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「ん…ぁつ…。」
喉が渇いて、暑くて目を覚ました。汗をたくさんかいているみたいで、体が水を浴びたみたいにびしょびしょだった。目の前には小さく息をしながら寝ているりょうたがいた。
こいつはそんなに俺の手が好きなのか、寝ている時でも俺の人差し指を握っていた。
起きてる時は食べてくるし、寝てる時もぎゅっと握って離そうとしなかった。
「へんなやつ」
小さい声で言ってみたけど、なんだかぴったりした言葉じゃなくて、もう一度りょうたが起きないように小さい声で「かわいい」と言ってみると、「うん、これだ」と思えた。
へんなやつだけど、かわいい。
さっきまでここにいたふっかとさくまとひかるが見当たらなかったから、まだ待ってようと思って、ずっとりょうたを見ていたら、誰かがこっちにくる音が聞こえてきた。
りょうたと指は繋いだまま、起き上がってみたら、ふっかが来た。
「おぉ、起きた?そろそろ親父が帰ってくるから、お出迎え行こっか。」
「おでむかえ?」
「うん、親父におかえりって言うの。家に誰かが帰ってきた時は、「おかえり」って言ってあげるの。反対に、翔太がこの家に帰ってきた時は「ただいま」ってみんなに言ってあげて。」
「わかった。」
「うんうん、素直でよろしい。じゃあ、行こっか」
りょうたはまだ、俺の人差し指を握って寝ていた。一度その手から指を抜いて、寝たままのりょうたを抱っこしてから、ふっかの後をついていった。
力が抜けたりょうたの足は、俺が歩くたびにぷらぷらと揺れていた。
めぐろとこの家に入ってきた時にくぐったところに行くと、みんながそこに並んでいた。門までの道を囲むみたいに、向かい合って立っていた。
俺はりょうたを抱っこしながら、みんなが立っているところの最後に立ってみた。
みんな何も喋らなかったから、俺も静かにしていた。
そのまま待っていたら、黒い車が来て、中から男の人が出てきた。
多分この人がりょうたの父親なんだろうな、と思った。
その人がみんなの前に立った時、ふっかが大きな声を出した。
「親父」
その声の後に、みんなも大きな声を出して、体を低く曲げた。
「「「おかえりなさいやせ!!!」」」
その人は「うん」と言って、みんなが囲む道を歩いていった。
なんだか、顔がきりっとしてて、眉毛をぎゅーっとシワだらけにしてて、強そうに見えた。でも、その人が、靴を脱いでこっちにくるっと体の向きを変えたとき、その人の顔は全然違う顔になっていた。
「みんな久しぶり!元気にしてた?みんなに会いたくて、ちょっと早めに帰ってきちゃった!」
想像してた組長は、ムキムキで強そうな感じだったけど、今俺の目の前には、ニコニコしてて全然怖くなさそうなやつが立っていた。
「へい、全員変わりなく。」
ふっかがその人に返事をすると、「うんうん、よかったよかった。」と、またニコニコして「夜ご飯の時間までは自由に過ごしてていいからね。」と言った。
その人の言葉に、みんなは「へい!」と返事をして、ふっかだけが、その人が部屋に入っていくのについて行った。
出迎えを受けた後、宮舘組の総大将は自室に入ると、身に纏っていた黒いスーツを脱ぎ、ゆとりのある着流しを羽織りながら、側に控えていた深澤に問い掛けた。
「辰哉くん、みんなはどう?きっと僕には気を遣って話せないことばかりじゃないかなって思うから、なにか気になることがあれば教えて欲しいな。」
「いえ、みんな毎日楽しそうに働いてくれてます。それに昨日から仲間入りした奴もいるんで、余計賑やかになりましたよ。」
