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第13話「夏野菜のせわ」
朝が、少しずつ色を失っていた。
木々の隙間から光が差し込むものの、それはどこか冷たくて、目を細めないと見えなかった。
ナギは、畑の縁にしゃがみ込んでいた。
ミント色のTシャツは、すでに汚れていて、草の青さが少しこびりついていた。
髪はくしゃくしゃに乱れて、額に汗がにじんでいる。
隣ではユキコがしゃがんでいた。
今日も、薄いクリーム色のワンピース。
ただ、それに無理に手袋をつけている姿が、どこか不自然に見えた。
手袋はすぐに脱ぎたくなりそうなのに、ユキコはそのままで作業していた。
「どうして、こんなに育たないのかな」
ナギがつぶやいたのは、畑に植えたトマトのことだった。
周りの草に負けて、トマトはしおれて、少しだけ黄色くなっていた。
「うーん、わからないけど。これ、育てるの大変だね」
ユキコはあくびをしながら答えた。
その顔は、眠っているように見えた。けれど、目を開けると、ぼんやりと輝くようだった。
「手入れをしなきゃダメだよね」
ナギが言うと、ユキコはうなずいた。
「うん。でもね、この畑は、どんなに手をかけても、すぐに止まっちゃうんだよ」
ユキコの目は、どこか遠くを見ている。
その視線の先にあるのは──トマトではなく、畑のさらに奥、すこし濁った空気の中に何かが浮いているようだった。
「止まっちゃう?」
ナギは顔を上げる。
「うん。たとえば、昨日、あの場所にあったトマトが、今日はほとんど動かないんだよ。たくさん手をかけても、それは進まないっていうか……」
ユキコは言葉を途切れさせて、畑の隅に目を向けた。
そこには、細い苗が数本、黄色く枯れた葉を垂れ下げていた。
「これも、もう終わりかもしれないね」
ユキコの声が、空気の中にすっと溶けた。
ナギは、自分の手のひらを見つめる。
その手のひらに、何かをしっかり握りしめることができるのか──そんな感覚が、急に押し寄せてきた。
「ユキコ、わたし、これを育てられるのかな」
「うん、育てるよ。だって、育たないわけじゃないもの」
ユキコは静かに答えた。けれどその言葉には、何かを含んでいるようだった。
手を休めた後、ナギは少し立ち上がり、トマトを見つめていた。
その赤い実が、ほんの少しだけ膨らんでいるのを見たとき──その一瞬だけ、空気が変わった気がした。
でもすぐに、風が吹いた。
その風は、どこから来たのか分からない。
まるで、時間を追い越すように。
ユキコがそのまま笑った。
「この世界はね、終わりが見えないから、育つことが難しいんだよ」
ナギはその言葉を、どう受け取ればいいのか、分からなかった。