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冬茉
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──授業を終える鐘がなった。
生徒たちは帰り支度をして教室から出ていく。
「京子様!今日も京次郎ちゃんのお迎え?」
級友の富子が京子へ声をかけてくる。
「ええ、富子様。途中までならご一緒できますけど……」
京子は一緒に帰ろうと誘ってくれた富子へ申し訳無さそうに言った。
「あら、かまいませんことよ。それより……昨日のこと……」
「あっ……お見合いね……」
特別仲の良い富子にだけは、見合いの話があるのだと京子は告げていたのだ。
「ええ、昨日。ちょっと色々あったけど……」
「あら、なんだか嬉しそう!」
富子が、からかってくる。
「嬉しそう……に見えるかしら……」
ふふふと、富子は含み笑いを浮かべ、京子から見合いの詳細を聞き出そうとしている。
「どのようなお方でしたの?」
順を追って話せとばかりに富子が迫る。
「あ、それは……」
京子の中では、昨日の百貨店でのこと、そして、家での酒盛りの様子が思い起こされていた。
あれから、二代目と中村に恒彦はしこたま飲まされ、千鳥足のまま、人力車に乗って帰って行った。
正直大丈夫だったのか心配だった。
「ふうーん、その様子じゃ、まんざらでもなかったのね」
富子の少し下世話な追求に京子は、俯いた。
「まあ、図星?!」
じっくり聞かせてくれと富子はねだる。
二人は教室を出て校門を目指した。
と──。
辺りの女学生たちがこそこそ耳打ちしている。
その原因を見て京子は息を呑んだ。
恒彦だった。
一人、校門の前で佇んでいる。皆の注目を浴びながら。
「京子さん!」
会えて良かったとばかりに、恒彦が声をかけてきた。
「白井様?!」
京子も驚く。どうして恒彦が女学校の前にいるのかと。
「……お邪魔のようね」
富子が、妙な気を利かせ、ごきげんようと足早に消えた。
「あっ、お友達……」
恒彦も、気が付いたようで、押しかけてきたことを少し後悔しているように見えた。
「あ、あのぉ」
何故ここにいるのかと、京子が尋ねる前に恒彦が、焦りながら言う。
「あっ、近くまで来たので……」
と、そのまま黙り込む。
京子もどう返して良いのか分からず、二人はその場に立ちすくむだけだった。
しかし、好奇の目で皆に見られている事に気が付いた恒彦は、
「……ご一緒に……」
帰路につくことを提案しつつ、あっと小さく叫んだ。
「これ、昨日のお礼なんです。こちらを渡したくて……」
だから、学校へ訪ねて来たのだと恒彦は、言い訳のようなことを言って包を差し出してきた。
「……最中《もなか》です。お父様、いえ、岩崎様は甘党ですし……」
よろしければと、恒彦はしどろもどろになっている。
「とにかく、ここから離れましょうか」
他の女学生たちからの視線に耐えられないようで、最中の包を京子へ渡すと恒彦はさっと歩き出す。
「あのぉ……」
「ああ、ついでと言うか、ほんとにお礼がしたくて、近くまで来たもので、それでお待ちしてたんです……」
先を行きながら、恒彦はまた言い訳がましく言った。
「そ、そうなんですか。わざわざすみません。でも、私、弟を幼稚園まで迎えに行かないといけないので……」
「ああ!京次郎ちゃんでしたか?ご一緒しても?」
どこか強引というか、積極的な恒彦の態度に京子は戸惑うも、気がつけば頷いていた。
「あ、こちらです」
京子は道案内をしつつも、話すことがなく沈黙が流れる。
恒彦も、天気が良いなどと会話とも呼べない事しか話さない。
ただ、二人一緒に黙々と歩くのみで、あっという間に京次郎の通う幼稚園に着いてしまった。
先に見える門で、教師と一緒に京次郎が待っている。
「ねえさま!」
「京次郎ちゃん、いい子にしてた?」
駆け寄ってくる弟を抱きとめ京子は京次郎の頭を撫でた。
「うん、いいこしてた!」
にっこり笑って京次郎も答える。
「ほお、それは偉かったね。じゃあご褒美だ!」
恒彦が言って、京次郎を抱きあげた。
「白井様?!」
「一緒に遊べる弟が欲しかったんですよ。兄とは歳が離れていましたから。子供の頃、遊び相手があまりいなくて……弟っていいなあと思っていたんです」
すると、
「うわあ!」
京次郎が歓声を挙げた。次の瞬間、恒彦の肩に京次郎が収まっていた。
「白井様?!ご迷惑じゃ?」
肩車された京次郎が、キャッキャとはしゃいでいる。
「あー、あまり動くと危ないよ」
京次郎へ声をかけながら、恒彦もご機嫌な素振りを見せる。
「京子さん、帰りましょうか」
「は、はい」
「ねえ様!高いよ!」
京次郎はご機嫌だった。
「よかったね。京次郎ちゃん」
言う京子も、何故か嬉しくなっている。
「いや、こういうのもいいですね」
恒彦が言った。
特に意味はないのだろうが、京子はどきりとする。
どう返せば良いのか分からず、頷くだけだった。
そこへ、京次郎が幼稚園で習った唱歌を歌い出した。
「あっ、それなら知ってるぞ」
つられて恒彦も歌い出す。
通り過ぎる人たちが、恒彦と京次郎の合唱を、くすりと笑って見ていった。
京子は、少し恥ずかしくなったが、何故か嫌な気持ちはしなかった。むしろこのまま続いてほしい。これからも、こんな恒彦の姿を見ていたいと思った。
歌い終わった京次郎が、嬉しさのあまりか、恒彦の頭をペンペンと叩く。
「あれ、やめてくれよ。京次郎ちゃん!」
痛い痛いと大仰に騒ぐ恒彦に、京次郎は喜び大笑いした。
そんなじゃれ合う姿に、京子は自然と笑みを浮かべる。
なんとなく、親子のようにも見える二人に、京子はふと自分の将来を重ねてしまう。もしかしたら、いつか──。
「あっ、ちょっとはしゃぎすぎたかなあ」
恒彦が、京子へ笑いながら言った。
「あっ!い、いえ、私こそ!!」
あまりにも突拍子もない事を想像してしまったと、京子は一人焦る。
「そろそろ着きますね……」
言われた通り、先には岩崎邸が見えた。
「今日はこの辺で……」
言いながら、恒彦は京次郎を下ろした。
「いやあ、二日連続でお邪魔するのも図々しいですから……」
遠慮する恒彦を引き留める訳にもいかない。そう京子は理解して、京次郎の手を取った。
「じゃあ……」
名残惜しげに恒彦は呟くと、軽く頭を下げる。そして、小さく手を振った。
「……!」
思いがけないことに、京子は固まる。とっさに、大きく頭を下げると、京次郎の手を引っ張り逃げるように歩んだ。
「また、京子さん……」
背後から恒彦の声が聞こえたような気がした。
京子は頬を染め、一目散に自宅へと向かった。
コメント
1件
わあ、今回のエピソードめっちゃ良かった…!恒彦が女学校にまで押しかけて最中渡すとか、もう完全に恋愛フラグじゃん(笑)肩車で京次郎と遊ぶ姿に「弟欲しかった」って言う恒彦の心情にグッときたし、京子が「このまま続いてほしい」って思う気持ち、すごく分かるわ。大正ロマンの空気感と二人の距離が縮まる感じが絶妙で、次も絶対読みたい!