警視庁の応接室のドアを、北斗がノックする。
「警視庁の松村です。麻宮圭一さんですね」
警察手帳を示しながら言った。
中のソファーに座っていたのは、被害者の一人息子だった。ひょろりと痩せていて、あまり社長候補という感じではない。「…はい」
小さくうなずく。
「田中です」と樹も警察手帳を開いて相手に見せ、北斗の隣に座る。
「本日はご足労いただき、ありがとうございます。まずお父様のことをお聞きしたいのですが、普段はどんな方でしたか」
北斗が尋ねると、おずおずと話し始める。
「どんなって…普通の父親でした。うちが裕福な暮らしをできているということは昔から自覚してましたけど、それ以外はごく一般的です。でも、母親が死んでからはちょっと大人しくなったかな」
今度は樹が口を開く。
「では、誰か恨みを持っているような人に心当たりは?」
圭一は首を振った。「いえ、特には」
「…次の質問ですが、9月10日の午後6時から8時頃、あなたはどこで何をしていましたか」
北斗の鋭い視線にややたじろいだ様子を見せたが、
「…まだオフィスで残業をしていました」
「その証人は?」
樹の瞳が冷たく光ったようだった。
「…課長がいたと思います」
その人物の連絡先を聞いたあと、「捜査へのご協力ありがとうございました」と聞き込みを切り上げる。
圭一を見送ったあと、北斗が尋ねた。
「どう? あの感じ」
「油断大敵。何てったって社長の息子だから、上司と言えど周りの人間と口裏を合わせるのは簡単だろ」
北斗もうなずいた。
そして今度は「アサミヤグループ」本社に出向き、課長とも同じように向き合ったが、それという情報は得られなかった。狼狽した様子もなく、淡々と答えていた。
「犯行時刻は同様に残業。息子以外の人間とは顔を合わせていない。こうなると、あの秘書も気になってくるな」
北斗が言い、樹も続く。
「いや…息子のほうも怪しい。さっき主任からきた情報、秘書の話だと『7時に社長を送り届けた』って言ってるらしいからな。それを信じるなら社長は7時……家に入るまでの時間を考えても数分だろう。そこまでは生きていた。だから死亡推定時刻の誤差は約1時間に絞られるわけだ」
「そうだな。……信じるとしたらな。ああ、でも課長なんかこぼしてなかったか? 『圭一さんは成績が芳しくないから、社長も困ってる』って。ますます怪しいぞ」
「…どうする、とりあえず桜田門戻る?」
桜田門というのは、警視庁の別名だ。樹はこの呼び方をなぜか好んでいる。
「ああ」
捜査車両に乗り込んだが、車のルームミラーを見つめて北斗がつぶやく。
「ドラレコ……」
「え?」
「ドライブレコーダーだよ!」と急に声を張り上げた。「秘書が送った車にドラレコがついてたら、時間だって表示されてるはず。恐らく事件以来は乗せる人がいないから動かしてない。だから直近の映像を調べれば……」
「わかる。北斗、ナイスアイデア!」
2人は意味ありげな笑みを交わし、車を発進させた。
続く
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