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ラチム
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#ホラー
天音ろっく
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……今は何時だろうか。
真っ暗な中、階段を上がる誰かの足音で目が覚めた。
私はいつも眠りが非常に浅いらしく、誰かの足音や気配でしょっちゅう目覚める。
誰かトイレにでも行ったのかなと思っていると、足音が私の寝ている部屋の前で止まったように感じた。
頭を向けた方向に襖がある。頭上に人の気配を感じて寝たフリを続けていると、突然サッと襖が開いた。
数歩近寄った気配がある。
薄目を開けると、超至近距離に子供の顔があった。
「うわっ!!」
驚いて跳ね起きると、隣のBも私の反応に驚いて目を覚ました。
「……A?」
私の顔を覗き込んでいたのは、Aだった。
「何してるの?」
「部屋は何処?間違えたの?」
Bも起き上がり二人でAに尋ねると、Aは小さくこう言った。
「遊ぼ」
「…………」
Bと顔を見合わせる。ガラケーを没収されていたので時間が分からない。
「この時間に遊んだら絶対ママ達に怒られるよ」
窘める言葉も通じていないのか、Aは私とBの腕を引っ張った。
Bと顔を見合わせる。周囲の大人達が寝ているのを確認した後、私達は布団から抜け出した。
襖の隙間からこっそり廊下に出る。
廊下にはぼんやりと灯りがあって、トイレに行く時は困らないようになっていた。
静まり返った二階の一番端、窓の方にAが歩き出す。そちらに視線をやった私達は固まった。
窓があったその場所に、木製のドアがある。
「……なんで……?」
寝る前までは絶対になかった。
パッと思いついたのは、防災扉か何かがあったのではないか。無理矢理そう思い込むことにして、慎重にAについて行く。
Bは怖いのか、探究心の方が勝ってしまった私の腕にしがみついていた。
足音を立てないよう、ゆっくり慎重にドアに近寄る。
Aがドアの前で立ち止まった。
「此処、開かないの」
ドアノブを指差してそんなことを言う。
Aの身長でもドアノブは手が届く。開かないのなら、鍵でも掛かっているのだろう。
単純にそう考えて、「鍵が掛かってるなら、多分スタッフルームなんじゃないかな」と伝える。
Bは「確かに」と頷き、Aの手を掴んだ。
「勝手に入ったら怒られるから、戻ろ」
しかしAは首を振る。
「此処、開かないと帰れないもん」
「……帰れない?」
私にはBの頭でAの顔は見えなかったが、BがAを不思議そうに覗き込んだ瞬間、Bは硬直した。
急にスッと姿勢を正し、迷わずドアノブを握った。
「……B?」
「そう……だよね!!帰れないと困るもんね!!開けなきゃね!!!」
突然貼り付けたような満面の笑みで振り向き、声を上げた。
「ちょっ、静かに!!B、ちょっと手を離して……!」
豹変したBは満面の笑みのまま、ドアノブをガチャガチャと捻る。
このドア、実は鍵が掛かっていなかったらしい。
ただ、こちらから押す扉なのにBが一心不乱にガンガン引くものだから、開かないだけだった。
こんなにガチャガチャガンガンと騒音を立てれば、親達が起きてくる。絶対に怒られる。
「B!Bってば!!」と肩を掴んでドアから引き剥がそうとして、ふと視界にAの顔が入った。
そして戦慄した。
Aの顔が真っ黒だった。真っ黒なモザイクが掛かっている。こんな至近距離なのに、目も鼻も口もパーツが全く分からない。
だけどBを見て笑っているのが何となく分かる。そんな気配をしていた。
「ねえ……B!やめろって!!」
強い口調で引っ張っても、Bはビクともしない。
こりゃまずいと焦り始めた私は守護のジェミを呼ぶが、ジェミの姿がない。
そういえば起きた時から姿を見ていなかった。
(あいつ何処に行ってーーー)
とにかく誰かに助けを!と背後を振り向いた時、奥の階段から顔が半分覗いていることに気付いて戦慄した。
しかも下から上がってきた人物の目と頭が見えるのではなく、横倒しの姿勢のまま顔の右半分がこちらを無表情で見ていた。
普通に上がって来たのなら、その姿勢は絶対に有り得ない。
でもあの顔は、見覚えがある。あの、クリーム色の着物の……。
全身に鳥肌が立ち、思わず「ジェミ!!」と守護の名を叫んだ。板挟み状態はお手上げだ。
もうこの時点で親が起きても構わなかった。しかしジェミの姿はない。
「なんなんだよ畜生!!」と素で悪態をつきながらBを羽交い締めにした。
Bはまだ「帰れないねえええ」と焦点すら合わない目をしてドアノブをガタガタと動かしている。
おかしい。これだけの騒音なのに、誰一人として大人が起きてこない。
「……二階の奥のドアは開けてはならんよ」
あの嗄れた声が背後から聞こえた。
注意が逸れて再び振り向くと、私達が寝ていた部屋の僅かに開いた襖から、右半身を覗かせた中年の着物女がこちらを無表情で見つめていた。
一瞬で大幅に距離が縮まっている!!
