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Irxs様二次制作 短編 小説
7⁄12(ないふさんの日)青桃
――声が届くその日まで。
俺は、彼のそばにいる。
今日は、やけに空が澄んでいた。
俺は彼の隣を歩きながら、顔を空に向ける。
桃「今日はいい天気だね〜、まろ」
もちろん、返事はない。
でも、それにももう慣れてしまっていた。
桃「あ!またこれ買うの?」
彼が自動販売機の前に立ち、迷いもなくボタンを押す。落ちてきた缶を手に取って、プルタブを引いた。
桃「……それ、ほんとに美味しい?」
青「……うま」
桃「美味しいんだ。いいな〜、俺も飲みたいな〜」
冗談交じりに言ってみるけど、彼の視線は遠い。
あの事故以来、彼の中に“自分”は存在していないのだと、俺は知っていた。
桃「あ!見て見て!この花、すっごい綺麗じゃない!?」
道路脇に咲いていた、小さな紫の花を指差す。
彼がふと視線を落とし、ぽつりと口を開いた。
青「……綺麗やな」
桃「だよね!」
たったそれだけの会話が、胸の奥で温かく波紋のように広がる。
けれどそのあと、彼はまた口をつぐんだ。
桃「あれ……学校はそっちじゃ……」
彼が歩き出したのは、いつもと違う方向だった。
俺もそれ以上は言えずに、黙ってついていく。
やがて、墓地にたどり着いた。
静かな空気の中で、彼は迷わず進み、ある一つの墓の前にしゃがみ込む。
缶を置き、手を合わせる。
桃「……優しいね、まろは」
俺は、後ろからそう呟いた。
桃「もっと自分の好きなことすればいいのに」
小さく笑って、独り言のように続けた。
桃「でも……あと一年、か」
その言葉には、ほんのわずかに“覚悟”がにじんでいた。
青「……よし、行ってきます」
ぽつりと呟いて、軽く手を合わせる。
誰に聞かせるでもなく、けれど毎日欠かさず続けている“日課”。
俺の墓に、出かける前の挨拶をするのが、いつの間にか彼の“いつも”になっていた。
桃「……あ、終わったっぽい?」
いつものように、ふわっと横から顔を覗かせる。
墓前での手合わせが終わった合図。そういう意味で、彼に声をかけた――はずだった。
桃「じゃあ行くぞー!♪」
無邪気な調子で、くるっと踵を返す。
軽く鼻歌なんかも交えながら、学校へ向かう……その途中。
ガシャ
小さな金属音が背後で響いた。
振り返ると、彼がその場に立ち尽くしている。
桃「……まろ?」
そう呼んでみる。でも彼は黙ったまま、俺の方をじっと見ていた。
桃「……なにかあった?ぁ、 まだ終わってなかった?」
冗談めかして笑いかける。
でも、なぜか彼の目が揺れている。
桃「……全然いいよ、でもまろ、そんなに思い詰めなくても――」
その瞬間。
不意に、がし、と手を掴まれた。
桃「へ?」
動揺した声が口をついて出る。
見上げると、彼の顔が、驚くほど近かった。
青「……ないこ」
その声は、たしかに俺を呼んでいた。
桃「え……なんで……」
まるで時間が止まったみたいだった。
墓前でのいつもの会話。いつもの日常。
でも、今日は違う。
青「ないこやんな?」
彼の声が震える。
彼の目が、真っ直ぐに俺を見ている。
桃「……そう、だよ」
言葉が、自然にこぼれた。
嘘じゃない。本当の返事だった。
俺の声が、まろに届いた。
そう答えた瞬間、胸の奥に何かがじわっと滲んだ。
ずっと、伝えたくて伝えられなかった言葉。
届かないと思っていた声が、ようやく彼に触れた。
桃「まろ……ほんとに……見えてるの?」
小さな声で問いかけると、まろは少しだけ目を細めた。
戸惑いも、不安も、驚きもないわけじゃない。けれど、彼の手はちゃんと、俺の手を握ったままだった。
青「うん、見えてる……し、こうやって触れてる」
まるで確かめるように、まろは俺の指をそっと撫でた。
青「……ずっと、ここにおったんやんな」
桃「……うん」
青「俺、気づかんくて……ごめん」
桃「気づけるわけ、ないよ。俺、幽霊だもん」
冗談っぽく笑ったけど、喉の奥が少しだけ痛かった。
笑うのが難しいくらい、心が震えていた。
青「でも……今は、ちゃんと見えてるよ」
そう言って、まろは静かに目を伏せた。
青「夢じゃ、ないんやんな?」
桃「うん。夢じゃ、ないよ」
夢であって欲しかった。
青「じゃあ……ほんまにないこと、また話せてるんや」
桃「……うん」
涙が出そうになるのをこらえながら、俺はこくんと頷いた。
まろの手のぬくもりは、たしかにここにあった。
桃「ねぇ、まろ」
墓地を出て、坂道を並んで歩く。
まだ手はつないだまま。
指先が熱い。ずっと触れていなかった温度だった。
青「うん」
桃「俺のこと、ずっと想ってくれたんだね」
青「……そりゃ、親友やからな」
冗談まじりに笑うまろに、少しだけ胸が痛んだ。
その笑顔の奥に、どこか疲れた色がにじんで見えた。
桃「……ねぇ、まろ」
青「ん?」
桃「ひとつ、だけ。……言いたいことがあるんだけど」
青「うん、なに?」
桃「でも、いま言ったら……きっとまろ、困るから」
そう言うと、まろはふと足を止めた。
立ち止まったまま、静かに俺の顔を見る。
青「……それ、大事なこと?」
桃「……うん。すごく、すごく」
青「じゃあ」
まろが、そっと俺の頭をなでた。
