手をつかまれて引き寄せられる。
低く声で、耳にそっと打ち明けられた言葉は、恐れていた通りの、甘くキケンな誘いだった。
「俺、もっと蓮が欲しい…」
『オオカミなんだからね!』
やっぱり…美保ちゃんの言う通りだと思う。
まっすぐに私を見降ろす目は、怖いくらい鋭くて…
にらみすえられた子羊みたいに、私は固まってしまう。
「やっぱ、ダメ?」
「……」
「もう滅多にないよ?こんな風にふたりっきりで過ごせるチャンスなんてさ…」
そうだけど…
そうだけど…
どうして?
どうしてそんなにせっかちなの?
私、もっと、大切にされたいよ…。
「そ、そんなの…」
「困る?」
こくん…と私はうつむいた。
だって…まだ私、蒼に『好き』って気持ちさえも伝えられてないんだよ?
「だよなぁ」
ふぅと短く溜息をつくと、蒼は私から離れた。
その顔は、無表情だった。けど、
怒った…かな…。
かえって不安になる。
ちょっと前までは、『そうですか』って平然としていられたはずなのに…。
蒼に恋してからは…信じられないくらい臆病者になってしまった。
くやしいよ…。
でも
蒼に嫌われたくない…。
「ご、ごめん…怒った…?」
「別に」
袖をつかんで見上げる私から、相変わらずの無表情で蒼は視線をそらす。
「…もしかして…怒った…?」
「怒ってねぇよ、別に」
「うそ…怒ってるでしょ?」
「怒ってないって!」
大声を出されて、びくりとなる。
つん
鼻の奥が痛くなるのを感じた。
どうして…って自分でも信じられない。
私、臆病者の他に打たれ弱くもなっちゃったの…?
こんなことくらいで泣きそうになるなんて…。
ニッ
けど、目を見張って涙をこらえる私に、蒼は口端を上げて笑みを見せた。
「なに泣きそうになってるの?俺に嫌われたと思った?」
「…!!」
その人の悪そうな笑みに、今までの思わせぶりな無表情はわざとだったと気づく。
「ああでも、おまえ俺に嫌われたくないんだもんな。言ってたもんな。えっと、『なにされてもいいから、嫌わないでよ』だっけか?」
「…っ…!」
「かーわーいぃーよなぁあ。おまえの口からそんな言葉出るなんて思わなかったよ」
ひどい…!からかうなんて…!
私は本気で嫌われたかと思って…!
「…バカにしないでよっ…!」
思わず振り上げた手は、あっさりと捕まってしまって
ぐいと引き寄せられる。
キスされる、ってくらい近くまで。
「可愛いよ。あれ言われた時、俺もう、頭おかしくなるんじゃないかと思った。嬉しくて」
「……」
「今までされた告白で、一番やばかった。来てくれただけでも嬉しかったのにさ…すげぇ殺し文句だった」
「……」
「嫌うわけないじゃん。何年片想いしてきたと思ってんの。って言うか…。俺も驚いてるんだけど…」
言いよどむと、蒼はどことなく恥ずかしげな表情を浮かべた。
「蓮のこと、もっと欲しいって思ってるのは本当なんだけど…一方で『怖い』っても、思ってるんだ」
怖い…?
「不思議だよな。片想いしていた頃は『手に入れたら何でもしてやる』って思ってたのに…。いざ手に入れたら、絶対離したくなくて、不安になるんだ…。抑えがきかなくなって、蓮が嫌がることして嫌われたらどうしよう、って。ほんとは、こうやっていることもまだ『夢みたいだ』って思ってるんだからな」
蒼…。
ドキドキが、止まらない。
言葉だけで、泣きそうになる…。
蒼の手がそっと頬を包んで、口付けされる。
ちょっと長めの、互いの温もりを確かめ合うようなキス。
すごい…とろけそうになる…。
ふぁ、って思わず開いた唇に蒼の温もりが入ってきて…。
蜜のような味に、胸まできゅんと甘くうずく…。
腰をそっと撫でられて、ぞくりとする感覚に、思わず声をあげた。
「……ごめん…言ったそばから…」
「ちがうの…。だって…太ってるし」
「太ってねぇよ。前言ったのは冗談だって。おまえ無防備だったから、よく腹チラみせてたけど、全然気にしなくていいし。むしろ、すげー好きなスタイル」
「ほんと…?」
「てか、おまえスタイルいいって人気あるんだけど」
「え…えええ…?」
「そういうの聞くたびに、俺がどんな思いでいたか、知らないんだろうな、おまえ…。すっげぇ焦って、他のヤツに取られちまうの考えたらムカついて仕方なくて…なまじ、他のヤツよりいろいろ知ってる分、気が気じゃなかった」
ぎゅうと抱き締められて、すっぽりと長い腕の中にしまわれる。
「ぜんぶ俺のもの…?」
「……」
「今すぐじゃなくても、近い将来、俺が全部もらっていい…?」
「……」
「好きだよ。大好きだ、蓮…」
心からの幸せを囁くようなその声は、穏やかで、とても優しくて、
私の胸をも、温かく幸福に満たしてくれる。
好き…。
蒼…。
私もすごく好きだよ…。
腕の中で頭をあげて、蒼をじっと見つめる。
同じように、じっと見つめ返してくれる優しい目…。
そのきれいな瞳に向かって、じんじんと火照る胸を押さえて、訴えようとするけれど。
胸が苦しくて泣きそうになって…『す…』と言いかけて、少し鼓動が早くなっている胸に頬をよせる。
「ばか。なに情けない顔してんだよ…」
子どもをあやすように頭を撫でてくれながら、蒼は言い聞かせるようにささやいた。
「いいよ。いいよ、蓮。解かってるから。無理しなくていい」
思わず見上げると、優しい微笑が、くしゃりと明るい笑顔に変わった。
「じゃあ今日はこれから、デートっぽいことしよう?」
デートっぽいこと?
「そうだな…」
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