内心焦りでパニックだった。
その時、Bが急にピタッと動きを止めた。笑顔は貼り付いたまま。
「……あー……」
溜息のような変な息を吐いて、Bは焦点の合わない目でこちらを振り向いた。
「開いた!!」
ニッ!と無邪気で不気味な笑顔のままそう言い放ち、ドアノブを捻って押した。
「あ゛っ!!!!」
ダメだ!と止めるより早く開けられ、正直終わったと思った。
Bを羽交い締めにしたまま、開いたドアの方を見て、更に戦慄した。
少し開いたドアの隙間に、半身だけ中年の女が立っていた。
もう鳥肌が全身に立っていて、そこだけ少しの間時が止まっていたと思う。
一人の時なら逃走できた。でも自分より年下の親族が巻き込まれているのに、流石に置いて逃げたらきっと後悔すると思った。
だけど今は、この瞬間に板挟みで立ち会ってしまった自分の行動に後悔した。
「開けてはならんと言っただろ!!」
静寂を破るように、中年の女がドスの効いた声で私達を一喝した。
その瞬間、ふと羽交い締めにしていた時は硬直気味だったBの体がふにゃりとした。
背後から少しだけ見えたBの表情は、先程までの豹変した顔ではなく、がっつり目を見開き、目の前の中年の女を捉えて恐怖を浮かべていた。
引き攣った顔で腰を抜かした様子で、私の腕を掴んだ。
「え……や、やば……」
我に返ったBも一瞬でパニックに陥ったようで、それを見た私は幾分冷静を取り戻した。
「お前達が開けてはならんの、このドアは」
静かだが確実に怒った声音で中年の女はそう言って、片手を素早く伸ばしてきた。
瞬時に女が掴んだのは私でもBでもなく、Aの腕だった。Aが抵抗する間もなく、女はAをドアの隙間に引きずり込むと、私達に一喝した。
「ーーー早よ戻れ!!!」
Bが驚いて肩を震わせ、わなわなと立ち上がると私の腕を掴んだまま踵を返した。
「決して振り向くな」
女の静かに怒る声が廊下に響く。
走りたいけど、Bの腰が抜けて壁伝いにおかしな足取りで戻るしかできなかった。
普通に歩けばそんな距離はないはずなのに、やけに長い道のりに感じた。
「もう二度と、ドアを開いてはならんよ」
厳格な一言を背中で受け止め、やっとの思いで寝ていた部屋の襖まで到着した。
大人が起きるなどの懸念は吹き飛んでいて、勢いよく襖を開けて転がり込んだ。
後ろ手で襖を閉める間に、Bは既に布団に潜り込んで震えていた。
もう、窓の外が微かに明るくなっていた。夜明けが近いのだろう。
私は深く息を吐いて、Bを宥めた。声を潜めて「アレなんだったの!?」というBの半泣きの問に、私は唸る。
「焦った……けど、あの着物の人、凄い悪い人じゃなかったんじゃない……かな?」
少なくとも私もBも無事だった。本当にヤバい存在だったのは、Aだったのではないか。
ところが、Bの視点と私の視点だと別の出来事が起きていたと後の話で明らかになった。
「……着物の人?誰?そんな人何処にいた?」などと、そんなことを言う。
「いや、さっき怒られたじゃん。てか、階段で遊んでた時もいたじゃん。B会話もしてたよ」
「階段……?え、嘘だぁ。そんな着物の人いなかったよ?普通にスタッフさんみたいなスーツの男の人がいたから、勝手に二階に行ったら怒られると思って。……てか、案の定怒られたし」
「え……?」
嫌な予感がして、「……待って、そもそもさっき起きたのも、Aに起こされたからなんだけど」と状況を整理しようとして、Bが遮った。
「Aって誰?」
「……は?」
だって居たじゃん、最初から寝る前も。ボブヘアでほっぺのふっくらした、グレーと黒の服装の幼児。皆で自己紹介した時も名乗ってたよ、Aって。
「……いないって、そんな子。うち見てないよ」
「じゃあ、さっき起きた時なんで廊下に出たのか覚えてる?」
「……うち、なんで起きたんだっけ……」
