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あら、この話めっちゃ良かったわ! 玲奈の「おしおき計画」が全部裏目に出てて笑った。特に慧の身体が思ってたより細マッチョで、ヨガのポーズ中に触れた時の動揺が可愛い。おしおきのはずが「楽しい」「また来たい」って返される慧の余裕、ずるいわ~。次も絶対読みたい!
「んっ……そこ、キツ……!」
「力を抜きなさいって。呼吸、止まってる」
「くっ……これ以上は、限界だ……」
「いいのよ。自分に正直になって、早く負けを認めなさい」
――盛大に誤解を招きそうな会話だけれど。もちろん、健全なヨガの真っ最中である。
***
――一時間前。
仕事を終えた私は、お気に入りのトレーニングウェアに着替え、会社近くの会員制ジムへ来ていた。
ヨガと筋トレが趣味で、週に三回ほどここへ通っている。自慢じゃないけれど、体幹と基礎体力にはそこそこ自信があった。
(ふふん。あの生活ポンコツワンちゃんを、地獄の筋トレメニューでひいひい言わせてやるんだから!)
明日、全身筋肉痛で使い物にならなくなった慧を想像し、ひとりでニヤニヤしていると。
「待たせたな」
「遅いじゃないのよ!」
余裕たっぷりに振り返り――そのまま言葉を失った。
ロッカールームから出てきた慧は、黒で統一されたトレーニングウェア姿だった。
身体に沿う無地のTシャツに、膝上丈のハーフパンツ。
厚手のスーツや長袖のスウェットに隠されていた身体のラインが、はっきりと浮かび上がっている。
広い肩。
引き締まった腕。
Tシャツ越しでも分かる、ほどよく厚みのある胸板。
(な……何、その身体……っ!?)
スーツの下は、反則級の細マッチョだった。
「どうした。そんなに見るほど珍しいか?」
「み、見てないわよ!」
「そうか」
「貧弱な体型だったら、メニューを優しくしてあげようと思っただけ!」
「なら、容赦しなくていい」
「言ったわね! あとで後悔しても知らないから!」
売られた喧嘩は、買う主義だ。
まずは挨拶代わりのバーピージャンプ。
そこから、スクワットにベンチプレス。
私が考えた、容赦のない全身追い込みメニューを叩きつけた。
しかし。
(え……? 嘘でしょ……?)
慧のフォームは、最後までほとんど崩れなかった。
こちらが先に息を切らし始めても、平然とダンベルを持ち上げている。
「あんた……なんでそんなに平気な顔してるのよ……」
「自社ビルにジムがある」
「は?」
「ウェルネス企業の代表が、不健康では説得力がない。毎朝鍛えている」
「ガチ勢じゃん!」
それ、先に言いなさいよ!
結果――。
慧をおしおきする気満々だった私は、開始三十分で床に大の字になる羽目になった。
「ハァ、ハァ……無理。本当にもう動けない……」
「ほら、水だ」
冷たいペットボトルが、頬へぽんと当てられる。
「冷たっ!」
「生き返ったか」
「く、悔しい……。生活能力ゼロのくせに、なんで体力だけは化け物なのよ……」
「生活能力と体力は別だ」
「そこを別にするな!」
筋トレで勝てないなら、攻め方を変えるまで。
私は勢いよく起き上がり、スタジオを指差した。
「よし。次はあっちでヨガ!」
「ヨガ?」
***
スタジオにヨガマットを敷き、私は得意げに指示を出した。
「まずはダウンドッグ」
「犬か」
「ワンちゃんなら得意分野でしょ。ほら、四つん這いになって、お尻を高く上げて」
「犬扱いの範囲が広いな」
文句を言いながらも、慧は素直にマットへ手をついた。
けれど、さすがにヨガ特有の柔軟性には苦戦しているらしい。
「膝、全然伸びてない。肩にも力が入りすぎ」
「伸びている」
「伸びてない! ほら、ここ!」
横へ回り、腕と肩の位置を直そうと、慧の身体へ手を置く。
(……っ、硬っ……)
手のひらに、引き締まったしなやかな筋肉の感触がダイレクトに伝わってきた。
「玲奈?」
「な、何でもない!」
慌てて手を離す。
駄目だ。
おしおきする側が動揺してどうする。
「次! ヴァシシュターサナ!」
「まだやるのか」
「当然でしょ。今度こそ負けを認めさせてやるんだから!」
マットへ右手をつき、身体を横向きにする。
右手と右足で身体を支え、左腕と左脚を天井へ向かって高く伸ばした。
ヨガ歴五年の私は、難なくポーズを決めてみせる。
「ほら。次はあんたの番!」
慧も同じように身体を横向きにし、左腕と左脚を持ち上げた。
けれど、脚は途中でぴたりと止まる。
「もっと上にいけるでしょ!」
背後へ回り込み、上げかけた腕と脚へそっと手を添える。
「腰を落とさないで。もう少し上!」
「んっ……そこ、キツ……!」
「力を抜きなさいって。呼吸、止まってる」
「くっ……これ以上は、限界だ……」
「いいのよ。自分に正直になって、早く負けを認めなさい!」
「……限界だ」
ついに慧が脚を下ろし、マットへ膝をついた。
「ふふん。私の勝ちね!」
「……ヨガも、悪くないな」
「それ、ギブアップした人の感想としておかしくない?」
「玲奈に指導されるのは、悪くない」
「またそういう解釈する!」
こいつ。
おしおきという概念が、まるで通用しない。
それどころか、ことごとくご褒美へ変換してくるのだ。
手強い。
手強すぎる……。
トレーニングが終わる頃には、すっかり燃え尽きて床に座り込んでいた。
「……ヨガでは勝ったはずなのに、全体で見ると色々負けた気がする……」
「勝ち負けだったのか?」
「おしおきだったのよ!」
「楽しかった」
「だから、反省してないでしょ!」
「している」
隣に座った慧が、手にしていたペットボトルへ一度視線を落とした。
「次からは、先に話す」
「何を?」
「お前が困る可能性があるなら、俺だけで判断しない。事前に伝える」
そして、まっすぐ私を見る。
「今回の記事の件も……悪かった」
「……分かればよろしい」
「ただ」
「ただ?」
「また一緒に来たい」
「おしおきなのに?」
「ああ」
慧は即答した。
「お前と来るのは、楽しい」
「……っ」
(だから……! そういう心臓に悪いことを、さらっと言うなー!)
じっとしていられなくなり、私は勢いよく立ち上がった。
「つ、次はヨガ多めにするからね! 身体、硬すぎなのよ!」
「努力する」
「あと、家で脱ぎ散らかした服も、ちゃんと片づけること!」
「それは今、関係ないだろ」
「同じ生活更生メニューの一環なのよ!」
スタジオに、私のツッコミが響き渡った。
結局、慧をひいひい言わせるおしおき作戦は、半分失敗。
それなのに。
次もまた一緒に来るのが、少しだけ楽しみだと思ってしまった。