「エットワール。どうやら、君を助けるナイトがきたみたいだよ」
バンッと大きな音を立てて開いた扉の向こうには、案の定ラヴァインがいて、私はあからさまに彼に嫌な顔を向けてやる。ラヴァインはそんな私を見て、不細工などと笑っていたが、今はそんなことに構っている暇も反応している暇もない。
私は、警戒をしつつ椅子から立ち上がる。
ここに監禁されてどれぐらいの時間が経ったかは、時計がないが分からない。だが、危害を加えられたわけでもない(この首輪は別と考えて)ため、監禁というよりかは軟禁に近かったが、それでも窓も何もない部屋に一人というのは、気持ちが悪かった。やっと外の空気が部屋に入り込んできて、空気がクリアになった気がする。が、此の男のせいで全て大なした。
(ラヴァインが来たって言うことは、それにナイトって言っていたし……あの二人がきたって事だよね)
ラヴァインの言葉を繰り返し頭の中で復唱しつつ、私はリースとアルベドが助けに来たのだろうと、推察する。
ナイト達……ではないから、言い間違えかも知れないけれど、数は多くないのかも知れない。
もしやとおもうけど、二人できたのでは? と想像が頭をよぎる。確かに、数で押せばどうにかなるといつもは考えるが、ここに来るまでに時間がかかるし、そう思うと転移魔法を使って移動が一番だろう。だが、転移魔法はそう沢山の人にかけられるものでもないし、魔力を相当消費する。となると、ここに大勢で転移魔法で移動した際には、もう歩けないぐらい魔力を吸い取られると言うことになる。
この場所が帝都から離れているとすると、転移魔法で来ざる終えないだろうし、そうなると矢っ張り二人だけできたのでは無いかとおもう。
(でも、仮にも皇太子と公子がたった一人の偽物だけど、一応今は聖女の座についていて混沌をどうにか出来るかも知れない存在の私を助けに来るって!)
危険すぎる。
今私の立ち位置は何処なのか分からないけれど、それでもたった二人で来るなんて無謀だと思った。助けに来てくれるのは嬉しいけど、二人だけなんて。
一応攻略キャラだし、こんなことでは死なないと思ってはいるけれど。
(……それでも、これは現実なんだ)
ゲームと現実の境界が曖昧になって、私は助けてくれるんだろうけどもし死んでしまったら。何て考えてしまう。
二人とも自分にとって大切なんだって自覚する。
「何考えてるの、エトワール」
「その胡散臭い笑み嫌い。アンタの目的は何?」
「だから言ったじゃん、俺は自分が一番になる為に人のものを奪いたいって」
一人考え込んでいた私の顔を、ラヴァインはのぞき込んだ。本当に楽しそうに笑う彼を見ていると、こんな奴に捕まったのかと馬鹿馬鹿しくなってくる。それでも、彼は慢心してはいるものの、頭もきれるだろうし、魔力も計り知れない。彼をここで出し抜けるとは思っていない。
ラヴァインの答えを聞いて、私はさらに呆れつつも、何故一番になりたいのか聞きたくなった。
「何で一番が良いのよ」
「だって、一番って格好いいだろ? 唯一絶対の存在。頂点」
「子供みたい」
「子供の頃からの夢なんだよ。俺は、兄さんがいる限り一番になれない」
と、ラヴァインは言うと、何処か悲しそうに視線を逸らした。
子供っぽい。そんな印象を受けつつも、きっと彼の中で何かあるんだろうと察する。同情するわけじゃないし、一番になれないからと言って人のものを奪ったり正当法以外でどうにかしようとするのは間違っている。
(アルベドがいる限り一番になれない……か)
慢心しているだけの子供かと思ったら、以外に繊細なのかとも思った。
兄に劣等感でも感じているのだろうか。アルベドの事を少なからず認めていると言うことであり、ラヴァインの天敵はアルベドと言うことになるのだろうか。そんなことを考えていると、私は首かせをグッと引っ張られた。
かくんと首が鳴り、私は眉間に皺を寄せる。
「今は俺と話してるんだよ。他の事なんて考えるな」
「命令される筋合いないし、私はアンタのこと嫌いだから」
ラヴァインがその濁った黄金の瞳を鋭くさせたので、私は少し怯えつつもそう返した。
こいつの思い通りにさせないと、私は私なりのプライドと心で決めたのだ。
絶対に負けたくない。そんな気持ちが強く芽生えてくる。助けに来ると分かっているからこそ、ここで私が弱腰になってはいけないと思ったのだ。かといって、煽りすぎれば、ラヴァインの態度を損ないかねない。
私が睨むようにラヴァインを見つめると、彼は口角を上げて笑いながらこう言った。
まるで悪役のように。
そして、私にこう問いかける。
「エトワール、俺のものにならない?」
「は?」
予想外すぎる言葉に、私は思わず素が出てしまう。
