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「ほう・・・それで車が故障したんですな」
「そうなんです、中国でも運転し慣れた自分の車がいいと思って空輸したんですけど、いやぁ~・・思っていたよりこの辺は道路が舗装されていなくて・・・ジープでもレンタルしようかなと思っていた矢先にこんな事になって・・・」
「そういうことなら、あなたは私のお客様ということですな、この家には電話はないですが、無線がありますよ明日車の修理屋に連絡を入れましょう、奥さんに連絡されたいのなら、明日、私の弟子のハオが車でやってきますので、ふもとの村に行けば電話がありますよ」
「いえ・・・俺の身を案じてくれるカミさんなどいませんよ」
隆二は苦笑して言った
「ご家族は?」
宗次郎の質問に隆二は肩をすくめた
「遠くにいる家族に連絡しても、俺が車を修理して帰国した方が早いですよ、心配をかけるだけですしね、なんとか修理してもらって・・・まぁ、2~3日はホテルにでも泊まって・・・」
「それなら、車が治るまで家に泊まるといいわ!」
その声は部屋の隅から響いてきた、振り返るとそこにはトレーを持ったリーファンが立っていた、彼女は軽やかな足取りで近づき、囲炉裏のそばに置かれた低い木のテーブルにトレーを置いた
トレーには素朴な陶器の急須と二つの茶杯が載っている、彼女は慣れた手つきで急須からお茶を注ぎ始めた、中国式の茶道を思わせるその仕草は、どこか厳かで、しかし親しみやすい雰囲気を漂わせていた
まず宗次郎の前に茶杯を置き、両手で丁寧に差し出す、次に隆二の前に茶杯を置き、軽く微笑んだ
湯気が立ち上るお茶は、武夷山名産の岩茶だろうか、ほのかに甘く、土のような香りが部屋に広がった。リーファンの指先が茶杯に触れるたび、彼女の手の繊細な動きに隆二の目は引き寄せられた
「どうぞ」
小さな茶器に注がれた茶色く、ほのかに土の香りがするお茶を飲むと、体の内からエネルギーが湧いてくるようだった
「わぁ~!これうまい!コーヒーなんかよりすごい旨い!もっと下さい!」
隆二の感動したような表情にリーファンはクスクス笑った
「二階に部屋が3つもあるわ、このバカでかい丸太小屋は、私と父さんだけで使ってるの、寝室もたくさんあるから、泊まってね、食事はそんな豪華なものは出せないけど、一生懸命腕をふるうわ」
リーファンが輝く笑顔でそう言った、その瞬間、隆二の心はキュンッと縮まった
彼女の笑顔は、まるで武夷山の朝霧を突き抜ける陽光のようだった、サラサラの黒髪、ほっそりしているけど、出る所は出ていて女らしい体つき
仔猫の様な好奇心いっぱいの目で自分を見つめて来る、彼女が笑うと綺麗にそろった白い歯が見える、透明で、温かく、それでいてどこか懐かしく、生き生きと輝いている
事故の衝撃も、頭の痛みも、すべてが一瞬で遠のいた、彼女はルックスだけではない何かがあった、強力な磁石のような引力が隆二の心をかき乱していた、自分がこんな風に女の子に惹かれた事は今までなかった
隆二は思った・・・やっぱり、俺は天国に来たのかもしれない
・:.。.・:.。.
「リーファン!危ないよ!」
大きなビワの木に登っているリーファンを下から隆二が心配そうに見ている
あれから自動車修理工がやってきて、隆二のぬかるみにはまった車を牽引していった、そして隆二のレクサスのオープンカーは日本車の部品が届いて修理するまで、まる二週間はかかると言う、しかたがなく隆二は車が治るまでリーファンの家にやっかいになることにした
リーファンがひっくり返った車から隆二の鞄を救出してくれたが、時すでに遅し、彼のスマホもノートパソコンも水たまりに浸かってしまっていたがためにショートし、使い物にならなかった、なので隆二は宗次郎の弟子のハオに車でふもとまで乗せてもらって、そこから会社や家族に連絡を取った
不思議とスマホもパソコンもない生活は退屈するだろうと思っていたがそうでもなかった、それは彼女がひっきりなしに隆二のそばでおしゃべりをしているからかもしれない
いずれも車が治るまでリーファンの家で、宗次郎の好意もあって彼は長い間取っていなかった、長期休暇に入る事にした
「止めてくれ!ああっ!頼むから、落ちたらどうするんだ!」
隆二が木の下から叫ぶ、リーファンがクスクス笑って木を揺らす
クスクス・・・
「あなたって怖がりなのね!全然平気よ!美味しいビワを食べさせてあげるわ」
リーファンが木の下から隆二を見た、隆二は険しい顔をしていた、ここへきて日に焼けた肌、きれいに盛り上がった頬骨、漆黒の髪、リーファンはしばらくそのインカの神様みたいな姿を木の上から観察した
ああ・・・彼って本当にハンサムだわ・・・
その時リーファンが上っていた木からバランスを崩した
グラッ
「キャァ!」
リーファンは自分の体が背中から落ちていくのを感じた
「助けて!隆二!」
「ここにいる」
隆二は声を張りあげるでもなく、低く落ち着いた声で言うと、いつの間にかリーファンは隆二に受け止められていた
「まったく・・・このお転婆め」
リーファンの体はすっぽり優しく、強く隆二の腕の中に納まっていた
隆二は方眉を上げてリーファンを睨んだが、声は優しかった、じっと二人は見つめ合い、隆二の力強さが、リーファンの体に染み込んでいくのがわかった