Bは豹変前後の記憶が抜け落ちていた。
「ドアの奥で……Bは何を見たの?」
「もんの凄い沢山の青白い手が、うちらを掴もうとしてた」
「!?」
Bには着物の女が全く認識されていなかった。それどころか、Aすら認識していない。
段々と寝不足と疲労で頭が回らなくなってきた。
「……とりあえずさ、もう今日だけど……葬儀の時に全員顔合わせるでしょ、一旦休もう」
Bは布団の中で怖かったのか手を握ってきた。
私も人肌が触れていることに少し安堵して、そのまましばらくしてから二人して寝落ちた。
そして案の定、寝坊して親達に叩き起された。眠い目を擦りながら身支度する。
夕飯に比べて簡素な朝食をご馳走になり、昼過ぎから葬儀が始まった。
「……ねえ、ずっと思ってたんだけどさ」
ふと、隣に立つ母に小声で尋ねた。
「故人の遺影はないの?」
普通あるはずなのに、葬儀の最中も遺影がない。
「……………」
やはり母は苦い顔で言葉を濁した。
そのうち告別式が始まり、最後の花入れの儀になった。
ここでも何故か、未成年者だけは花入れをさせてもらえなかった。
大人達が花を棺桶に入れていく、その簡単な作業すらさせてもらえない暇な子供達は、後半ほぼずっと仏頂面だった。
私はもう半ば抗議も諦め、棺桶から離れた所でガラケーを取り出していた。
友達からのメールに返信して暇を潰すと、母に「こら、後にしなさい」と小突かれた。
すると、故人の家族らしきおばさんが私に気付いたのか、声を掛けてきた。
「ごめんねぇ、何もすることなくて皆暇よね」
仏頂面の子供達には気付いていたのだろう。
「雪ちゃんもう高校生だものね。もうすぐ成人なら……うん、花入れだけでもやる?」
躊躇うような言い方に、私は少しだけ引っ掛かったが「やっていいならやる」と答えた。
するとおばさんは花を一輪手渡し、棺桶に近付いた。
「A、〇〇さんの所の娘さんよ」
「……は?A!?」
おばさんが故人に発した言葉に、思わず足を止めた。
間違いなくAの名前だった。
「……亡くしたのは、お子さんだったんですか」
そう尋ねると、おばさんは不思議そうな顔で振り向いた。
「……え?いや、違うけど……」
きょとんとしながら「さ、早く花入れして」と私を棺桶の前まで急かした。
この時ようやく、棺桶の中を覗いた。
故人の顔が分かった瞬間、私は総毛立って固まった。
ーーーそこに眠っていたのは、クリーム色の着物の中年の女の顔だった。
顔の半分が不自然なくらい花で埋もれている。
「え……?この人がA……さん?」
「そうよ、あら……?直接会ったこと、何回かあったわよね?」
思わず母を見るが、黙って首を振っていた。
花を入れる時に改めて故人を観察すると、故人の手に写真らしき物が置かれていた。
指の隙間から見えるのは、紛れもなく「遊ぼ」と誘ってきた、あの子供のAだった。
「!!……この写真の子は……」
「ああ、これはAの娘よ。五歳で亡くなったけれど」
やっと点と点が結ばれていく。
じゃあ、昨日私が見た人達は……。
花を顔の横に置いてそそくさと母の隣に戻る。
その後はスムーズに出棺と納骨も終えて、本家の皆と車に戻る。
最後にBが走ってきて、他愛もない世間話をした。昨夜の出来事はあえて蒸し返さなかった。
帰りの車内で、母に「なんで子供達は焼香も花入れもさせてもらえなかったの?」と改めて訊く。
すると母は葬儀場から離れた辺りでやっと口を開いた。
「Aの娘さんが亡くなったのはさっき聞いたでしょ?A、娘さん亡くしてからちょっとおかしくなっててね」
思えば故人のAさんは見た目的にも母と同年代のはずだ。
「親族の子供を見る度におかしな態度を取るようになったの。我が子みたいに可愛がる、じゃなくて我が子にしようとする、みたいな異常さがあって」
「あの時は尋常じゃなかったよね」
