと居た堪れなさに打ちひしがれて、思わず視線を逸らした。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように苦いものが込み上げてくる。
そしてその夜、ウィリアムは邸宅へ戻るとすぐ、一本の手紙をしたためたのだ。
――宛先はかつての親友であり、いまやニンルシーラ辺境伯として侯爵の地位を確立している男、ランディリック・グラハム・ライオールだった。
書き終えるなり、彼は手紙に封をしてすぐさま使いの者を走らせた。
幼い頃のリリアンナからもらった林檎の木を大事に育てているランディリックならば、きっと彼女を見捨てない――。
そう確信していた。
***
揺れる馬車の中で、ランディリック・グラハム・ライオールは膝上へ広げた手紙に、もう何度目かも分からない視線を落としていた。
友・ウィリアムの筆跡は相変わらず整然としていて無駄がない。だが、その文面の中には、どこか冷静な怒りすら滲んでいるように思えた。
初めてこの手紙を読んだ時にも感じたが、こうして何度も読み返すたび、胸の奥にひたりと沈むような焦燥が広がっていくのをランディリックは抑えられない。
――あの、人懐っこくおしゃまで可憐だった女の子が、後見人になっている叔父一家から虐待を受けているかも知れない。
ほんの幼子だった少女の、柔らかな赤髪と無垢な笑顔が思い出されて、ランディリックの胸の奥に優しい記憶が去来した。あの時、旅先の船上で彼女と交わしたささやかなやり取りが、今でもつい先日のことのように思い出される。
(あんなにいいにおいのする子は滅多にいない)
直感的に分かる、【合う】【合わない】の基準みたいなものが、ランディリックには生まれつき備わっていた。
恐らくそれは、ランディリックが持って生まれたライオール家の人間特有の〝持病〟のせいだろう。どうしようもなくその子の血を飲んでみたいと思わされる相手が、ごく稀に現れると言われているのだが、それはライオール家に残された記録を見る限り、異性に限られているようだった。その相手とは魂の部分で引き合うのだと、そこには記されていて……恐らくはランディリックにとってリリアンナが正にそれなんだろう。
(年が離れすぎているがな……)
年齢が近ければ伴侶にするのに最適だと綴られていた記録を思い出して自然吐息が漏れる。
だが、夫婦になれないからといって、今現在虐待を受けているかもと知ったリリアンナのことを放置することは、ランディリックには出来そうにない。
馬車の窓の外では雪がちらついていた。冷気がガラスを白く曇らせ、久々に目にする王都エスパハレまでの道のりを朧に映している。
(王都に着いたらまずは……)
すぐさまリリアンナが囚われているウールウォード家へ出向きたいところだが、踏まねばならない手順がある。
そのことに思いを馳せたランディリックは、小さく吐息を落とした。
馬車がゆっくりと速度を落とす。
外を見やれば、見慣れた王都エスパハレの街灯が、ぼんやりと白い息の中へ滲んでいた。
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