テラーノベル
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これがαのフェロモンなのだろうか。
本能が求めて止まないそれが鼻腔をくすぐるたびに、下腹部が甘く疼いてしまう。
「っ…れ、怜治さん……あ、熱い、よ…っ」
ふと堪えきれなくなって顔を上げると
至近距離、お互いの睫毛が触れ合ってしまいそうなほどの近さで
怜治さんの深い瞳と正面から視線が絡み合った。
僕の流した涙で濡れた睫毛の隙間から覗く
彼の切れ長の瞳。それはいつも通り涼やかでありながら、今の僕を射抜くその光は
どこか獣のような、恐ろしいほどの情熱と独占欲を秘めているように見えた。
その瞳の深淵に見つめられるだけで
吸い込まれて理性が完全に消し飛んでしまいそうで
僕は溢れ出そうになる喘ぎ声を必死に堪えるために、自分の唇を血がにじむほど強く噛みしめた。
「はっ…ぁ…怜治さん……っ、からだ……体が…おかしい、んです……っ、たす、けて」
意識とは裏腹に、腰が微かに揺れてしまう。
内腿同士が不自然に擦れ合い
制服のズボンの奥、太腿の付け根のあたりから
じわりと粘り気のある熱い蜜が滲み出てきていることに、僕は絶望的な羞恥心と共に気がついてしまった。
そんな時だった
怜治さんの、大きくて少し冷たい右手が
僕の涙で濡れた頬を優しく包み込むようにして触れてきた。
まるで本物の羽毛で撫でられているかのような、繊細で、圧倒的な優しさのタッチ。
「……っ、さっちゃん。…こんな、体調を崩して辛いときに、こんな事を言うのは、アレかとは思うんだけど」
彼は悩むような素振りを見せたあと、一呼吸置いてから言った。
「…そんなに身体が苦しくて、辛くてたまらないなら、いっそのこと、俺の番にならない――?」
「…つ、番…?」
その、あまりにも甘美で決定的な言葉を耳にした瞬間、僕の心臓は今日一番の大きさで
ドクンッと激しく跳ね上がった。
――番
その三文字の響きは、今の僕にとって救いであると同時に、どこか底知れない危うさを孕んでいた。
オメガという性別を持って生まれた者であるならば
人生で一度は夢見るであろう、絶対的な関係性。
お互いのフェロモンによって魂のレベルで縛り合われ、肉体も精神も
世界のすべてが一つに溶け合う、ある種の究極的な愛の形。
だが、それは同時に、これからの自分の長い一生のすべてを
目の前のアルファという存在に永久に独占され、支配されるということでもあった。
熱で朦朧とする僕の脳裏には、彼と結ばれる幸せな未来だけでなく
未知の契約への本能的な不安が、ほんの一瞬だけ過った。
それでも───
僕の顔を覗き込む怜治さんの瞳は、どこまでも真剣で、微かな揺らぎもなかった。
そこには、僕をただ哀れむような嘘や、同情の安っぽさなんて微塵も存在していなかった。
生まれて初めて
アルファという生き物から差し伸べられた、こんなにも優しくて、美しくて、温かい救いの手。
僕は頭で考えるより先に、無意識のうちに
怜治さんの大きな手のひらをギュッと強く握り返していた。
「……怜治さんと、番に…?」
「…そう。俺なら、さっちゃんのそばにいてあげられるし、永遠に守ってあげるよ」
「…っ、いま、冷静に考えられなくて…わかん、ないけど…ぼく、怜治さんといっしょにいれるなら……っ」
その言葉は、自分でも驚くほど
思った以上に自然と喉の奥から零れ出していた。
一切の偽りのない、僕の本心だった。
「…本当?俺の番になってくれる?」
「ぅ、うん…っ、れ、れいじさん、守ってくれるんだよね……っ、?ぼくのこと、すき…??」
自分でも信じられないほど、何の迷いも躊躇もなかった。
僕がそう問いかけると、怜治さんはほんの一瞬だけ驚いたようにその美しい目を見開いた。
けど、次の瞬間には
見たことがないほど優しく、深い笑みをその唇に浮かべた。
その笑顔は、あまりにも綺麗で、僕の胸の奥を震わせた。
「もちろん。大好きだし、愛してるよさっちゃん」
ひゅぅ、と、開いた鉄扉の隙間から
僕たちのうなじに向かって、冷たい夜風が静かに吹き抜けていった。
黒星
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怜治さんの長くて白い指先が、僕のセーラー服の襟元を優しく押し下げ
露出したうなじの肌の上を、静かに滑るようにして這い上がってくる。
首筋の細胞が一気に粟立ち、緊張のあまり喉仏が小さく上下するのが自分でもハッキリと分かった。
その瞬間――
「…ッ、!!」
肉体を強引に貫くような熱い痛みが走った。
それと同時に、強烈な快楽が襲いかかってきた。
背筋の神経という神経に甘く、痺れるような激しい電撃が走り抜ける。
「っ……?!」
声にならない呻き声が僕の口から漏れた。
うなじが、まるで直接火をつけられたかのようにドクドクと燃えるように熱い。
(番になるって、うなじを噛まれるって…こんなに熱いなんて、知らなかった…っ)
歯が肌に食い込んだ瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
全身の重力が一気に数十倍に跳ね上がったかのような、凄まじい圧迫感。
急速に暗闇の底へと沈んでいく意識の中で、僕の五感に唯一、鮮明に残されていたのは
僕の身体を折れるほどの強さで抱きしめてくれている、怜治さんの体温だけだった。
コメント
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猫塚ルイさん、第28話読み終えました。番(つがい)になる決断の瞬間――本能と理性の狭間で揺れる心の描写がとても繊細でした。「好き?」と問う主人公と、それに応える怜治さんの笑顔が、甘くもあり、同時に未知の契約への不安も抱えている。この温度差が効いていますね。うなじを噛まれる場面の、熱と痛みと快楽が混ざり合う感覚も生々しく描かれていて、続きが気になります。