座り心地の良い広いソファの上。膝を抱えて小さくなり、手のひらの中にあるディスプレイに向かって、本気半分惰性半分になんとなく考えを巡らせていると、不意に背後から人差し指が伸びてきた。
「これでしょ」
と、そのまま画面上の選択肢をひとつタップされたかと思えば軽快な音とともに丸印が表示される。
「お、すごい、奇跡じゃん」
「正解?」
顔を上げて、首にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら口の端を持ち上げる目黒を見上げる。ちゃんとわかっていて正解を導いたのだろうか。その自慢気な表情を可愛く思いながら阿部は、彼と一緒に過ごしている間幾度となく訪れる愛しいという感情に、今夜もまた浸った。
大好きだなぁ、目黒を見ていると、そんな言葉しか出てこなくなってしまう。
うっとりとした溜息をつくと、阿部の言わんとするところを察した目黒が少しだけ眉を下げて照れたように笑った。
目黒の反応に再び愛しさを募らせながら、阿部は小さなディスプレイに向き直ってクイズの続きに取り掛かることにした。
目黒が隣にやってくる。目黒も腰を下ろしたことでソファが沈み、阿部の身体がやおらそちらの方へと傾いた。
「阿部ちゃんもシャワーしてきたら?」
阿部の身体を受け止め、そのまま胸の中に抱きこみながら目黒が言った。阿部はクイズの回答をタップしながら、目黒を見ないで、はあい、とだけ答えた。
またも軽快な効果音を響かせて正解を知らせた画面を閉じると、同時に目黒の手にスマホを奪われる。どうかしたのかと顔を上げれば、そのまま横から唇を塞がれた。
「ん…」
優しく、唇を合わせるだけの可愛らしいキスが何度か繰り返され、物足りないなと思ったところで、まるでそんな阿部の心を読んでいるかのように、深く重なってくる。唇を塞がれているのだから、声に出しては言ってないはず。そんな当然のことを思いながら不思議がるのと同時に、息ピッタリな自分たち二人のキスに、阿部はどうしようもなく嬉しくなった。
「ほら、早く行ってきて」
「んー…」
ひとしきり互いの唇を求め合った後、まだ唇が触れるか触れないかの距離で目黒が言うと、名残惜しく唇を突き出したままだった阿部も渋々腰を上げた。
二人が付き合いだしてからもうずいぶんと時間が経って、さすがに半同棲とまではいかないが、阿部は時間に余裕のある限りは目黒の部屋へと訪れていた。この部屋のバスルームにも寝室にもキッチンにも、ダイニングにもリビングにも、今では阿部専用のものがたくさん置いてあって、すっかり生活感を出している。
阿部がシャワーを済ませてリビングに戻ると、目黒はラグに座り込んでワインを飲んでいるところだった。阿部は後ろからそっと近付いていって、そのまま目黒の広い肩に抱き着いた。
「ただいまっ」
と、上機嫌でその肩に覆いかぶさって体重を預けると、目黒は持っていたワイングラスを置いた。それから、阿部の頭を撫でようとしたところで、濡れた髪の感触にわっと声を上げた。
「阿部ちゃん、髪! ちゃんと拭いてきてよ」
「めめがやってー」
「もー、ほんとあざとい」
言葉でこそそんなことを言いながら、目黒のその口調も、表情もとても優しくて甘い。どうしても、目黒は阿部に対して甘くなってしまうのだ。恋人なのだから尚更だった。
短くはない交際期間を経て、目黒はますます阿部を愛しく思う自分に、時折呆れそうになる。阿部との関係を思えば、今まで自分がしてきた恋愛なんて真に恋愛とは言えないんじゃないだろうかとすら思えた。そのくらい、自分たちは愛し合っていた。こうも、日に日に愛しさが募っていくことなんて、お互いに初めてだったのだ。
はじめは目黒の勢いに半ば流されていた阿部も、一緒に過ごす時間が増えるにつれいい意味で遠慮がなくなり、今では様々な面において、奔放な性格を見せてくれるようになった。
目黒と阿部、別々の色をした絵の具で描いていた毎日を、今では互いを混ぜ合わせた新しい色で彩っているのだ。二人の関係はそんな風に自然に、鮮やかに、形を変えていった。
「ワイン珍しいね?」
目黒に頭を拭いてもらいながら、置いてあったワイングラスを手に取り、阿部は言った。がしがしと力強くタオルを動かす目黒の手のひらがとても心地よくて、完全に身を任せてしまいたくなる。上目遣いで後ろにいる目黒を窺うと、目黒はタオルを置いて、既に乾き始めている阿部の髪を手櫛でとかしながら微笑んだ。
「この間、舘さんからもらったから」
「へー、じゃあ美味しいやつだ」
「おすすめのやつみたい」
よし、終わり。ぽんと阿部の頭に手のひらを乗せ、目黒は続けた。
「阿部ちゃんも飲む?」
「ううん」
阿部は酒に弱い自分をよくわかっているつもりだった。小さく首を振ってから、くるりと身体を反転させて目黒に向かい合う。
