「思ったけど、夫婦でお金の貸し借りしてもそれって共有財産だからあまり変わらなくない?」
「つか、夫婦じゃねえし」
「確かに、まだプロポーズはしてないね」
そう言いながら、神津は可笑しそうに笑っていた。まあ、それだけ笑える余裕があるならいいかと、俺は思いつつ、神津にこれまで受けた被害についての情報や資料をもらった。
それは、俺が想像していた何百倍も重い内容で、本当に警察に突き出すレベルのものだった。
血で書かれた手紙もあれば、爪が貼り付けてある手紙、ブロックする前に送られてきたメールの量など明らかに尋常じゃなかった。
「うわっ……お前、よくこんなの耐えれたな」
「うーん、まあ他人事って思ってたかな」
「自分の事なのにか?」
「だから、僕、春ちゃんしか眼中にないから」
「お前のその容姿とスペックじゃ、世の中の女が泣くな。俺どれだけ刺されれば済むって話だし」
そんな軽口を叩いている場合ではないのだが、軽口の一つや二つ叩かないとやってられないというものだ。
しかし、これでますます放っておくわけにはいかないと思った。
神津は軽くいうが、というかこの間聞いた神津の空白の10年間の事を思い返せば、あの10年頭の中は俺ばっかりだっただろうし、今もだろうけれど、このストーカーの存在など気にならなかったのかも知れない。他にもストーカーをする奴は何人かいたようだが、その中でも此奴の存在だけは強く残っていたらしい。俺の次に、ストーカーが記憶に残っているって言うのも何だかなと思う。
そして、このストーカーは異常だ。ここまで来ると犯罪行為にまで及ぶ可能性もある。神津の居場所を突き止めれば凸りに来るかも知れないし、またあの手紙を送り付けに来るかも知れない。俺たちの平穏のため、早めに捕まえる必要がある。
「春ちゃん無理しないでね」
「はあ? 無理なんてしてねえし、しねえよ。お前のためだし」
「きゃっ、春ちゃん男前」
「ほんと、お前つくづく俺の事馬鹿にするよな」
呆れてため息をつく。それでも、神津は笑うだけだった。
当の被害者がこんなにゆるくて良いのかと心配になる。まあ、心配するべきは自分の身かも知れないが。
(あの記事見てると、マジで俺が刺されるんじゃないかってゾッとするな……すげえ殺意だったし)
後ろから刺されないように用心しようと俺は心に決め、こうして、神津のストーカー対策が始まった――――のだが……
「あちゃー一足遅かったか」
「何だこの量!? 全部、手紙か!?」
マンションのしたの郵便受を一応確認しようと思い降りたところ、既に溢れんばかりの手紙がそこに押し込められていた。
神津は、またか。といった感じだったが、実物を見ると本当にゾッとする。事務所に戻って中身を確認すれば全て便せんにびっしりと文字が書かれている。それはもはや、脅迫文だ。
「ほんと暇なのかなー」
「お前なあ……メンタル凄えな」
隣で、読むの飽きたと椅子の上であぐらをかき左右に身体を揺らしている神津を見て、俺は苦笑いをすら出来なかった。
俺ならこんなもん自分に送られてきたらと思うと、吐く。
「まあ、今メンタルが安定しているのは春ちゃんがいるからかなあ」
「……あっそ」
相変わらず歯がゆくなるこというなあと俺は神津に背を向けつつ手紙を読み込む。読み込むに値しない狂気的な文章に吐き気さえ覚えた。
(好きな相手に迷惑掛けるって、そりゃ独りよがりだろ)
俺は、神津の方へ視線を向ける。すると、神津は俺をジト目で見ていた。
「んだよ……」
「ありがとね、春ちゃん」
「何が」
「僕の為に一生懸命になってくれて。僕すっごく嬉しいし、幸せ」
そう言った神津の顔は言葉通り幸せそうだった。
こちとら、狂気的な文章を事件を取り扱っているっていうのに、どうにもその笑顔を見ると和んでしまう。それでも、素直にそうだな。とは言えないので、俺は顔を逸らす。
「勝手にいってろ」
「うん、ありがとう。春ちゃん」
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