「おかえり」
蒼がリビングに入ってくると、私は微笑を作って出迎えた。
「速かったね…」
「走って帰って来たから。やり。今日はミートボールかー。ちょっと味見でも…」
「だめー…あっ、もう!」
「ん、美味いよ」
「もうっ」
なんて、おなじみのやり取りから始まって、バラエティを見ながら、楽しく夕食を食べて、洗い物をふたりですませてお風呂に入って(今日は私は先にシャワーに入っていた)
…ここまでは、普通で油断すらしてたんだけど…
「蓮、スマホなってるぞ。…おばさんからだ」
「え?」
明日のお弁当の準備をしていたら、蒼がスマホを持って来てくれた。
「美保ちゃん?」
『もしもし蓮?』
久しぶりに聞いた美保ちゃんの声にほっとしつつ、ちょっと茫然となった。
美保ちゃんと話すのは嵐の夜以来だったんだけど、今電話をもらうまで、すっかり美保ちゃんのことを忘れていた自分に気づいたからだ。
色々あって、しかもその内容も深すぎて…余裕がなかったからだけど、ごめんね、美保ちゃん…!
それにしても、たった一日ぶりの声なのに、なんだか長いこと聞いていなかったみたいに懐かしさを覚えるのが不思議…。
『どう?留守番は。変わりなかった?』
「うん、なかったよ」
うそ。
私の短い人生最大の大変化が起きたんだけど…言えるわけがない。
いずれは話さないといけないと思っているけど、美保ちゃんにも蒼のご両親にも、お付き合い始めたことは当分内緒にしていたい。
「美保ちゃんはどう?」
『うん、おかげさまでうまく仕事も落ち着いたから、明後日には多分帰れそうかな?』
と言う美保ちゃんの声は弾んでいた。
お仕事、どうやらうまくいたみたい。
さっすが美保ちゃん。
「よかったね!お疲れ様。じゃあ、明後日のお夕飯は美保ちゃんの好きなメニューにする?」
『いいよいいよ。なにか二人で食べに行こう?そう言えば、蒼くんとはどう?ご飯、蒼くんも入れて三人で食べに行こうか?」
急に蒼の名前が出てきて、私はドキドキしながら返す。
「い、いいよいいよ。あいつ大食いだし」
『そんなこと気にしないわよ。お礼も兼ねて、久しぶりに蒼くんとお話したかったんだけどなぁ。蓮の面倒は俺がみます、って言ってくれてたし。ふふふ。蓮、ちゃんと蒼くんに迷惑かけないでいれてるー?』
「い、いれてるに決まってるでしょ、子供じゃないし…!それを言うなら逆っ。蒼のご飯とか私が作ってあげてるし、昨日だって熱出たから、私が面倒を…」
『あらあら。心配無用だったみたいね。ラブラブでやってるのね』
ラ…ラブラブ…!
そんなことないもん!!!
と絶叫しそうになったのを、すんででこらえた。
美保ちゃんは…勘がいい。
怪しまれる前に電話を切った方が安全だ。
「み、美保ちゃん、私今お風呂上りだから…」
『あら?ごめんね。湯冷めしたら大変ね』
「帰り気を付けて、お仕事がんばってね…っ」
『蓮こそ、お風呂上りは注意なさいね?』
「へ…?」
『涼しいからっていつもはしたない格好してるけど、蒼くんの前ではダメよ?蒼くんは年頃の男の子。幼なじみでもこわーいオオカミなんだからねぇー?』
「わ、わかった、わかったよ!じゃあもう切るね、おやすみ!」
ふぅぅぅ。
最後…絶対面白がって言ってたな、美保ちゃん
私、終始しどろもどろしちゃった。
…これはバレるのも時間の問題かも。
ってか、オオカミってわかってたなら留守番させないで欲しかったなっ。
ま、おかげで蒼と進展できたわけだけど…。
「おばさん、なんだって?」
真っ赤な顔をしてスマホを見つめている私に、蒼が話し掛けてきた。
その顔は、なんだか悪戯めいた表情を浮かべている。
もしかして、声漏れてたかぁ?
「あ、明後日には帰るって。帰ったら蒼と一緒にご飯いかない?って」
「飯か、いいねぇ。っても、実は俺もさっき親からメール来てさ『予定通り明後日には帰れそう』って」
「そうなんだ」
「そう」
「…」
「…」
訪れた沈黙の中、蒼は変わらず意味深な微笑を浮かべて私を見降ろしていた。
「な、なに?」
「蓮はさ、残念って思わないの?」
「なに、が…?」
「せっかく付き合い始めてふたりきりになれてるのに、そんな生活もあと二日で終わっちゃうんだぜ?」
「……」
「学校でもナイショ、親にもナイショ。ふたりっきりになれる時間なんて、ほとんど無くなるじゃん」
ずいっと鋭い目をした顔が近づいてきて、私は思わず視線をそらすしかない。
「ふ、ふたりっきりなんて…家や学校以外でもなれるじゃない?お買い物行ったり、映画観に行ったり…。あ、私、ゲームセンターとか行って、プリクラとか憧れるなー?」
「ふぅん。じゃあ、そこでならギュってしていいのか?」
「……」
「キスも、していいのか?」
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