「でも、味見はしたいな」
じっと目を見つめて続ければ、目黒は一瞬目を見張った後、すぐにどういう意味かを理解して、残っていたグラスの中身を、大きく喉を逸らせて呷ってみせた。
ゆっくりと、目黒の顔が近付いてくる。阿部は、目黒が近付いてくるよりも先に、もう両目を閉じて待っていた。
顔を傾けた目黒の唇が触れた瞬間、身体中にピリッと電流のような感覚が走る。やがて口の中に流れ込んできたワインを、阿部は目黒の舌とともに啜り、味わった。フルーティで少し渋みがあるその味。うまく飲み込めなかった分が、阿部の首筋にとろりと赤く流れていった。
「んぅ…」
くぐもった声をあげながら、目黒の首に腕を回す。零れたワインの跡を辿るような手付きで目黒に首筋を撫でられると、たちまち背筋がゾクゾクして阿部は小さく身悶えてしまった。
「ん、めめ…」
彼のキスは、どうしてこうも気持ちがいいんだろう。
愛が深ければその分、快感はますものだけれど、これは恋する気持ちのせいだけではないということを阿部は随分と前から感じているのだった。こんなにキスが上手いなんて、同じ男として羨ましかったし、また目黒の恋人として、このキスを知っている…はたまたこのキスを作り上げてきた全ての相手に嫉妬してしまいそうだった。
いつだって激しく求めてくるのに、どこか甘くて、滑らかで、柔らかい目黒のキス。まるで、溶けるような甘いお菓子を口にしてるみたいだ。
「あっ」
いつの間にかラグの上に押し倒され、Tシャツの裾から手を入れられようとしていたところで、阿部は急に冷蔵庫の中身のことを思い出した。キスの感触に思いを巡らせていたせいだった。
快感がもたらす声とは様子の違う阿部の反応に身体を起こした目黒の腕の中から這い出て、ぱたぱたと冷蔵庫へ向かう。阿部は中から柔らかな淡黄色の詰まった透明なカップとスプーンを片手に目黒の元へと戻り、にっこり笑った。
「めめ、プリン! 今日までだった」
現場で頂いた美味しいお店のやつ。並んでてなかなか買えないんだよね、これ。そんなことを言いながら蓋を剥がして、バニラのいい香りのするプリンを一匙掬い取る。
「めめも食べる?」
と、首を傾げると、呆れ顔の目黒は首を振って深々とため息をついてみせた。
「ねえ阿部ちゃん、俺は今阿部ちゃんを食べようとしてたんだけど」
「っ、それ、昨日も食べたじゃん」
「毎日食べたっていいだろ?」
「明日、仕事だよ」
「今日だって仕事だったでしょ」
もう一つ、短い溜息をついて目黒が言う。急に流れを止められた彼は、本気半分冗談半分に怒った表情をその端正な顔に貼り付けていた。
「それ食べ終わったら、俺の番だから。おとなしく食べられてね?」
目黒が阿部の口の端についたプリンをとり、指先を自分の口へと運びながら続けて言うと、阿部は頬を赤く染めて、プリンを飲み込みながら逡巡するように視線を泳がせた。
「…ん、でも」
おとなしくなんて無理だよ、俺、声出ちゃうもん。スプーンをくわえたままで阿部が肩を竦めて笑うと、目黒は思わずフリーズした。目を丸くして、面食らったような様子で二の句もつげないまま阿部を見つめてしまう。
「…本当に、阿部ちゃんには敵わない」
たまらなくなって、阿部の手からあと少しで食べ終わるというプリンを奪うと、目黒はそのまま阿部の身体を抱え上げた。阿部がうわっと大げさな声を上げているが、もうそんなのはお構いなしだった。
今のは、どう考えたって阿部の方が悪い。
「めめ! まだ食べ終わってないのに!」
「時間切れだよ」
そんなに食べたいなら、今度買ってきてあげる。頬に口付けながらそう言って、寝室のドアを開く。すぐに腕の中でおとなしくなった阿部をベッドへと横たえながら、赤くなったその頬の両側に腕をつき、目黒は自分の下唇をぺろりと舐めてみせた。
「じゃ遠慮なく、いただきます」
今夜も寝室の大きな窓からはキレイな色の月が二人を見下ろしていた。
コメント
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あーーすき🖤💚最高ですまじで!!!
おかえりなさい😊タイ旅行、いいですね! そしてこの2人も安定のラブラブ甘々イチャイチャぶりでとても可愛いです🖤💚 せっかくプリンから奪ったのに、このあとの最初のキスはプリンの味するんだろうなぁ…🤭
しばらくタイに遊びに行ってました🤭旅行中はスマホなかなかさわれないものですね〜 スノ絡みの撮影場所に行きたいと思いながら、結局こーじくんが最近行ってたチョコレート屋さんしか行けなかった…🥲 今は浴びるようにめめあべ摂取したくてたまらないです🥹😂 また大好きなフォロワさんのお話を読みに行きたいと思います🥰