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「なんか、涼ちゃん暗いな。プライベートならこんなもんなの?」
リビングのソファーでくつろいでいる若井が、ダイニングチェアに座っている僕に話しかけてくる。
僕たちの同居のために用意された部屋へ、引越しを無事に終え、それぞれの片付けがひと段落していた。
僕の心には、元貴からの答えが、この若井と僕の同居であったこと、それがずっと蟠っていた。
別に、元貴からの答えに期待していたわけではなかったのに、現実にはこんなにもショックを受けるものなのか。
そんなことを考えて黙っていると、ダイニングテーブルの正面に、若井が座った。
「マジで、なんかあった?」
「………好きな人に、振られちゃった。」
「え!!!」
若井が大きな声で驚く。
「涼ちゃん、好きな人いたの?っていうかいつ告ったの!?っていうか誰!!??」
「言いたくない。」
「えー…秘密主義…。」
若井が引いたあと、ニヤニヤと僕を見てきた。
「涼ちゃんと恋バナ、初めてだね。」
「そう、だね。そもそも僕が今までそういうのなかったからね、若井と違って。」
「やかましい!俺だってもう振られとるわ!」
そう、若井は今年に入って、長年付き合った彼女と別れたようだった。若井の落ち込みようはそれはもうすごいもので、僕たちもそうそう軽くは触れられない感じだった。
「あ、ごめん。」
「謝らないで、余計に傷つく。」
「でも、若井はすごいよね。あんなに彼女を大事にして。そもそも、好きな人と付き合える時点でもうすごい。」
「…ねー、誰なの?相手。」
「言わない。」
「言わないってことは、俺の知ってる人ってことでしょ?」
「な…!ち、違う!」
「え、絶対そうじゃん。」
「もういい、もういい!」
「元貴は知ってんの?」
若井から不意にその名前が出た瞬間、自分でもわかるほどに、顔が赤くなった。
若井が僕の顔をじっと見ている。やばい、誤魔化さないと。
「も、も、元貴…は………。」
僕の口から元貴の名前を出した途端、涙が勝手に零れ落ちた。僕は慌てて顔を隠して、自分の部屋へ逃げ込もうとした。
しかし、後ろから、若井に手を掴まれ、それが叶わなかった。
「待って涼ちゃん。」
「…。」
「…もしかして、元貴なの?」
「ち、違う…。」
「ねえ、涼ちゃん。ちゃんと答えて。元貴が好きなの?」
「やめて!」
僕は、涙で濡れた顔を若井に向けた。もう、どうしようもない、誤魔化せない。
「…ごめん、やめて…。」
「…ホントに、振られたの?」
もう、僕は観念して、若井に全て話すことにした。
「…留学に行く前に、気持ちを伝えるだけ、って思ってたんだ。応えてもらうつもりはなかった。だから、答えはいらないよ、って…。だけど、留学が無くなっちゃって…それで元貴が、僕と若井の同居を提案してきたってことは…。」
心が、締め付けられる。
「も、元貴は…僕のこと…なんとも思ってないってことだって…それが、こ、答えなんだって…。」
袖で、涙をゴシゴシと拭く。若井は、僕をじっと見つめていたが、優しくハグをしてくれた。
「ごめん、涼ちゃん。」
「…ううん、僕こそ、いきなり…ごめん。」
「でもさ、本当に元貴の答えはそうなのかな?」
「え?」
「なんか…そういう意味で元貴がこの同居を提案したとは思えないんだよな〜。」
「どういうこと?」
「だって、告る時に、答えはいらないって言ったんでしょ?」
「う、うん。」
「だったら、これは元貴にとっては別に告白の返事じゃないでしょ。ただ単に、このコロナ禍で、俺たちとスムーズに連携を取りやすい形として、同居にしたんじゃない?」
