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「うわぁ…………一面チューリップじゃん」
馬車を数時間走らせ、やっとたどり着いたレイ公爵家には大量のピンク色のチューリップが咲き誇っていた。まるで花畑みたいだなあと呑気なことを考えていると、執事と思しき人が現われ私達一同に頭を下げた。
「遠路はるばる、よくお越し下さいました」
「え、ええ……こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」
と、私は習った通りの挨拶をする。
「聖女様、このチューリップが気になるのですか?」
「あ、はい。こんなにも沢山のチューリップを見るのは初めてで……凄く綺麗で、吃驚しました」
「そうですか。ピンク色のチューリップはレイ公爵家の家紋でもありますからね。とても大切なのですよ」
そう執事はにこりと微笑んだ。
確かに、送られてきた手紙の封蝋にもチューリップが描かれていた気がする。
(何だか……イメージと違うなあ)
アルベドは、攻略キャラで唯一の闇魔法の使い手だ。これは偏見かも知れないが、花など好きではないと思っていたのだが……
それにしても、これだけの量のチューリップを手入れするのは大変だろうと思いながら、私達は案内されるがまま、屋敷の中へと入った。
玄関をくぐると、大きな螺旋階段があり、その先には大きな絵画や彫刻などが飾られていた。
さすが、公爵家……財力だけはありそう、と私は感心していると執事はアルベド様がお待ちです。と応接室らしき所に私達を通した。
応接室はそれはもう、凄かった。
まず天井にダイヤモンドのようにキラキラと輝くシャンデリアが、壁紙は白を基調として、ところどころ金箔が施されていた。そして、テーブルの上には高級そうなお菓子と紅茶が並べられており、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
だって、これ絶対高いよね!?
シャンデリアを見るのはこれが初めてではないが、それにしてもやはり此の世界の文化というか貴族の家というかはいつ見ても慣れないし、驚く。
だって、私が住んでいたのは一人暮らし用のマンションだったから……
しかし、何かが妙である。
そんな何処か可笑しいと違和感を覚えつつも部屋の中を見渡していると、私の目にあの紅蓮の髪が映り込んだのだ。
「聖女様、よくお越し下さいました」
聞き慣れた声、作ったような声色……
私は応接室の中央の椅子に腰掛けた長い紅蓮の髪を持つ男を見て、顔をしかめた。それと同時に、あの夜の出来事が蘇ってきて足下がふらついた。
倒れそうになった私をグランツが受け止めると、彼は心配そうに私を見つめてきた。
「エトワール様、大丈夫ですか」
「え、うん……まあ、馬車酔い……かな」
と、誤魔化しつつ私はグランツに肩を貸して貰いながら私をここに呼んだ張本人であるアルベドと向き合った。
彼は、金色の目を鋭く尖らせると愉快そうに口角を上げた。しかし、その顔は作り物の笑顔が貼り付けられており、彼の危険さと不気味さをよりいっそ引き立てる。
私はそんな彼を見ていられなくて顔を逸らすと、身体が震えていることに気がついた。いや、違う。これは……
「グランツ?」
震えていたのはグランツの方だった。
私の肩を掴みながら、何かを必死に堪えるように小刻みに震えていた。彼の顔は良く見え無かったが、気配から憎悪や怒りといったマイナスの感情が感じられる。
「……今回はお招きいただき、ありがとうございます。アルベド・レイ公爵様」
「立ち話も何ですから、座って下さい」
と、アルベドは一瞬値踏みするような目で私を見てからにこりと笑って、席に着くように促した。
私は彼に言われた通り、席につくとグランツとリュシオルは私の座った椅子の後ろに並ぶようにして立った。
(まあ、そうか……従者だもんね……)
そう思いつつ、私はアルベドと向き合い、彼の好感度をちらりと確認した。
数値はマイナス5である。
あの夜からさらに2下落している。それもマイナス……
何で!? と、叫びたい気持ちをグッと抑えて、私は平静を保つことにした。
しかし、このアルベドという男は何故こんなにも私に対してマイナスな評価を持っているのか、そして、何のために呼び出したのか……全く分からない。
「いきなり呼びつけてしまってすみませんでした。聖女様に一度お会いしたくて……この間のパーティーには呼ばれませんでしたから。光魔法の貴族達が、闇魔法の家門である我が家をのけ者にして……全く酷い話ですよね」
と、皮肉交じり、冗談交じりに言ったアルベドの目は全然笑っていなかった。
彼の金色の目には殺意がうっすらと見え隠れする。
そして、パーティーのことをわざと口にしたところを見ると、何か試しているのではないかと私は思った。
きっと、あっちも気づいているだろう。
「では、私に会いたいが為に今日ここに呼んだと?」
「ええ、まあ……そういうことになりますね」
「そうですか……では、私達は失礼します」
「……はあ!?」
私がそう言って立ち上がると、彼のドスのきいた声が応接室に響いた。
それを聞いて私も、グランツもリュシオルも顔をしかめる。
私もリュシオルも知っているから驚かないけれど、彼は今、素の声を出してしまったのだ。
アルベドは、攻略キャラの中で一番口が悪い。地位としては、リースの次に高いのに……
私が、呆れながらアルベドを見ると彼は咳払いをして誤魔化した。
(バレバレだっつーの)
「ここまで来るのにとてもかかったでしょう。今から帰れば、聖女殿につくのは夜になる……今日は泊まりでも、いいえ、もう少しお話をさせて頂けるのなら馬車ごと聖女殿にワープできるうよう、こちらから手配しましょう」
と、彼が言うとグランツが私の方を見た。
私は、その視線の意味を理解している。
転移魔法は、かなり負荷がかかるものだ。それは、ブライトに教えて貰った。
それに数人で出来る物ではなく、高度な魔法技術が必要となる。特に、長距離の移動と大人数の移動となるとかなり消耗してしまう。
それを無償でやるというのだ、話に信憑性がない。
しかし、もしそれが本当だとするなら確かに彼の言うことには一理ある。
ここに来るまで数時間はかかり今から帰っても、聖女殿につくのは夜になってしまうだろう。
もう少し近場にあると思ったのだが、レイ公爵家はかなり辺鄙な場所にあり、周りに何もない。あるのは林だけだろうか……そう、それはまるで隔離されているようだった。
「……分かったわ。あと少しだけいさせて貰うわ」
私がそう言って座り直すと、アルベドは安心したかのようにふぅ……と息を吐いた。
そして、後ろに控えていた執事を呼び寄せると何か指示を出し、再び私と向き合った。
「それで、何を話すの? 私は、面白い話なんて出来ないけど」
「そうですね。こちらは聞きたいことが山ほどあるんですが……人がいるとちょっと」
「……」
「なので、聖女様以外ここからでていって欲しいのです」
と、アルベドは妖美な笑みを浮べるのであった。