テラーノベル
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『君にちゃんと「さよなら」を言うために。」
登場人物
🌸朝倉 しずく(14)
・主人公。一重にコンプレックスがあり、メイクが大好き。
・でも学校では浮いていて、家でも母や姉とギクシャクしている。
・優しさを表現するのが不器用だけど、実は誰よりも繊細で優しい。
☁️朝倉 みこと(16)
・主人公の姉。二重で美人。昔いじめを受けていた影響で心に傷がある。
・表面では強く振る舞うけど、妹をずっと心配している。
・母との間にも秘密を抱えている。
🫧春野 れん(14)
・学校の”ちょっと変わった男の子”。無口で目立たないけど、美術が得意。
・実は心の病気を抱えていて、しずくとあることで心を通わせる。
📘プロローグ
私の目は、ずっと「変だね」って言われて続けてきた。
一重で、眠そうで、可愛くない。
お姉ちゃんはぱっちり二重で、学校でも人気者。
お母さんもお姉ちゃんばっかりみてる。
私はいつも「比較対象」だった。
_________
鏡に映る自分の顔を見て、今日もまた、ため息が出た。
「…なんで、こんな顔なんだろう。」
目元が暗く見えるせいか、よく「眠そうだな」って言われる。
お姉ちゃんはくっきりした二重で、目もぱっちりしてて、
どこに行っても「かわいい」って言われるのに。
それなのに私は、家でも学校でも「可愛くない」って思われる気がして、
メイクだって上手くいかなくて。
「もうやめちゃおうかな」って、何度も思った。
でもやめたくない。少しでも「かわいいね」って言われてみたくて。
せめて、私自身が私を好きでいたくて。
だから、今日も朝からアイプチとファンデを手に取る。
なのに__
「またメイク?肌荒れるって言ったよね?」
部屋のドアを開けて、姉・みことが顔を出した。
その口調は、ちょっと呆れてて、ちょっと見下してて。
私は返事をしなかった。
ていうか、できなかった。
「…勝手にしなよ。でも泣きついてくるのだけはやめてね。練習もしないくせに。」
バタン。
ドアが閉まる音が、心臓の奥で響いた。
「わかってるよ。泣きついたりしない。」
しずくはそうやってつぶやいて、鏡に向き直った。
手は震えていたけど、それでもアイプチをまぶたにのせる。
少しでも、少しでも”あの子”に近づきたくて。
でも、何度やっても二重にはならなかった。
まぶたは言うことを聞かないし、
鏡の中の自分は、どんどん険しい顔になっていった。
「もう、やだ.,,,‼︎」
思わず鏡を伏せた。
どうして、私は私として生まれちゃったんだろう。
__________________
学校に着いた時も、誰かの視線が気になった。
笑っている子がいれば、自分のことを笑っている気がして。
メイクなんてしなきゃよかった。
でもしなかったら、もっと嫌だった。
図書室に逃げるように入ると、奥の机に一人の男子がいた。
制服は少し乱れてて、髪もぼさっとしてる。
けど、その指先だけは綺麗に動いてて、スケッチブックに何かを描いていた。
こっちをチラリと見て、すぐに視線を戻す。
でもそのとき、彼が一言つぶやいた。
「…君の目、綺麗だね。」
一瞬、時が止まったようだった。
「えっ?」
驚いて声が出た。
嘘でもからかいでも、そんなこと言われたの初めてだった。
その男子は、少し恥ずかしそうに目を伏せてから、もう一度言った。
「…描いてもいい?」
_________
「描いてもいい?」
その言葉が、図書室の静けさに溶けていく。
「……なんで、わたし?」
しずくは思わず問い返した。
自分の目のどこが綺麗なんだろう
赤く腫れぼったくなってるし、
さっきまで泣いていたせいで、マスカラも少し滲んでいる。
「うーん、なんか….雲みたいだったから。」
