テラーノベル
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翔太は、俺の通う三流の普通校とは違って、近所のお坊ちゃま学校の生徒だった。私立の男子校なんて興味のない俺にとってはまったくのノーマーク。そこに通う3年生なんだと。
💙「でも骨に異状なくてよかったですね、ほんとに」
💜「そもそもお前に轢かれてなきゃ俺は今頃みゆきちゃんとなぁ…」
💙「だからそれはごめんなさいって笑」
阿部医師に入院するよう勧められたが、痛み止めを打ってもらったらほぼほぼ痛くなくなったので家に帰ると断った。スナックの売り上げもカツカツなのに、これで入院費がかかるなんて言ったら母ちゃんが黙ってないだろう。怪我は体中に出来た青タンと肘と膝の軽い擦り傷だけで済んだ。奇跡と言っていい。担任の授業で習った受け身が案外役に立ったのかもしれない。
デートの予定だったみゆきちゃんは言うまでもなくカンカンで、今夜のデートは無しになった。
電話口でブチギレられ、通話もぶち切られて、俺は今途方に暮れている。交通事故に遭ったと言ったのに1ミリも信じてもらえなかった。こりゃ日頃の行いの悪さだなー…。
💙「どこか目指して歩いてます?」
二人分の鞄を前に抱えた翔太が上目遣いで聞いてきた。
その顔止めろ、可愛いだろうが。
💜「それなんよなぁ。照にさっきから電話してるけど全然繋がらねぇし」
💙「照?」
💜「あ、友達。今夜俺、家に帰れねぇのよ。俺んち、母ちゃんのコレが来てるから」
わかりやすく親指を立てると、翔太は、ああ、と赤くなりながらも頷いた。
💙「じゃあ、俺ん家来ます?」
💜「え!いいの?助かる!」
💙「早く言ってくださいよ。そんなのお安い御用ですから」
翔太は屈託なく笑うと、スタスタと俺の前を歩き出した。細い肩に華奢な背中、ふわふわの猫っ毛は少し巻いたように耳元を隠していた。仕立てのいい制服は俺と違ってきっちりと着こなし、よく見たらいいとこのお坊ちゃんそのものだ。
💜「ん?でも髪の色、薄いんだな」
💙「あ、バレました?ちょっとだけ染めました。街灯に照らされると分かる程度、ですけど」
そう言って振り返り、悪戯っぽく笑うのが可愛すぎて…なんていうかもう。
ちゅっ。
暗がりで、人通りのない街灯の下。 俺は人生で生まれて初めて、よく知らない【男】とキスをした。
💙「…深澤さん、離れてください」
💜「おお、ごめん…」
柔らかい唇の余韻に浸っていると、かつてない胸のドキドキに気づく。慌てて離れたので耳のピアスがシャララと鳴った。それからはお互い何も話さずに、気まずいまま、俺は翔太の後についていった。
それにしてもこの動悸の激しさはなんだ。
今まで18年の人生にしては数えきれないほど女の子とキスしてきた自負があるけど、やっぱり相手が男で、後ろめたい気持ちがそうさせるのかとか考えたけど意味わかんねぇ。
翔太は怒るでもなく何も言わずに引き続き歩いて行く。俺はその後ろを黙ってついて行くしかなかった。
💙「ここです」
病院から歩いて20分ほど。
まあまあ歩くなと思っていたら、小綺麗だけどおよそお金持ちとは思えない建物が目の前にある。
💜「アパート?」
💙「はい。俺、家出てるので」
💜「一人暮らしってこと?」
💙「そうです」
短く答えると、翔太はアパートの階段をカツカツと上って行く。俺もそれに続いた。薄い玄関ドアを開けると、中には、家具らしい家具はベッドと机くらいしかない6畳ほどのアパート。生活感がまるでなく、色は全てモノトーンで統一されていた。
💙「あんまりごちゃごちゃしたの、好きじゃないんですよね。……どうぞ」
💜「お邪魔します」
客用と思しき、これまた飾り気のない白のスリッパを履き、部屋に上がる。テレビもない無音の空間で、とりあえず床に座った。
💙「そこ腰痛くないです?お風呂準備してくるので、ベッドにどうぞ」
翔太に言われ、躊躇いつつも清潔なベッドに座る。
狭い部屋に二人きりで、ベッドに座らされて、次は風呂…ということで、変な妄想が湧きそうになったので慌てて頭の中からそのいかがわしい妄想を打ち消した。
順番に風呂に入り、ベッドに俺が、ベッド下に敷いた予備の布団に翔太が横になったところで電灯を消される。 暗がりの中、今日は本当にすみませんでした、としおらしい翔太の声がした。
💜「俺こそごめん。急にキスとかしちまって」
💙「………ああ。初めてじゃないので大丈夫です」
💜「えっ」
💙「昔から多くて。ファーストキスは5歳だったかな。幼稚園の時、同じ組の男の子にされました。だからあんまり気にしないでくださいね」
💜「まじか」
💙「なんか、俺、誘ってるらしいです。たまに言われます。そんな気まったくないんですけど」
翔太の声が小さく室内に響く。
羨ましいくらいの綺麗な容姿だと思っていたが、それなりに苦労はありそうだ。ちゃらちゃらした気持ちで最初に声を掛けて悪かったなと俺は珍しく反省した。
💜「ねぇ、なんで一人で暮らしてんの」
💙「…簡単に言うと、愛人の子だからです」
💜「あ。理解。なるほどね」
愛人さんの子なら実家ではさぞ肩身の狭い想いをしたんだろうと俺は勝手に同情した。でも実態は大分違ってるようで…。
💙「初めは、父の本妻の息子でした。義理の兄ですね」
💜「へ?」
💙「彼が思春期を過ぎた頃、何度か襲われそうになって…。もういいやって何度も思ったんですけど、そのたびに助けてくれてた義理の弟が今度は俺目当てだってわかって…」
💜「で、居づらくなって実家を出たと?」
💙「まぁ、そんなとこです」
💜「はあ…」
💙「今日は行きつけのスーパーの店員が自転車で追いかけてきたんで、前も見ずに全速力で逃げてて……あの、本当にすみませんでした」
💜「へぇ…」
こいつ、モテんだな。それも、男に。
それで俺は思った。あのキスは単なる事故だったんだと。きっと、ムラムラっとしただけで何の意味もなかったんだと。
コメント
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なべふか最高....
めめなべ🖤💙要素あるなんて最高すぎます!!😍