現場となったマンションの管理室をのぞくが、誰もいなかった。高地はカウンターに置いてあるベルをチーンと鳴らす。しばらくして、奥の部屋から男性の管理人が出てきた。
「はい…何か用ですか」
突然現れたスーツ姿の刑事に、戸惑いを隠せない様子だ。
「警視庁の高地という者です。こちらは森本。お手数ですが、防犯カメラを見せていただきたいのですが」
慣れた手つきで警察手帳を見せる。慎太郎も倣った。
「はぁ、いいですけど」
中に入り、防犯カメラの映像が記録されているというパソコンを管理人が操作する。
「……この最上階で起きた事件ですよね。何だか捜査員がたくさんいらっしゃってて、でも大家さんは何も教えてくれないし…」
それはそうだ、と高地は心の中で独りごつ。捜査の情報は一般人には漏らせない。
「これは、何のためなんですか」
「すみませんが、それは捜査上の秘密ですので」
形式的に答える。気になるのは当たり前だろう、と慎太郎も思った。
そのあと高地が代わって映像を犯行日時に合わせ、 2人で確認する。
北斗と樹が、秘書がいつも運転していた送迎車に設置されていたドライブレコーダーを確認したところ、その日の午後7時05分、車はこのマンションの地下駐車場に入って停車した。その情報が伝えられていた。
その時刻まで巻き戻して見ていくと、まず駐車場のカメラに送迎車と、車を降りる被害者が映った。
それからエレベーター、廊下と被害者が歩むごとに捉えるカメラが変わる。
そして自宅に入っていった。
ということは、秘書の「7時過ぎに社長を送り届けた」という証言は立証された。
映像を速めて進めたところ、数分後の時間に「あっ」と画面を見ていた慎太郎が声を上げる。高地も目を見開いた。
玄関の防犯カメラに、息子である圭一の姿がある。画質が粗くわかりづらいが、帽子を目深にかぶっていた。
彼は正面玄関から鍵を使って入り、階段へ向かう。そして被害者の部屋に着くと、恐らく鍵を差し込んでドアを開ける。十数分後に、バタバタと慌てた様子で出て行き、また玄関から去っていった。
高地はぱっと顔を上げる。
「ここの玄関って、部屋の鍵でも開けられるんですか」
問われた管理人はうなずく。「ええ、もちろんです」
2人の視線が交差した。
「この映像、コピーしても差し支えないですか」
スーツのポケットからUSBを取り出す。
管理人に尋ねる高地の目は、いつもの笑みからはかけ離れている。犯人に都合のいいような隠蔽や捏造を見抜こうとする鋭さがあった。
「はい」
うなずくのを見て、作業に取り掛かる。しばらくして、USBをパソコンから抜き取った。
「ありがとうございます。これは証拠品として厳重に取り扱います。捜査以外には決して使いません」
そう慇懃に言って、「ご協力ありがとうございました」と高地と慎太郎は部屋を出た。
それから隣室の住人などにも話を聞き、防犯カメラに走り去る息子が映っていた時間、「大きな足音が聞こえた」という証言が得られた。
「よし、証拠が揃ってきた」
捜査車両に戻った高地は嬉しそうだ。
「明日の捜査会議が楽しみですね。ほかの人たちに報告できる」
慎太郎も言ったが、高地は不意に笑顔を引っ込める。
「いや、明日まで待つ必要はない」
「え?」
「今から行くぞ」
高地は助手席のトランシーバーを手に取った。
続く
コメント
1件