その男の子、花野れんは、首を傾げながら微笑んだ。
「ふわふわしてるって意味じゃないよ。ちょっと曇ってるけど、向こうに光が透けてるって感じ。」
詩みたいな言い方に、しずくは戸惑った。
「…..変な人。」
「よく言われる。」
れんは笑いながらスケッチブックに向き直ると、さらさらと鉛筆を走らせた。
れんと話すようになったのは、それからだった。
彼は毎日図書室にいて、本を読んだら絵を描いたりしていた。
しずくがくると、目で「おいで」と言ってくる。
別に何を話すわけでもなく、ただしずくをスケッチしたり、
しずくが読んでる本の内容にちょっとだけ口を挟んできたり。
不思議だった。
あんなに「人と話すのしんどい」って思ってたのに、
れんといるだけで。少し呼吸がしやすくなった。
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「ねぇ、なんでいつもモノクロなの?絵、すごく上手なのに….色、塗らないの?」
ある日、しずくは聞いた。
れんのスケッチブックには、驚くほど繊細な線で描かれた絵がたくさんあるのに、どれも色が塗られていなかった。
「色はさ、見る人が自由に想像できた方が楽しいと思うんだ。」
れんは鉛筆を止めて、少し空を見上げた。
窓の外には、曇った空が広がっていた。
「….それにね、俺、あんまり色がわからないんだ。感覚でしか。」
「感覚…?」
「昔から目が悪くてさ。色の区別がはっきりつかないんだよね。赤とかピンクとか、青とか紫とか。
でも、その代わり”光の強さ”とか”影の冷たさ”とかは、よく見える。」
しずくは驚いた。
れんの絵が、色がなくてもあたたかくみえたのは、そういうことだったんだ。
「しずくの目も、光が強いんだよ。外に出ようとしてる感じ。俺、そういうの描きたい。」
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れんと過ごす日々の中で、しずくの心は少しずつほどけていった。
家でも、学校でも、自分の存在を”変えなきゃいけない”って思っていたけれど、
れんは「このままでいい」と言ってくれる気がした。
ある日、しずくが笑った時、れんがぼそっとつぶやいた。
「…..今の顔、いちばんすきかも。」
「え?」
「なんでもない。」
れんは誤魔化すようにうつむいて、スケッチブックを閉じた。
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それは、しずくの心の中でできたはじめての春のような感情だった。
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図書室の扉を開けても、れんの姿はなかった。
次の日も、またその次の日も。
しずくは何度も覗いたけど、あの席はずっと空っぽだった。
(…なんで?)
風邪?部活?まさか、私が何かした…?
モヤモヤが胸に広がって、しずくは初めてれんのことを誰かに尋ねてみた。
ちょっとだけ勇気を出して、担任の先生に聞いてみた。
「春野くんですか?…ああ、春野くん、少し体調が悪くて入院してるって、お母さんから連絡があってね。」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が変な音を立てた。
「.,.入院?」
先生は、深くは語らなかった。
でもその目が、”普通の風邪とかじゃない”ことを物語っていた。
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数日後、れんから手紙が届いた。
白い封筒に、ふわっとした鉛筆の線で描かれた空の絵。
中には短い文章と、しずくの横顔のスケッチが入っていた。
「ちょっと長めの休みを取ることになったよ。
しずくは学校、ちゃんと行ってる?