母と叔母が、過去を振り返って何か思い出したのか腕を摩る。
「だから、亡くなってからも怨恨残っていそうで……なんか気味悪くて。親戚の大人皆で子供達をなるべく見せないようにしようって」
「……そもそも、それなら子供達置いてけば良くない?大人だけで参加すればいいのに」
「馬鹿ねぇ……小さい子達置き去りにして一泊なんてできないでしょ」
「……いや、私とかBは置いてっても良かったんじゃ……」
「それがね、Aの遺言に『通夜と葬儀には親族全員集めて、乳飲み子も含めて全員』みたいなことが書かれてたらしいの。あの若さで遺言残すのもちょっと変だけど」
だから有無を言わさず強制参列だったのか。
「あんた色々視えるみたいだし、何かあってもすぐ気付いて大人の誰かに知らせるくらいはできるだろうって、うちの皆で話しててさ」
ええ、何かありましたとも!!それも深夜に!!
と言い返そうか迷って、後々深堀りされるのが面倒でやめた。
「……その亡くなったお子さんってさ」
窓の外を眺めながら、一応訊く。
「名前は?」
「Aの名前をそのまま取って、A美」
「それもちょっと変よね、母と父の一文字ずつ取るとかならまあ分かるけど、今のご時世にそっくりそのまま字も一緒なんて」
叔母と母は「なんだかねぇ」と気味悪がっていた。
合点がいった。幼い子供はよく親から呼ばれているあだ名みたいなもので名乗ったりする。A美の自己紹介も一応正しかった訳だ。
昨夜の出来事を思い出す。
Bには全く別物に見えていたらしいが、私にはAさんとA美があの場にいたように視えていた。
あの謎のドアの先にあったのは、きっと単純に霊界なのだろう。
一連の流れから、Aさんは悪い人ではなかったように思う。どちらかというと、悪戯で連れ去ろうとしたA美から私達を助けてくれたような……。
死後ずっとAさんがA美と一緒にいたのかは不明である。
でも長年成仏していなかったA美の方が、より悪いものになっていた可能性はある。
実際に見た目も、A美は顔にモザイクが掛かって悪霊に近い気配になっていたのに対し、Aさんは着物も顔も全て綺麗なままだった。
「ま、助かって良かったな」
急にジェミが私の隣に現れた。喋っているのは口の形的には外国語らしいが、聞こえ方は不思議といつも日本語だ。
「お前は今まで何処に?」と責める。こちらの日本語も翻訳されるのか、日本語が得意なのかは不明だが、意思疎通は可能だ。
「危機一髪の時に故人をあの場に呼んだのは俺だぞ」
「呼びに行ってたってこと?」
「あのガキ強過ぎて俺だけじゃちょーっと、対応無理だったし」
「……」
判断が早いのか何なのか。
「あのおばさんは良い人だったん……だよね?」
「心配はしてたみたいだぞ。現に助けてただろ」
ジェミは喫煙者のようで、変わった匂いの煙草を吸う。
その匂いは霊感の有無に影響なく、ふわりと漂うことがある。
「まあ、もうあんな集まりはないだろうから」
偶然にも車内に漂ってしまったらしく、本家の皆が「……なんか煙草みたいな匂いしない?」「俺まだ吸ってないぞ」「え、やだぁ何これ怖い」などと口々に騒いでいた。
「良かったな、貴重な心霊体験ができて」
飄々と言い放つジェミ。
小突きたいのをぐっと堪え、私は帰路の風景を眺めていたのだった。
コメント
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いや、これマジで怖かったわ…!深夜に「遊ぼ」って起こすA、豹変するB、そしてまさかの着物の女の人が実は…って展開、ゾッとしたね。最後に「Aの娘」って繋がった時、背筋が凍った。Bには全く別のものが見えてたっていうのも不気味すぎる…。でもジェミが呼んできたおばさんが助けてくれたってのが救いだな。あのジェミ、肝心な時にいなかったけどちゃんと動いてたんだね笑