「そっか。それなら良かった。あの子、さっきちらっと見た子、優しそうな顔をしてたね。どこか寂しそうでもあったけど」
「へい、親父。そのことで伝えておきたいことがあるんですが…」
「うんうん、どうしたの?」
「実は、あいつ、親から虐待されてたみたいで…」
「そうだったの…それは、きっと僕が想像できないくらい辛いことなんだろうな。あんな小さい子なのに…。僕が帰ってくることでなにか苦しい思いをしてないといいんだけど。」
「そこについても、あいつあんまり自分の話をしないんで未知数なんですが、ひとまず坊ちゃんに「よかったな」と言うくらいには悟ってるみたいですね」
「そっか、、なんだか寂しいね。きっと僕だったら羨んでしまうと思うから。「僕のお父さんは帰ってこないのに」って」
「照もそう言ってました。」
「照くんならきっとそう言うだろうね。あの子もたくさん辛かっただろうから…。その子、名前はなんていうの?」
「渡辺翔太といいます」
「翔太くんか。いい名前だね。ちょっと、その子呼んでもらえるかな?涼太も一緒に。三人で話したい」
「へい。失礼します。」
「辰哉くん、いつもありがとう」
「いえ。俺が好きでやってることですから。」
深澤は、自身の上司に頭を下げ、彼が脱いだスーツを持って部屋を後にした。
「しょうたー、ちょっと来てくれる?」
「なに?」
ずっと寝ているりょうたを見ていたら、ふっかに呼ばれたから、近くに寄ってみると、
「親父が翔太と話したいって、坊と一緒に来てくれる?」と言った。
「わかった」と返事をして、寝ているりょうたを抱っこして、ふっかについて行った。
「親父中にいるからね」と言ってふっかは板を横に動かして、中に入るように俺に言った。
なんの話だろうと思いながら中に入ると、さっきと同じニコニコした顔のあの人が部屋の真ん中に座っていた。
「こんにちは、翔太くん。初めまして」
そう話しかけられたけど、なんて返したらいいかわからなくて、「うん」とだけ言った。
「辰哉くんから涼太のお世話をしてくれる子が一緒に住むことになったって聞いて、君に会いたくてちょっとだけ帰ってきちゃったんだ。」
「そうなんだ」
「涼太のこと、守ってくれてありがとうね。この通り、僕はなかなか涼太のそばにいてあげられないから、君が来てくれて本当に良かったって思ってるよ。今日はそのお礼を言いたかったんだ。翔太くん、ありがとう。」
「別に。そんなにえらいことしてない」
「君がそう思っていなくても、僕は本当にありがたいと思ってるよ。これからも涼太のこと、よろしくね。」
「うん、りょうたのこと守る。俺、喧嘩だけは強い。」
「それは頼もしいなぁ」
りょうたの父親はずっと笑っていた。
俺の家にいたあいつはこんな顔しなかったから、こういう父親もいるんだなと思った。
こうじもあべちゃんも、くみちょうも、俺がいてくれて良かった、俺がいるからって言ってた。そうやって言われると、なんでか心があったかくなって、体がかゆくなった。
その後も、くみちょうとずっと話していたら、りょうたが「ぅみゅ」と声を出した。
やっと起きたみたいで、「りょうた、起きたよ」と、くみちょうに教えた。
そしたら、くみちょうはさっきよりももっとニコニコして、俺たちに近付いてきた。
「りょうたぁぁぁッ!久しぶり!大きくなったね!」
そう言ってりょうたを抱っこした。俺の腕の中から離れたりょうたは顔をぐちゃぐちゃにして、「ふぇ…っ、ぇぐ…」と小さく息をしてから大声で叫んだ。
「ひぎゃぁあああぁぁッ!!んぎゃぁぁぁぁぁッ!!!!」
「えぇっ、、りょうたぁ…ぱぱだよ…?」
「んやぁぁああああぁ!」
りょうたは、くみちょうから逃げるみたいに暴れていた。
腹減ってんのかな?