図書室に行けば、また君がいる気がして、ちょっと安心してる。
描きかけの君の笑った顔、完成させたいな。
それまで、しずくは元気でいて。」
涙が止まらなかった。
なんで、あんはふうに軽く書いてくるの。
なんで、そんなふうに心配してくれるの。
こっちが心配してるのに。
しずくはどうしてもれんに会いたくなった。
病院の場所。調べて、土曜の午後、ノートにれんの好きだった雲の絵を描いて、母に嘘をついて一人で向かった。
「…しずく?」
その声だけは、変わってなかった。
「勝手に来てごめん。…でも、れんにあいたかった。」
れんは驚いた顔をした後、ぽつりとつぶやいた。
「…ほんとはね、しずくには見せたくなかったんだ。こんな自分。」
「なんで。」
「しずくは…綺麗なものを好きでいてほしいから。」
「違うよ。」
しずくの目から涙が溢れた。
「わたし、れんに”綺麗”って言ってもらえたこたで、初めて自分の顔が嫌いじゃなくなったんだよ。」
れんは一瞬、目を見開いた。
「だから、れんのことも全部ちゃんとみたい。笑ってる時も、苦しそうな時も、悔しい時も。
だって私にとって、れんがいちばん綺麗だから。」
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病院の天井を見ながら、れんがつぶやいた。
「ほんとはさ。…俺、春まで生きられないかもしれないって言われてる。」
空気が、止まったような気がした。
「でも、しずくが笑った絵を最後に描けたから、俺、それだけでうれしいって嬉しいって思ってたんだ。
しずくは泣きながら、れんの手を握った。
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れんの手が、ゆっくりとスケッチブックを開いた。
鉛筆を持つ手は少し震えていたけど、その線はとても優しくて、あたたかかった。
そしてその時、しずくの心に、確かに一つの灯がともった。
れんが退院したのは、春の始まりの頃だった。
まだ病弱な体のまま、ゆっくりと歩くれんは、それでも笑っていた。
「ただいま。」
そのひとことだけでその一言だけで、しずくの胸の奥があたたかくなった。
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学校にはまだ戻れないけれど、週に一度だけ、図書室で再開する約束をした。
れんは、以前より少し痩せていたけど、目の輝きは変わってなかった。
「君の笑顔、前より自然になった。」
そう言って描いてくれた新しいスケッチ。
笑うしずくの横顔に、小さな花が添えられていた。
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しずくの毎日は、少しずつ明るくなっていった。
朝、鏡の前でメイクする時間も、
お母さんとの些細な会話も、
全部が前より”息しやすい’ものに変わっていった。
お姉ちゃんとの距離も、少しだけ近づいた気がした。
「…変わったね、しずく。」
「れんのおかげだよ。」
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だけどその幸せは、
またしても、あっけなく壊された。
図書室に行っても、れんはこなかった。
「また、少し具合が悪くなっただけかも」
「連絡くるかもしれない」
そう思っていた日々の中__
春が終わる直前、学校に一本の電話が入った。
れんは、もう戻ってこない。
しずくは何も言えなかった。
泣くことすらできなかった。
帰って、机の引き出しを開けた。
そこにあったのは、れんが最後にくれたスケッチブック。
そして中に一枚、封筒が挟まれていた。
中には、れんの字でこう書かれていた。
「君の笑顔は、僕の光だった。
僕がいなくても、その光を誰かに見せてあげて。
しずくは生きてるだけで、誰かの救いになれるから。」
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でもしずくの心は、それを受け止めるにはあまりに弱っていた。
悲しみは、やがて無気力は変わり、
夜になると心にぽっかり穴が開いたようだった。
「私がいたから…れんは無理して笑ってたんじゃないか」
「笑顔を期待にさせるくらいなら、最初から何もなければよかったのに」
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ある夜、しずくは手紙を一通書いた。
「れんくん、ごめんね。
わたし、やっぱり光になんかなれなかった。」
__________________
その日、しずくの姿はどこにもなかった。
家にも、学校にも。
ただ机の上に、れんからもらった最後の絵が置かれていた。
そこには、笑うしずくが描かれていて、
裏にはれんの文字が残されていた。
「しずくへ。
悲しい時は泣いていい。苦しい時は逃げていい。
でも生きていて。
君の存在が、どれほど大事かわかってほしい。」
そう描かれている手紙を残したまま、しずくは生きたまま消えた。
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別垢です🤲🏻