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朝を迎えて、下船をする──「素敵な船旅でしたね…」タラップを降りながら、名残り惜しそうに彼女が船体を振り返る。
「ええ、素敵で……いい一夜だったと。君の誕生日を祝えて本当によかった……」
腰に手を回し、その身体をぐっと引き寄せる。
「……ありがとうございます。こんな誕生日を過ごさせてもらって、本当に幸せで……」
寄り添った彼女が頭をそっと肩にもたせかけると、昨日の夜に匂った髪の香りがふわりと漂った。
抑え切れない気持ちが再び込み上げそうにもなって、彼女の耳に唇を寄せ、
「君の喜ぶ顔が、私の幸せです」
気持ちを抑え込むつもりでわざとチュッと音を響かせて、柔らかな耳たぶにキスをした……。
停めてあった車に戻ると、助手席に乗り込んだ彼女の肩を抱き寄せて、
「キスを……ずっと堪えていて」
と、顎に手を添えた。
「えっ、ずっとって…?」
驚いたような顔つきに、ふっと笑みがこぼれる。
「昨日から、ずっとです」本音を伝えると、「昨日からですか?」と、さらに彼女がびっくりしたように丸く目を見開いた。
「君は、酔って早くに寝てしまったでしょう? さっきも本当はキスがしたくなって……」そこまで言いかけて、「これ以上の説明はいらないですね…」と、その薄紅い唇に口づけた──。
ハンドルを片手で掴みながら、空いた方の手で彼女の手を握ると、贈った腕時計が目に留まった。
時計だけではなく、もっと確かな繋がりが感じられるものを贈れたらと思う。
「時計以外で、欲しいものはないですか?」
尋ねるが、「ううん」と彼女は首を振って、「これで、もう充分すぎるくらいなので」と、時計の文字盤にそっと手を当てがった。
「……だって、この時計や船の旅行だけじゃなく、いつもあなたからはたくさんの贈り物をもらっているから」
「君は、欲がなくて」口にして、けれど彼女がそう言うのはわかっていた気もした。
……私が今まで関係してきた女性たちは、与えれば与えるだけ欲しがるような上辺の繋がりでしかなく、
彼女と恋愛をするまでは、愛情など物欲には勝らないものだと思っていた。
どんな感情も欲求の可不可でYesにもNoにもなり得るのなら、愛情など所詮取るに足らない他愛のないことだとしか私には考えられなかった……。
そんな浅はかな私の考え方を、彼女が変えてくれた……愛情に勝るものなどないのだと。
ならば……と、改めて感じる。
唯一無二の証しを、今日の最後に彼女へ贈りたいと──。