それすらも、綺麗に拾いあげて、ラヴァインは、どうなの? と再度尋ねてきた。
何を言っているんだこいつは。
私を自分のものにしたいとか意味が分からない。私が、そんな風に首を傾げていれば、またぐいっと首かせを引っ張られ、さらに顔を近づけられる。
ラヴァインの顔が目の前にあるのも嫌だが、私はラヴァインの目をじっと見据えた。
ラヴァインは私の目を見て、満足したのか、手を離した。やっと解放された首元に手を当てつつ、私はラヴァインを睨みつける。
「手に入らないものを、手に入れたとき……凄く快感じゃないか。だから、君が簡単に落ちない女で嬉しいよ。エトワール」
「凄く、最低だと思う」
ラヴァインは、私の言葉を聞くとプッと吹き出した。
本気だったのか、それとも冗談だったのか。どっちにしろ、私はこんな奴のものにはならない。
(そもそも、攻略キャラ以外に好意を向けられたって……)
勿論、攻略キャラの誰を恋愛対象と好きというわけではないが、これ以上話がややこしくなるのはごめんだった。乙女ゲームのくせに、ラブラブ要素がなくて、戦闘やぎすぎすの多いエトワールストーリーの中で、恋愛感情を見いだそうとする方が難しい。
それに、そんな甘い恋愛をしている場合ではないのだ。
(トワイライトを助ける。取り敢えずは、まずここから脱出する事を目標にしなきゃ……)
恋愛なんて二の次なのだ。捕まっている私が言うことではないけれど、それでもトワイライトを助けて、此の世界を救うことが何よりも優先事項だと思う。
私はラヴァインを睨み付けつつ、彼についてこいと指示され大人しく従うことにした。ここで抵抗しても意味がないと思ったからだ。
(外に出られるって事は、きっと彼の性格上、私を彼らの目の前に人質として出すつもりなんだろうな……)
出会ってそこまで経っていないのに、ラヴァインの思考が読み取れるような気がした。彼は出会った当初は読めないような不思議な男だったが、実際は慢心しているだけの子供なのだ。自分が取り上げた玩具をぶら下げて、高笑いするようなそんな男。だからこそ、私はそう考えた。
リースとアルベドの前に私を連れて行って……そこで、目の前で殺すと言うことはないだろう。一応、混沌の元に連れて行くという約束をしているのだから。その身体だけ、ではなかったはずだから、生きて引き渡されるだろうし、今のところ命の危険はない。だが、痛い思いはするかも知れない。
私は、ラヴァインに連れられて暗い廊下を歩いた。見えるのは数メートル先の赤い絨毯だけ。廊下の壁や一番奥は暗闇で何も見えなかった。かすかに魔法が漂ってくるから、魔法で何か細工をしているのだろうと思う。
「何処に連れて行くつもり?」
「何処ってそりゃ、兄さん達のもとさ」
「私を彼らの元に帰してくれるって事?」
「分かってるくせに聞くなよ。俺のしようと思っていること、お見通しのくせに」
と、ラヴァインは振返らず言った。
抜け目はないようだ。侮れない。
私は、そうだね。と小さく帰しつつ、彼の後を追う。手枷をつけられている訳ではないが、この首輪が魔力をおさえる効果以外に何かあるかも知れないと思うと、下手に行動はできない。
私は、無言のまま、ただラヴァインの後をついていく。
しばらく歩くと、ラヴァインは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
私はラヴァインの目を見つめ返すが、彼は口角を上げるだけで、何も言わない。それを気味悪く感じていると、ラヴァインは私の腰を抱き、引き寄せた。
「ちょっ!」
「俺のものになれよ」
「ならないって言ってんでしょ」
「強情だなぁ」
そう言いつつも、ラヴァインは私から手を離さない。
そのまま私を引きずるようにして歩き始めた。
「離して」
「それは出来ない相談かな。もう少しで、つくよ」
「何処に……」
そう言いかけたとき、パッと目の前が明るくなった。私はその明るさに目を細めつつ、ゆっくりと開くと、少し開けた廊下の先には沢山の人が居り、こちらを見据えていた。
一瞬人かと思ったが、その実体は人のような何かだった。
「面白いでしょ。ほら、前に君が戦ったあの肉塊みたいな、あれの原形をとどめている奴だよ。此奴らは」
と、ラヴァインは説明する。
それを全て理解した私は、何てことを……とラヴァインを見た。彼は笑っているだけで、それ以上何も言わない。
そんな風にラヴァインを睨んでいると、コツコツと足音が聞えた。
「ほら、ナイト達のご到着だよ。エトワール」
そうラヴァインが言うと同時に、私の目の前には黄金と紅蓮が現われた。
「エトワール!?」
「り、リース……!」