テラーノベル
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内容が内容だけにグレンシスは慌てて周りに人気がないかを確認するが、勢いづいたティアは、頓着せずに言葉を続けた。
「移し身の術は血で受け継がれます。ご存知の通り、移し身の術を使うものは、その術で自身の傷を癒すことはできません。そして、同じ血を引く人間同士にも、術は通用しないんです」
ティアの一度堰を切った言葉は、止まることを知らなかった。止め処なく溢れてくる。
対してグレンシスは、背後から小刻みに震えるティアを抱きしめたままでいる。
ティアがありったけの勇気を出して、これまで誰にも言えなかった思いを伝えようとしているのがわかっているから。
「怖いんです……生まれてくる子供が病気になったり、怪我をしたりしても、癒すことができないのが。そして、もし仮に子供を産んだとしても、私は自分勝手な気持ちから、子供にあれやこれやと都合のいい理由を見付けて、行動を制限してしまいそうな気がするんです。少しでも怪我をしそうな場所には行かせないと思うし、子供らしく遊ぶことも禁じてしまいそうな気がするんです」
一生結婚をしないと決めたのは、母親が死んだとき。
ティアが移し身の術を習得し終えた5歳の時に、母親はこの世を去った。まるで自分の使命を果たしたかのように、あっけなくこの世からいなくなってしまった。
母親が病床に着いてしまった時、ティアは何度も母親に移し身の術を使った。何度も、何度も。
けれど移し身の術を使える者には、秘術は効かない。ただの祈りになる。
ティアは母の亡骸に縋りつきながら、二度とこんな辛い別れを経験したくないと激しく泣いた。
メゾン・プレザンの主であるマダムローズは、娼婦たちを生きた宝石として飾り立てることはするけれど、”望まぬ結実”が起こらないよう徹底している。
そんな恵まれた環境だからこそ、メゾン・プレザンの娼婦たちはこんな愚痴を吐く。
「惚れた男の、子供を宿してみたい」
身受けされたわけでもなく、娼館に身を置いたまま客の子供を孕んでしまえば、その末路は悲惨なもの。
それを知らないティアは、娼婦たちが口にする贅沢な愚痴でもあり、夢物語を真に受けてしまっていた。
ティアは娼婦ではない。マダムローズとバザロフは、ティアが結婚することを強く望んでいることも痛いほど知っている。
ティアとて結婚自体が嫌なわけではない。その後に続くことが怖いのだ。
これまで本音を語れる相手がいなかったティアは、一人で考えて決めた。最初から放棄しようと。
恋などしなくても生きていけるし、置いていかれる恐怖に比べたら、一人で生きていく心細さなど大したことではない。どうにもならなければ、死ぬだけ。そうしたら母に会える。
そんなふうにティアは、この若さで人生に見切りを付けていた。
「私、あの時、グレン様に嘘を言いました。メゾン・プレザンで夢を見ていたい訳じゃないんです。私は傷付きたくないんです。失いたくないんです。……誰もが当たり前にできることを……したくないんです」
臆病者と思われただろうか。女としての価値がないと思われただろうか。
グレンシスは最初は驚いた素振りを見せたけれど、その後はずっとティアの言葉に耳を傾けている。何も言わないし、口を挟まない。相槌すら打たない。
後ろから抱きかかえられているティアは、グレンシスの表情がわからない。身体を捻って彼の表情を確認する勇気もない。ただ自分を抱きしめている太い腕は緩むことはない。
腕を振りほどくことに意識を向けられないほど、呆れているのだろうか。それとも、このままでいてくれることが彼の最後の優しさなのだろうか。
そんなことを考えながら、刑の執行を待つ罪人のような気持ちでティアはじっと息を潜めて待つ。グレンシスが自分を断罪する瞬間を。
二人の間に落ちる沈黙を取り繕うように、秋の乾いた風が吹き抜ける。ティアのスカートが、風をはらんでふわりと広がる。
それをそっとティアが押さえた瞬間、グレンシスはほぅっと息を吐いた。
「──なるほどなぁ」
長い沈黙の後、グレンシスは静かにそう言った。まるで世間話に相槌を打つような軽い口調で。
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