りょうたに近付いて、「りょうた、はらへったのか?」と聞いてみたら、「んぶ、、ぁむ、やぅ…」と言った。
りょうたが言ってることはよくわからなかったけど、今日は朝にご飯を食べたあとなにも食べてないから、腹が減ったんだろうと思って「みるく作ってくる」と言ってから、だいどころに向かった。
組長の部屋に戻ったら、組長が寝っ転がって暴れているりょうたに何かしていた。りょうたはずっと叫んでいたけど、それでも、くみちょうはニコニコしていた。
「なにしてんの?」
「涼太のオムツ変えてるんだよ。」
「おむつ?」
「うん、涼太はまだ一人でトイレには行けないから、こうやって変えてあげるの」
「わかった。今度から俺もやる。いつやったらいいの?」
「触ってみて、濡れてたり湿ってたりしたら変えてあげて」
「わかった。」
「はい、終わり。じゃあ、涼太のご飯は翔太くんにお願いしようかな。」
「いいよ。」
俺はめぐろに教わったいつも通りにみるくをあげて、中身が空になったあとは、背中をトントン叩いた。
「翔太くん、上手だね」
「めぐろに教わった」
「そっか、蓮くんに。あとでお礼言わないと」
「ぅぐ、ぁう!」
「ふふ、涼太、よかったね。いいお兄ちゃんができて」
「んみゃ!」
「涼太が初めて会う子にここまで懐くなんて珍しい。大介くんは未だに泣かれちゃうってよく話を聞いてるから。僕もなかなか会えなくて、きっとまだ顔覚えてもらえてないんだ。だから、きっと、涼太と翔太くんが出会ったのは運命なんだろうね。」
「うんめい?」
「うん、君が産まれて、こうして涼太に出逢ってくれたから、涼太もすごく楽しそうだよ。ありがとう。」
産まれてきたことをありがとうと言われたのは初めてだった。
また心が熱くなった。
今日、夢に見た母親の言葉が頭に浮かぶ。
ーー「あんたなんか産まなきゃよかった」
でも、目の前のくみちょうも、こうじも、あべちゃんも、俺がいることを邪魔に思ったり、いない奴みたいにしたりしなかった。
「ありがとう」なんて初めて言われた。
言葉の意味はあんまりわからないけど、きっとそれは、俺がここにいてもいいって言ってることと同じなんだろうと思った。
おはようとか、おかえりとただいまとか、そういう言葉みたいに「ありがとう」って言われた時にもなにか返す言葉があるのかもしれないけど、やっぱりなんて返事したらいいのかわからなくて、俺は、りょうたを抱っこしながら「うん」と答えた。
翔太と自身らの長が話をしている間、手持ち無沙汰になった幹部たちは居間で緊急の会議を開いていた。
深澤は、先程頭に浮かんできた心配事を全員へ投げかけた。
「親父は今日の夜、またすぐに仕事に戻る。ということで、明日から翔太の授業スタートするけど、この家ってさ、勉強道具全く無くない?」
深澤のこの純粋な疑問に反応したのは、佐久間、阿部、目黒である。
「…確かに!!この屋敷、勉強のべの字もないもんね!ウハハハハッ!!」
「今から買いに行く?ドリルとか、鉛筆とか」
「阿部ちゃんがいた方がいいんじゃない?俺らドリルとか見ても何がいいのかわかんないし」
その会話に向井も混ざった。
「せやな。でも。阿部ちゃんが買い物行くとしても、阿部ちゃんだけ行ってもらうんも、なんや申し訳ないなぁ」
「え、いいよ?俺一人で」
阿部は、何も気に留めていないといった様子で向井にそう答えたが、阿部のその声を制するように、目黒と佐久間が手を挙げた。
「いや、俺も行くよ」
「俺も俺もー!ただ最初から勉強始めるのも面白くないし、翔太の入学式もここでしようよ!」
「入学式?」
「そうそう!宮舘学園入学!つって!紙で花とか作って飾ろうよ!」
「えー!いいじゃん!楽しそう!僕、校長先生役やりたい!」
佐久間の提案にラウールは甲高い声で笑いながら賛同の意を示した。
購入するものの見当がついたところで、再度深澤は全体をまとめるために口を開いた。
「じゃあ、諸々の買い物は阿部ちゃんと目黒と佐久間にお願いするわ。よろしくー。佐久間、いつもみたいに無駄遣いすんなよ。」
「了解ピーマンでありまぁぁあす!!」
「俺が見張ってるから、任せて。行ってきます。」
阿部は言葉の通り財布の紐を固く締めながら、目黒、佐久間を引き連れ居間を後にし、買い物へ出掛けて行った。
近所の商店街を抜けて、町中にある本屋へ向か道中、うきうきと足取り軽く、歩みを進める佐久間は、唐突にくるっと振り返り、後ろ歩きの状態で阿部に話し掛けながら自身の手を阿部の方へ伸ばした。
「ねぇ、阿部ちゃん、手繋ご?」
阿部は怪訝そうな顔をしながら佐久間へ返答する。
「は?なんで?」
「いいじゃーん!仲良しこよしだよ!」
「なんかやだ。」
「えぇー!けち!ねぇ、お願いー!!」
佐久間に同調するように、横から目黒も声を上げた。
「阿部ちゃん、俺も。」