「…でも、もし若井なら、好きな人と別の人が一緒に住んでも平気?」
「ムリ。」
「ほら…。」
「あ、でもでも、その『別の人』が誰かにもよるじゃん?例えば、彼女が、女友達と同居してもなんとも思わないじゃん。」
「そう、だね。」
「だから、元貴にとっては、俺はその、気にならない方の同居人なんじゃない?」
「んー…なんかよくわかんなくなってきた。」
若井は、ずっとハグをしたまま、僕と話している。そろそろ、ちょっと恥ずかしくなってきた。すると、若井が身体を離して、僕と顔を見合わせた。
「ね、元貴にヤキモチ焼かせてみようよ。」
いたずらっ子みたいな顔で、僕に笑いかける。
「ヤキモチ?」
「誰かに取られそうになったら、急に欲しくなるヤツ、あるじゃん。ドラマとかでもさ。」
「うん?」
僕はよくわからなくて、眉根を寄せた。
「だから、俺と、涼ちゃんが、恋人のフリすんの。」
「え!!!!」
「うるさ…。」
若井は迷惑そうに耳を押さえる。
「いやいやいやいや、え?」
「フリだよ、ふーり。そしたら、元貴が焦って、涼ちゃんに告ってくるかもよ。」
若井がまたニヤニヤと笑う。
「…若井おもしろがってるでしょ。」
「うん!」
「却下。」
「なんでー!やってみよーよー!」
子どもみたいに僕の腕にしがみついて駄々をこねる若井を無視して、僕は夜ご飯の準備にかかった。
僕たちは、留学話がなくなってしまったので、元貴の提案で、三人でダンスレッスンを一から教わることになった。
「りょーちゃーん、はい、お弁当♡」
「あ、ありがとう…。」
レッスンの休憩中、これみよがしに若井が僕に話しかけてくる。今日のお昼ご飯は、若井の担当だったので、僕にもお弁当を作ってくれたみたいだった。
「…なにこれ。」
「卵焼き♡」
卵焼きが、ハートの形になっていた。若井を見ると、ウィンクまでしてくる。僕はため息をつく。
「あのさぁ…。」
そこへ、外にお昼を買いに行っていた元貴が、部屋の中へ帰ってきた。
「あ、涼ちゃん!ちょっとこっち来て!」
若井が、僕の腕を掴んで慌てて部屋から出ていく。僕も引っ張られるようにして、その後ろを歩いた。すれ違いざまに、元貴と目が合う。元貴は珍獣でも見るかのような目で僕らを一瞥したあと、昼食を取るための長机の方へと歩いて行った。
「なに?」
廊下の隅で、僕は若井に問いかける。
「あのね、もっとやる気出してくれる?」
「やる気?ダンスの?」
「ちがうわい!俺と、恋人のフリするんでしょ!?」
「しねーよ!」
「しねーの?!なんで?!」
「なんでって…そんなの意味ないに決まってんじゃん…。」
僕は俯いて、まるで僕らに興味のなさそうな元貴の顔を思い出して、また落ち込んだ。
「わかんないじゃん、そんなの。やってみたら案外反応するかもよ?」
「でも…。」
「お願い!あ、わかった!じゃあ恋人じゃなくていいから。俺がめっちゃ涼ちゃんにアプローチするから、ちょっと照れた感じだけ出して!」
「ん〜…。」
「いーじゃん、どーせ暇なんだし。」
「やっぱり暇つぶしに遊んでるでしょ!」
「えへ。」
僕はため息をついて、呆れた顔をした。だけど、こんな事をしてもきっと元貴にはなんの迷惑にもならなさそうだし、若井は僕で遊びたがってるし、ある程度付き合えば、そのうち若井も飽きるだろう。そう考えて、僕は若井の提案を渋々受け入れた。
「ん、これ、めっちゃ美味しい!」
「でしょ!これ自信作。」
「すごいね若井、お料理上手だね。」
「涼ちゃんのために、頑張ったの。」
レッスン室に戻り、長机に僕と若井が隣り合って、元貴の斜め前に座って、お弁当を食べ始めた。面と向かってそう言われると、恋人ごっこだとわかっていても、少し顔が熱くなる。
