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夕食は私が全て準備をした。
手伝ってくれると言ってくれたが、壊れてしまった薬箱代を出してくれたり、昼食までご馳走になってしまったので、私なりにもてなしたかった。
もてなすと言っても大したことはできないが、それでも美味しいと感じてくれるよう味付けには一段と気を付けた。
夕食を作っている間は、月城さんは手紙を書いていた。本部への報告らしい。
「月城さん。お風呂が沸きましたので入ってください」
「ありがとう。いいのか、先に入っても?」
「はい、私はまだ夕食の支度がありますので。月城さんの次に入らせていただきますね」
「わかった。ありがとう」
月城さんがお風呂に入ったあと、夕食の支度を続けた。
喜んでくれるといいな、そんな期待を込めながら作った。
誰かのために作る食事、一緒に食べる食事がこんなにも楽しいことだったなんて忘れていたことだ。
その時、風呂場から
「小夜、すまない。手ぬぐいを忘れてしまった」
月城さんの声が聞こえた。
「はーい、今持って行きますね」
手ぬぐいを持ち、風呂場へ向かう。
「入りますよ」
もちろん、脱衣所に月城さんの姿はない。
「ありがとう。着物の横に置いておいてくれ」
「わかりました」
きちんと畳んである着物の横に手ぬぐいを置く。
ふと着物の上を見ると、普段月城さんが髪の毛を結っている蒼い結紐が目に入った。
昔から使っているものだろうか、ところどころほつれている。
整えたら、少しは良くなるだろうか。
実際に手に取って見てみる。
「小夜、まだそこにいるのか?」
風呂の中から月城さんの声がした。
「ごめんなさい。今、出ていきますね」
これくらいなら整えられるかも、月城さんがお風呂から出てきたら直して渡そう。
部屋にあった裁縫道具を使ってほつれているところを切る。
紐が切れそうになっているところは結ぶ。
この蒼い結紐、どこかで見たことがある気がする。
どこだろう、お店かどこかで?
いや、違う。
記憶に靄がかかったみたいに思い出せない。
「小夜、俺の髪を結ぶ紐を知らないか?」
お風呂からあがった月城さんが部屋に戻って来た。
「ほつれていたので、整えようと思って。勝手にごめんなさい。迷惑でしたか?」
「いや、迷惑なんかじゃない。ありがとう」
「とても大切なものなんだ。ずっと使っている」
そういった月城さんは、どこか悲しそうで寂しそうな顔をしていた。
ご両親の形見なのだろうか、そんなことを思った。
風呂あがりの月城さんは、髪の毛を下ろしていて、とても艶っぽい。男の人ではないみたい。
そんな顔で見られると恥ずかしいが、なんとか整えたので結紐を月城さんに渡す。
「ありがとう。綺麗になっている」
「これくらい、薬箱を直してくれた足しにもなりません」
月城さんの方に目線を向ける。
風呂あがりの下ろした髪の毛がとても綺麗で、手を伸ばして思わず触ってしまった。
「月城さん、髪の毛がすごく綺麗ですね」
何も考えず、つい触ってしまったのだが、失礼だっただろうか、月城さんと目が合う。
なぜか月城さんは驚いた顔をしていた。
髪の毛に触れるのを止めた瞬間、急に抱きしめられた。
「どうしたんですか?」
月城さんの胸の中で問いかける。
「すまない。昔のことを思い出してしまった」
苦しそうな、悲しそうな声だった。
そんな声を聞いてしまったら
「小夜……?」
私も月城さんの腰に手を回し、抱きしめ返していた。
「嫌じゃないか?」
「嫌じゃないです」
月城さんのドクンドクンという鼓動が聞こえてくる。
「ありがとう」
月城さんに抱きしめられると、ドキドキする。
でも、安心もする。
なんだろう、この気持ち。
そのあとは、いつもの月城さんだった。
私がお風呂に入ったあと、夕ご飯を食べ、一緒に過ごした。いつもより張り切って作った夕ご飯は、月城さんも喜んでくれた。
そして、時間は過ぎて寝る時間になった。
明日は往診で何件か回らなければならない。
「そろそろ寝るか?」
「はい」
敷居の隣で月城さんが寝ている。
昨日出会ったばかりなのに、そんな気がしない。
その日も私はすぐ眠ってしまった――。
・・・・・・・・
「ねえ、名前はなんて言うの?」
また夢だ。
夢の中で幼い私は、誰かに話しかけてる。
「……。そう。素敵な名前だね」
私が話しかけているのは、男の子だった。
「お父さんとお母さんが一緒に遊んでいいって。一緒に遊ぼうよ」
「……。僕と遊ぶと君も虐められるよ」
「どうして虐められるの?」
「お父さんとお母さんに捨てられた子だから」
「そんな理由で虐めてくる子たちなんて、私が怒ってあげる」
私は自分の小指を男の子の前に突き出した。
「私があなたを守ってあげる、約束する」
男の子は困惑している。
「僕は……。僕が大人になったら絶対に君を守るよ、約束する」
二人は指切りを交わした。
・・・・・・・・
そこで夢が覚めた。
二日間続けて夢を見るなんて珍しい、そう思った。
でもあれは夢なんかじゃない、少しずつ思い出してきた。あれは昔の私の実際の記憶だ。
昨日の夢も昔の記憶。
あの男の子は元気だろうか、その後どうなったのか思い出せないでいると
「起きたか?」
月城さんに話しかけられた。
「あ、はい。おはようございます」
月城さんは隊服に着替えていた。
「今日も私、そんなに寝ていました?」
「いや、俺が早起きなだけだ」
「ごめんなさい。今から顔を洗って、朝ご飯の準備をしますね」
急いで支度をしようとすると
「朝食の下準備はしたからゆっくりで大丈夫だ」
私の動きがピタっと止まる。
それじゃあ、昨日と同じだ。
「月城さん、私のこと甘やかしすぎじゃありませんか?家事は私がするって言っているのに」
ちょっと膨れてみせると
「そんなことはない。俺の勝手で動いているだけだから」
「ありがとうございます。支度をしてきます」
パタパタと廊下を走る私。
この時私は、本部から届いた手紙を月城さんが読んでいることをまだ知らなかった。
一緒に朝食を食べて、その後往診に向かう。
「今日は、何件行くんだ?」
もちろん月城さんも一緒だ。
「今日は三件です。この人たちが落ち着いたら、私はここを離れて月城さんたちのところへ行きます」
「わかった」
「月城さん、私の荷物まで持ってくれなくても大丈夫ですよ?」
薬箱はまだ修理中のため、変わりのもので代用をした。症状によってはその場で薬を調合しなければならないため、道具などでかなりの重さになる。
通常は一人で往診に回っている。
往診に回ると荷物の重さで疲れて動けなくなることもあった。
「小夜は、まだ転んだ時の傷が痛むだろう。そのくらい知っている」
言わなかったが、あの日の傷がまだ癒えていない。立ち上がりなどで痛む時もあった。
月城さんには、全てお見通しなのかな。