そう言われ、差し出されたままの二つの手を、阿部はまじまじと眺めながら、二人の要求にこれ以上こだわることにも疲れると言うように、諦めの感情を全面に出しながら自分の両手を佐久間と目黒へ差し出した。
「…わかったわかった。繋げばいいんでしょ、はい。」
「三人で手繋ぐとか面白いね!」
「佐久間くん、これあれだ」
「うん、多分俺も今、めめと同じこと考えてると思う」
「「阿部ちゃん」」
佐久間、目黒が同時に阿部の方を振り返ると、阿部は、二人のその動作に驚いた後、警戒するように返事をした。
「…なに?」
「「俺たち、今、デートしてるみたいだね」」
二人同時に発された言葉に、阿部は下を向きながら、いつものように悪態をついた。
しかし、その声にはいつものような勢いも激しさも無く、 阿部は必死に強がるように、小さく答えた。
「ばかじゃないの…っ」
阿部の顔は、頭の先から首元の隅々にまで血を通わせたように、真っ赤に熟れていた。
くみちょうと話していたら、部屋の外からこうじの声が聞こえてきた。
「親父、失礼すんで。そろそろご飯の時間やで」
「ありがとう康二くん。今行くね」
「おん!」
「じゃあ、行こうか翔太くん」
「うん。」
俺はくみちょうと一緒に部屋を出た。
くみちょうはみんなの話を順番に聞いていた。
「親父。この間、また仕事の依頼いただきました」
「そっか、ありがとう。照くんがみんなをまとめて、良い会社にしてくれてるから町のみんなが頼ってくれるんだね。本当に助かってるよ。」
「親父!またコレクション増えたんやで!後で見せたる!」
「ほんと?嬉しいなぁ。俺が見られなかった間の涼太の写真、楽しみにしてるね」
「親父ー!この間、俺、河川敷で野球してるちびっ子にボール渡そうと思ったら、全然違うとこに投げちゃって、ガキンチョに「下手くそ!」って言われた!にゃはははは!」
「あはははっ、大介くんの球技センスは相変わらずだね、普段はあんなに機敏に動けるのに。でも、そうやって笑って話せるのは、大介くんの優しいところだね。」
みんな、くみちょうに言いたいことを話して、くみちょうが褒めたり「ありがとう」って言ったりするたびに、嬉しそうにしていた。それを見ているうちに、なんだか、くみちょうが、りょうただけじゃ無くて、ここにいる全員の父親みたいに見えてきた。
「親父も相変わらずですね。ここに帰ってくると、途端に普通の人間に戻る。」
ふっかが言ったことに、くみちょうは笑いながら答えた。
「ははっ、僕もこんな役割、自分には向いてないなって未だに思うよ。でも、こうやって、こんな場所だけど、みんなが僕を信じて着いてきてくれるから、少しでもみんなが楽しく働けるようにって、毎日頑張るのが好きなんだ。外では怖い顔ばっかりしてて顔が疲れちゃうし、ここに帰って来れた時は本当に安心するよ」
「みんな、いつも本当にありがとう。」
くみちょうが話し終わると、みんなが同時に「へい!」と言った。
ご飯を食べ終わった後、くみちょうと一緒にりょうたが写った画面を見た。
「これは写真って言うんだよ」とくみちょうが教えてくれた。
しゃしんの中のりょうたは寝てたり、みるくを飲んでたり、立ってたり、泣いてたり、いろんな顔をしてた。
「今日撮りたてのもんや!」と言いながら、こうじが見せてくれたしゃしんには、俺も写っていた。さっき、この部屋でりょうたと寝てた時のしゃしんだった。
「わぁ、かわいい…!二人とも可愛い!これ待ち受けにしたい!!こうじくんお願いできる?」
「おん、任せとき!」
くみちょうとこうじは薄い板を触りながら何かしていた。
「できた!うん!とってもいいね!翔太くん、どうかな?」
くみちょうが薄い板を俺に見せてきた。
そこには、俺とりょうたが手を繋いで寝ているのが写っていた。りょうたはかわいいけど、俺は別に入ってなくていいんじゃないかと思った。だけど、なんて言ったらいいかわからなかったから、「わかんない。いいんじゃない?」と答えた。
「二人とも僕の大切な人だから、どっちも画面に入って良かった。」
くみちょうは、俺のことも大切だって言ってて、また心がぽかってした。
俺が大事だって初めて言われた。
くみちょうは、その後すぐに黒い服に着替えて出掛けて行った。
ずっと、「寂しいよぉ、涼太、元気で良い子にしてるんだよ」ってりょうたに言ってた。
りょうたは「ぁう!」って返事をしていた。
りょうたの父親はいい奴だと思った。
自分の子供を大事にする奴だった。それは、すごく良いことだと思ったから、俺はまたりょうたに「よかったな」と言った。
りょうたは「んまっ!」って言って、足をバタバタ動かしていた。
続
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1件
組長もいい人で翔太くん良かったね🥹🥹 続き楽しみにしてます✨✨