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茉鈴の簪
・・・・・・・・・・
「はい、あー、と声を出して」
『あーー』
上弦の伍との戦闘の後、蝶屋敷で治療を受けていた茉鈴。順調に回復し、今日は退院前の診察を受けていた。
「うん、酷かった喉の腫れも引きましたね。血液検査も問題ないし、明日退院で大丈夫でしょう」
『ありがとうございます、しのぶ様』
診察室を出て、自分の病室に戻る。もう絶対安静の隔離患者ではないので複数人いる大部屋でもよかったのだが、ここに来た時のまま個室を使わせてもらっていた。
病室に戻り、軽くストレッチを行う。身体がなまってしまった感覚だ。早く取り戻さなければならない。
コンコンコン
誰かが扉をノックした。
『はい』
「よお、具合はどうだ?」
部屋に入ってきたのは、同じ隠として鬼殺隊に勤める後藤だった。
『大分いいですよ。本調子に戻るまではまだ少し時間が掛かりそうですけどね』
「そうか。まあぼちぼちな。あ、これ。好きだったろ?」
『わあ!カステラ!ありがとうございます』
ベッドに腰掛け、差し出された見舞いの品を嬉しそうに口に運ぶ茉鈴。
こうしていると、どこにでもいるような普通の女の子の彼女を眺めながらしみじみと後藤が口を開いた。
「ほんと、お前すげえよ。もう前線から退いてるのに上弦の鬼と戦って五体満足で生きてられるし。しかもたった1人で夜明けまで持ち堪えて」
『でも結局逃げられちゃいました』
「仕方ねえよ。命があってよかった。あの日お前の戦いっぷりを見てた奴らも本当にお前に感謝してたぜ」
『そうなんですか。皆さんが無事でよかった』
にこっと無邪気に笑う茉鈴。
普段は覆面をしている為、素顔を知られていなかった彼女。蝶屋敷で同じく療養中の隊士たちや、健康診断でそこを訪れた隊士たちが誰だ誰だと大騒ぎするのも無理もない程に、茉鈴は美しい娘に成長していた。
『あー美味しかった!後藤さんありがとうございました』
「そんな嬉しそうに食べてくれると、持ってきた甲斐があったな。また霞柱邸に届けるからみんなで食えよ」
『はい!』
じゃあな、と言って後藤が退室した。
食べてすぐなので、ストレッチはまた後から行うことにして、茉鈴はベッド脇の机に置かれた簪を手に取る。
有一郎と無一郎にもらった蜻蛉玉の大切な簪。有一郎が亡くなったことを知り悲しくて仕方ない時も、無一郎に自分を覚えていてもらえず寂しい思いでいっぱいになった時も、これをぎゅっと胸に抱けば心を落ち着かせることができた。
コンコンコン
次は誰だろうか。
『どうぞ』
ガララ
「茉鈴」
無一郎だった。蝶屋敷に入院してから約3週間。任務で来られない日以外は見舞いに来てくれていた彼。
『時透様。お忙しいのにいつも来てくださってありがとうございます』
「ううん。僕がそうしたくてしてるだけだから」
茉鈴が座ったその隣に腰掛ける無一郎。
「それ、簪?」
『はい。私の宝物なんです』
「そう。ちょっと見ていい?」
『いいですよ』
簪を手渡す。
「…綺麗だね。鮮やかな青に明るい黄色の向日葵がよく映えてる」
『はい。お守り代わりにいつも髪に着けていたんです。今はベッドで横になって過ごすことが多いので外していますが』
「そうなんだ。この細い棒でどうやって髪をまとめるの?」
『やってみましょうか』
「うん」
茉鈴が少し体勢を変え、無一郎の髪に触れる。
「え、僕の髪にするの?」
『あら、違いましたか?すみません』
「茉鈴の髪でやって見せてくれるのかと思ったけど、まあいいや。僕のでやってみて」
『はい』
無一郎の髪に茉鈴が軽く手櫛を通し、毛束をまとめる。
それを数回捻られ、巻きつけられる感覚。髪が持ち上がる。
『できました。鏡どうぞ』
「早いね。……!すごい、ちゃんと留まってる」
無一郎が目を見開いて手鏡を覗く。
「今度は茉鈴の髪でやって見せて。どうなってるか見たい」
『分かりました』
茉鈴が無一郎に背中を向けて、毛先が少しカールした黒髪をまとめて捻り、そこに簪を刺して数回巻きつける。簪を起こすように角度を変え、ぎゅっと髪に押し込んだ。
『できました』
茉鈴が振り返る。
どくんっ
同じような光景が突然頭の中に蘇り、無一郎の心臓が大きく脈打った。顔がはっきり見えない少女が、今の茉鈴と同じようにして簪で髪をまとめる光景。
『…時透様?』
目を見開いて固まる無一郎を、茉鈴が不思議そうに見つめる。
「…あ、ごめん。何でもない。……すごいね」
慌てて目を逸らす無一郎。
何だろう……。今の光景を、僕は知ってる気がする。でもいつ見たものなのか、ほんとに見たことあるものなのかも分からない……。
簪を外して髪を解く茉鈴。柔らかな黒い髪がふわりと下りてくる。
「…見せてくれてありがと。……宝物って言ってたけど、誰かからの贈り物?」
『そう、ですね……。とても大切な人たちからもらったものなんです。嬉しい時もつらい時も、ずっと一緒で』
……“大切な人”………。
愛おしそうに簪を見つめる茉鈴。それを見て無一郎の胸がちくりと痛んだ。
……?
何だろう、この感じ。もやもやする。
自ら僕の専属の隠になってくれた茉鈴にも、“大切な人”がいる。その人がくれた簪をいつも身に着けている彼女。
その相手は誰?どんな男性(ひと)なの?
得体の知れない寂しさと、そんな大事なものを躊躇なく自分の髪にも使ってくれた嬉しさが無一郎の胸の中でごちゃ混ぜになった。
『あ、そうそう。時透様、私、明日退院になりました。またお屋敷でお世話になります』
「!そうなんだ。よかった。じゃあ明日迎えに来るね」
『そんな、いいですよ。荷物も少ないですし、時透様はゆっくりなさっててください』
「ううん、迎えに来る。一緒に屋敷に帰ろ」
あまりにも無一郎が食い下がるので、大人しく従うことにした茉鈴。
『…分かりました。ありがとうございます。でも無理はしないでくださいね?』
「うん、大丈夫。……じゃあ、僕はそろそろ警備に行くね 」
『はい。お忙しい中ありがとうございました 』
扉に向かう無一郎を茉鈴も一緒に行って見送る。
そこで無一郎がくるりと向き直り、茉鈴をぎゅっと抱き締めた。
『?…時透様?』
「………………。また明日ね」
『はい。お気をつけて』
「うん」
茉鈴も無一郎を抱き締め返す。
無一郎は軽く微笑んで、茉鈴の病室を後にした。
続く