コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おい、神津!」
「何ぃ? 春ちゃん。とわ君なら帰ったけど」
全く、春ちゃんが機嫌悪くするから。などと、神津は呆れたように言うが、今はそれどころではない。
「おらっ、スマホ貸せ!」
「うわっ、ちょっと何春ちゃん」
そう言って神津のスマホを奪って見れば、やはり、神津が見ていたのもあのネットの記事だった。
内容は、神津と俺の関係について。そして、俺が神津の恋人だの、神津を誑かしたとか、ホモとかなんとか。他にも色々書かれているようだったが、兎に角神津を擁護し、俺を中傷する内容がそこには沢山書かれていた。別にそこまで仲良くしているのを外で見せているわけじゃないし、寧ろ俺がそういうのを嫌うタイプだから神津も極力人目のつかないところでそういうことはやるし。だから、この記事はでたらめか、妄想、若しくはストーカーをして書いたものだと思われる。大半がでたらめと妄想だろうが。
「あ、バレちゃった?」
「バレちゃったじゃねえよ。お前は良いのかよ」
「春ちゃんって、ネットニュースとかSNSとか見ないタイプだと思ってたからバレると思わなかったんだよね。ほら、情報収集とかはテレビや新聞が多いじゃん。アナログ人間」
そんなことをヘラヘラとした顔で言いつつ、神津は論点をずらそうとしていた。
俺がネットに疎いのは認めるが、テレビや新聞を見るのはネットよりも情報が確かだからだ。勿論虚偽や主観的意見もはいっているが。
「論点をずらすな。お前は知ってたんだろ」
「勿論。僕も別にSNSとか好きじゃないし、二年前から本垢は更新していないしマネージャーに任せてたりもするけど、何か最近元マネージャーから連絡が来るなーと思ってみたら、これだよ」
と、神津は呆れたようにため息をついた。神津の顔は、疲れ切っているようにも思え、このようなことを一度や二度体験したとは言えないぐらい多く経験しているのではないかと俺は感じた。
だが、ここまで騒がれることなのだろうかと思った。
プロだったとは言え、それは2年前のことだし、自由恋愛が認められつつある社会で同性愛を否定するような書き込み、それは良くないが目を瞑って良いとしても、どうにも皆がよってたかって俺を叩いているという感じには思えなかった。記事や、それ関連の話題を遡ってみれば似たような文面、言い回しが使われており、その癖がはっきり出ているようにも感じた。ただの字の羅列からも感じる悪意というか嫉妬。
「実は、ピアノを辞めた理由もう一つあってね。すっごいストーカー被害に遭ってて、迷惑メールに手紙、後を付けられたり何てこと一度や二度じゃなかった。何処に公演に行ってもついてくるし。まあ、ファンだからそれぐらいするんだろうけど、それが度を超えすぎているって言うか」
神津はそう軽そうに語るが、未だにそれが続いているというような口ぶりに俺は言葉が出てこなかった。
神津は確かにピアニストとして名を馳せたが、それでもまだまだ若い。俺の為の音だと言ってくれているのに、神津の話を聞けばそのストーカーは「自分のために神津が演奏してくれている。私の音」と手紙を送ってきたらしく、それが少しトラウマになっているようだ。嫌気もさして当然だと思う。
「あの頃はプロとして自覚はあったし、あまりそういうトラブルを起こしたくなかったって言うか、警察に突き出すのもあれかなーって思って。その外国人のファンじゃなくて、日本人のファンだったし。海外での公演中はどうにも訴えられなかったって言うか……はあ、どうやって嗅ぎつけたんだか」
「被害届出さないのか?」
「うーん、面倒くさいし」
と、神津はかわいこぶって言う。笑えねえと思いつつ、厄介なファンもいるもんだなあと俺は少し気味が悪くなった。
その人を好きだと追いかけたい気持ちも、その好きを伝えたい気持ちも分かるが、度を超えすぎるとかえってその人の迷惑になると言うことが分からないのだろうか。盲目的愛とでもいうのか。
神津は、「兎も角」と俺の方を見て、俺が取り上げたスマホを目にもとまらぬ早さで奪い返すと電源を落とす。
「春ちゃんはこんなの見なくていいから」
「いや、でもお前が……」
「これは、僕の問題……って言いたいところだけど、春ちゃんにも飛び火いってるぅ」
そう神津は嘘泣きをする。
それでも、罪悪感はあるようで俺にこれ以上関わって欲しくない、自分で解決するという意思が見られた。
だが、これは神津一人では解決できないだろうと思う。現に、そのストーカーが何をしてくるか分からないし、あの場にいたということなのだろうから。もしかすると、この事務所も既に把握しているのかも知れない。
「飛び火いってると思ってんなら、俺の事頼れよ」
「何でよ、春ちゃん被害者じゃん」
「被害者はお前だろ……ったく」
俺がそう言っても神津は折れない。意地っ張りな奴め。
仕方がない。ここは俺が一肌脱ぐしかないか。
神津は俺が助けると言ったところで、多分首を縦には振らないだろう。だが、恋人が困っているんだ、何とかしてやりたい。それに、このままじゃ俺の名も傷つく。
「頼れっての。お前は俺の恋人だろ? 恋人のこと信頼して頼れよ」
「何それ、頼もしすぎない?」
「馬鹿にしてんのか」
してない、してない。と神津は笑いながら首を横に振った。
本気にしてないなあと思いつつも、俺は神津の額を指で弾いた。
「俺に依頼しろよ。まあ、高くつくけどな」