元貴は、僕たちのことなどお構いなしに、スマホを見ながらコンビニのパスタを口に運んでいる。
「元貴、明日涼ちゃんがお昼当番だから、元貴も涼ちゃんにお弁当作ってもらったら?」
若井が、元貴に話しかける。僕はドキッとして、横目で元貴の反応を伺う。
「…食べれる物だけ、入れてね。」
元貴が僕に怪訝な顔をして、そう言った。
「え…ほんとに?わ、わかった…。」
若井が、元貴に見えないようにウィンクをしてきた。おもしろがっているだけだろうけど、心の中で、若井にお礼を言っておいた。
「…いらない。」
次の日、元貴にお弁当を渡すと、中身を見て元貴が言った。
「元貴お前〜!作ってもらって文句言うなよ!」
「だってなんだよこれ!全っ部きのこ入ってんじゃん!」
「え!涼ちゃんまたきのこ入り?!」
「うん、だって身体にいいし。」
「まじかよ〜!」
「もう、2人とも!文句があるなら食べなくていいです!」
なんだか、お母さんみたいなセリフを言って、僕はプンスカと椅子に座った。
元貴と若井は顔を見合わせて、文句ないです、ごめんなさい、と言って2人並んで座った。その様子がおかしくて、僕はプッと吹き出してしまった。
「マジかよ…これ卵焼きにもきのこ入ってるぜ…。」
「アイツ頭ん中きのこ詰まってんじゃねーの…。」
2人がボソボソと何か話してるけど、僕は気にせず自分のお弁当を平らげた。2人も、なんだかんだ言いながらも完食して、ごちそうさまでした、と空のお弁当箱を渡してきた。
若井のおかげで、元貴とも普通に話ができるようになって、僕はホッと安心していた。
しばらくして、僕たちはダンスレッスンに加え、ボディーメイクのために、パーソナルジムにそれぞれ通い始めた。特に、ガリガリだった若井は、まずウェイトトレーニングとして、ご飯の量をかなり増やすよう指示されていた。
「涼ちゃーん、もうムリぃ。」
「頑張って、夜ご飯でも3合食べなきゃいけないんでしょ?」
家で夜ご飯を食べている時、若井はよくこうやって嘆いていた。
「も〜、涼ちゃん代わりに食べてよ〜。」
「なんでだよ、意味ないだろ。僕は逆に、お肉つきやすくなってるから、ご飯の量気を付けろって言われちゃった。」
「オッサンみたいだな。」
「やめて。」
どれどれ、と若井が僕のお腹を摘んできた。
「ひゃっ!」
いきなりだったので、変な声が出て、若井と至近距離で目が合った。
「なにぃー、今の声〜。」
若井がニヤリとして僕を見る。
「若井がいきなりつまむからだろ!」
僕は顔が赤くなるのを感じて、キッチンへと飲み物を取りに行く。お水を入れて、シンクの前で一口飲んで、はぁ、と息を吐く。
すると、いつの間にか後ろに来ていた若井が、僕の腰に手を回してきた。
「ぅえ!?な、なに!?」
「なんか、涼ちゃんの反応がいちいち可愛いんだけど。」
「はぁ!?」
若井が、後ろから耳元に囁く。
「こーしてると、ホントに恋人みたいだね。」
耳元に若井の息がかかり、僕はビクッと身体を縮めた。
「もう!元貴がいないところでこんな事してても意味ないでしょ!はい離れて!」
僕は、若井の手を解こうと試みるが、びくともしない。
僕は振り返って若井の顔を見ようとすると、若井が後ろから覗き込んできたので、危うくキスをしてしまうところだった。
「見えないところでもこうしてる方が、元貴の前でももっとリアルな恋人ごっこができるでしょ。」
若井の、鍛え始めてしっかりとしてきた身体が、僕の背中にピッタリとくっついて、僕の心臓は暴れ回っていた。
僕は前を向いて、必死に胸の高鳴りを抑え込もうとしていたが、若井がほっぺにキスをしてきた。
「わか…!」
ビックリして振り向くと、若井が舌を出して笑っていた。どこまでも僕をからかって遊んで…!