青「無理に言わんでいい。言えるときに、言ってくれたら」
あぁ、優しいな、って思った。
いつもそうだった。自分のことより、俺の気持ちを優先してくれる。
桃「……ありがとう」
でも、本当は泣きそうだった。
それを今言ってしまえば、きっと全部終わってしまう。
まだ、今日また会えたばかりなのに。
いま言うには、残酷すぎるから。
桃「まろ、今日……また会えてよかった」
青「こっちのセリフ。……夢みたいや」
空は、まぶしいくらいに青かった。
けど、その青の中に、どこか遠く冷たい気配もあった。
だから俺はまだ、言えなかった。
“まろの命が、あと1年しかない”ってことも。
“それを止めるために、俺がまだここにいる”ってことも。
公園のベンチで、俺たちは並んで座った。
セミの声が遠く響く中で、青は缶の飲み物を一口飲んで、空を見上げた。
青「……ないこ、さ」
桃「ん?」
青「そろそろ、成仏してもいいんやない?」
その一言に、思わず息が止まった。
ふいに、心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に襲われる。
桃「……え、なんで…」
青「見えるようになって、声も届く。……こんな奇跡、きっと長くは続かへんやろ」
まろは穏やかな口調で続けた。でも、その目は真剣だった。
青「ずっとここにおるの、しんどかったやろ?ほんとは、早く楽になりたいんちゃうかって思ってた」
桃「……そんなこと、ないよ」
俺の声が少しだけ震えた。
桃「俺は、まだここにいたい。……ずっと、いたいよ」
青「でも……ないこ、もう“行くべき場所”あるやろ?」
まろが優しく笑うその表情が、たまらなくつらかった。
桃「まろは、何も知らないくせに」
気づけば、声が震えていた。
青「……ないこ?」
桃「俺がまだここにいるのは、まろのためなんだよ」
青「……え?」
桃「俺は……死んでから、3年しかここにいられないの」
桃「だから成仏せずに残れるのは、まろが15歳になるまでって……決まってる」
まろの表情が固まった。
桃「でもね――」
言いながら、喉の奥が詰まる。
でも、ちゃんと伝えなきゃいけなかった。
桃「まろの“死期”が近いの」
その瞬間、空気が止まった。
青「……え?」
桃「1年以内に……まろは死ぬ。決まってる未来なんだって」
桃「だから、俺はここにいる。まろの命をつなぎとめるために、まだ成仏できないの」
まろが何か言おうとして口を開きかけたけど、言葉は出てこなかった。
驚きと戸惑いと、信じたくない気持ちが、全部表情に出ていた。
桃「俺の事見えてるんでしょ?見えちゃったんでしょ?」
桃「だから、今俺が 成仏するってことは……まろを、死なせるってことなんだよ」
俺の目から、ぽろっと涙が落ちた。
桃「そんなの……できるわけないじゃん……」
涙をこらえるように、俺は顔を伏せた。
握った拳が小さく震える。
伝えたくなかった。言いたくなかった。
まろはしばらく、何も言わなかった。
ただ、そっと俺の頭に手を置いて、優しく撫でてくれた。
青「……なぁ、ないこ」
桃「……なに」
青「俺、……死ぬの、めっちゃ怖いわ」
その言葉に、思わず顔を上げた。
青「でもな、それよりも……ないこをまた独りにする方が、もっと怖い」
まろの目が、まっすぐ俺を見ていた。
青「俺がこのまま何も知らんまま、ないこを残して、勝手に死んで……そんなん絶対嫌や」
桃「まろ……」
青「せやから。俺が死ぬとしても、最後の最期まで、となりにおってほしい。……ないこに、見送ってほしい」
まっすぐなその願いが、胸を締めつけた。
優しすぎて、苦しいほどに。
桃「……バカだよ、まろは」
青「知ってる」
桃「なんで……そんなに優しいの。……ずるいよ」
まろが小さく笑う。涙をこらえてる顔だった。
青「それに、俺……ないこにちゃんと、伝えてへんかったなって」
そう言って、まろはふと立ち上がった。
そっと俺の手を引きながら、まっすぐ目を見つめる。
青「ないこ。……ずっと、ないこのこと好きやった」
時間が止まった気がした。
青「俺は、ないこに会えてよかったって……心から思ってる」
ゆっくりと、俺の頬に触れて――
青「拾ったかも、俺のお嫁さん」
そう言って、まろがそっとキスを落とした。
涙が止まらなかった。
切なくて、苦しくて、でも何より――あたたかかった。
そのキスは、「さよなら」じゃなくて「ありがとう」みたいに、やさしかった。
残された一年。
きっと、あっという間に過ぎてしまう。
でも、今この瞬間だけは、永遠みたいに感じた。
――声が届いたこの日から。
俺たちは、未来を変える物語をはじめる。
コメント
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涙ぼろぼろ案件なんですけどっ!?(( こういうの好きなんよな…🫶
うわぁ最高✨✨ 遅くなりました…こんなにみんちゃむのファンなのに…😭 みんちゃむの作品はどんでん返しが凄くて、予想ができないくらい深く作られてるの本当にすごい🫶🩷✨ みてて、「こう来るやろ~なぁ」って思ってたら予想もしなかった方向に… めっっっちゃみてて楽しいっ!!! やっぱ、みんちゃむのこと大好きですわ🫶🏻︎🎀💕
天才すぎ