もー!と怒って、僕は若井を押し退けた。
ボディーメイクが功を奏して、若井はどんどんと逞しく、そしてとてもカッコよくなっていった。
僕は、元貴の提案で、ミセスのフェミニン担当となり、髪を伸ばして、スキンケアやメイクも練習し始めていた。
復帰の目処が立ち、フェーズ2は僕たちのビジュアルを全面に押し出したものにするため、それぞれの髪型やメイクなどを本格的に会議で話し合っていた。
「涼ちゃんは、もっと目元の優しさが際立つように、眉毛を柔らかい印象にした方がいいと思う。」
「髪は、ちょっとグラデーションにして、ゆるく巻いてみよう。」
「リップはオレンジ系で、ヘルシーな可愛さで。 」
元貴は、メイクさんと相談して、どんどんと僕のイメージを作り上げていく。メイクさんはもちろん、元貴にも顔を間近でじっと見つめられ、何度も顔や頭を触られ、僕はもうドキドキしてしまってたまらなかった。
一旦休憩になって、僕は休憩室でホッと一息ついていた。
「お、涼ちゃん可愛い。」
若井も、メイクチームとの打ち合わせを終えて、休憩室に入ってきた。
若井は髪を明るいブルーシルバーに染めて、メンズメイクもして、まるでアイドルグループみたいなカッコ良さだった。
「若井、すごくかっこいい…。」
「そうだろ?イケてるだろ?」
手を顎に当てて、わざとらしくカッコをつける。僕はつい笑ってしまった。すると、若井が真剣な顔をして、僕に近づく。
「な、なに?」
「涼ちゃんも、すげー可愛い。」
「あ、ありがとう…。」
座っている僕の横に立ち、僕の髪を優しく指で掬う。僕は、また妙にドキドキしてしまって、俯いてしまった。若井が、僕の顎を優しく掴んで、顔を上げさせる。まずい、僕、今きっと顔が赤くなってる…。
「これ、全部元貴が考えたの?」
「え、あ、うん。僕がミセスのフェミニン担当だって…。」
「ふーん…。」
若井の目が、僕をじっと捉える。なんだか僕は、動けなくなってしまって、目を逸らすこともできないまま、若井の顔が近づいてきた。
ガチャ、と部屋の扉が開き、元貴が入ってきた。僕と若井は、顔を近づけたまま、そちらを向く。元貴が目を見開いて、無言で僕たちを見ている。
「…なにしてんの。」
元貴が、若井に向かって言う。怒っているような、なんとも思ってないような、読めない表情だった。
「え、えっと、僕のメイク確認…かな。」
僕が慌てて場の空気を紛らわそうと、わざと明るくそう言うと、若井がチラッと僕を見て、また元貴を見据えた。
「邪魔しないでよ。今、涼ちゃん口説いてたんだから。」
「…は?」
僕も、元貴と同じく、は…?と目を丸くして若井を見る。若井の手は、まだ僕の顎に添えられたままだ。
「…マジで言ってんの?」
「そうだけど。」
「…お前、彼女いただろ。」
若井の恋愛対象は女性である、と確認するように、元貴は言った。若井は、フッと笑って、僕の顎から手を離して、代わりに肩を抱いてきた。
「涼ちゃんだけは特別だから。」
これは、恋人ごっこ、だよね…?僕は、若井の行動がよく理解できなくて、なんだかピリピリとしたこの空気をどうにかできないかと、若井と元貴を交互に見ていた。
「…あっそ。」
それだけ言って、元貴は再び部屋を出て行った。僕は、追いかけようかと立ち上がったが、あの元貴の冷めた表情が、僕には全く興味がないと言われたようで、足が動かなかった。
「涼ちゃん…ごめん。」
若井が後ろから謝る。僕は首を振って、応えた。若井のせいじゃない、分かってたことだ。もともと、元貴は僕のことなんて…。
僕が泣いていることに気づいた若井が、正面からそっと抱きしめてきた。
「…メイク、付いちゃう…。」
僕が、離れようとすると、若井が腕に力をこめて、それを拒んできた。
「…もう、やめたら。」
「…え?」
「涼ちゃん、あんな冷たい奴、もうやめなよ。」
僕は、若井から見ても、もう見込みがないと言われたようで、涙が止まらなくなった。
「………俺にすればいいじゃん。」
「…え?」
「涼ちゃん、もう、俺にしときな。」
強く抱きしめられて、若井の肩越しに、柔らかな声が響く。
「俺…涼ちゃん好きだよ。ホントに、好きになっちゃった…。」
若井の、大きな身体に包まれて、僕の不安定な心が、暖かなもので溶かされていくような気がした。しんとした部屋の中で、僕はどうすることもできず、ただずっと、若井の腕の中で佇んでいた。
コメント
25件
まさかの展開!!!これが三角関係…!!涼ちゃんはどっちを選ぶのかな…?
書いたはずのコメントが消えていた……謎🙄 七瀬さんの三角関係、ほんわかしてるのにリアルで大好き。うちのにはいない愛らしさを持つ❤️くんとか、どうやったら書けるんですか?? 💛ちゃんのちょっとお兄さん感あるとことかね、ほーんと甘やかしたくなるけど甘えたくなるって言うのを表現できていて、素晴らしい🥰 ドロ沼大好きだからぁ、楽しみにしちゃう。