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#現代ドラマ
ゆうき あきや
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#心理描写重視
第117話:「映え」より「泥だらけの笑顔」
ドバイの石油王と、スイスの銀行家。
世界経済の最前線で何兆円もの資金を動かすトップVIP二人が、昨日の新じゃが収穫に続き、本日は十勝の限界集落で「夏の味覚・夏野菜の収穫」に強制動員されてから一時間が経過していた。
最初は、彼らも持ち前のエリート意識と、都会的な潔癖さを隠しきれていなかった。
「お、おいマスター(主)! この土、なんだか有機的な匂いが強すぎないか!? 私の靴に泥がこびりついて取れないぞ!」
「腰が……! たった三十分スコップを握っただけで、デスクワークで凝り固まった私の腰が悲鳴を上げている! なぜ最新の農業機械(トラクター)を導入しないんだ!」
最高級のスーツを脱ぎ捨て、貸し出し用のジャージと緑色の長靴に着替えたとはいえ、彼らは根っからの超・都会人だ。
泥の跳ね返りや、慣れない中腰の姿勢に、文句が絶えなかった。
だが、俺は軍手をはめた手で容赦なく新しい畝(うね)を指差した。
「陸上自衛隊『需品科』が担う後方支援において、与えられた環境に適応することは絶対の条件だ」
俺は元・自衛官としての冷徹な眼差しで、泥だらけの大富豪たちを見下ろした。
「機械を使えば確かに早いが、土の微妙な感触や、夏野菜の繊細な皮の薄さは、人間の手でしか感知できない。文句を言う暇があるなら手を動かせ。前線(食卓)への補給線を途絶えさせるな」
「お兄さん……相手、総資産が国家予算レベルの人たちですよ。もうちょっと優しくしてあげても……」
小春ちゃんがハラハラしながら見守る中、この過酷な労働環境に『最強の助っ人』たちが乱入してきた。
「キュンッ!」
「コンコンッ!」
キタキツネの兄弟、コン吉とコン次郎だ。
彼らは石油王と銀行家の足元に駆け寄ると、前足を猛烈な勢いで回転させ、犬かきのような動作で土をパトパトと掘り飛ばし始めたのだ。
「おわっ!? こら、キツネたち! 土が私の顔に……ん?」
銀行家が顔の泥を拭おうとした瞬間、コン吉が掘り返した柔らかい土の中から、丸々と太った立派な夏大根がゴロリと顔を出した。
「キュゥ!(ほら、ここにあるよ!)」
コン吉が自慢げに鳴き、尻尾をパタパタと振る。
その隣では、神獣シロが泥のつかない綺麗な切り株の上に香箱座りをして、まるで現場監督のように琥珀とサファイアの『オッドアイ』の瞳で彼らを見下ろしていた。
『ミャウ(ほら、人間たちも負けずに掘りなさい)』
その瞬間、世界を牛耳るVIPたちの心の中で、何かが『プツン』と弾けた。
「……ハッ! バンカー(銀行家)よ、見たか! 今、この私が自らの手で掘り当てた大根の方が、君のより数ミリ太いぞ!」
「ふん! ドバイの砂漠に慣れた君に、肥沃な大地のポテンシャルが引き出せるものか! 見たまえ、この私のスコップの入れ方を! 完璧なテコの原理だ!」
「なんだと!? 負けんぞ! 私の油田採掘のノウハウを舐めるな!!」
先ほどまでの「汚れる」「腰が痛い」という文句は完全に消え去り、二人は泥にまみれることも忘れて、一心不乱に土と格闘し始めた。
高級ブランドの化粧水で手入れされていた肌は泥で汚れ、綺麗にセットされていた髪は汗で額に張り付いている。
だが、彼らの顔には、世界的な大企業の買収を成功させた時よりも、はるかに生き生きとした『子供のような笑顔』が浮かんでいたのだ。
「とったぁぁぁっ! 見ろマスター! 二股に分かれた巨大な夏大根だ!!」
「私の方は真っ白な極上品だ! ハハハ! 土の中から食べ物が出てくるなんて、まるで魔法じゃないか!!」
泥だらけの顔を見合わせて、腹の底から大笑いする二人。
そこには、世界経済を動かすプレッシャーも、常に誰かから命や財産を狙われるストレスも、一切存在していなかった。
ただの「泥んこ遊びに夢中になった少年」の顔だった。
ジンバルにセットされたiPhone miniの画面では、一千万人の視聴者たちがその光景に感動の涙(と爆笑)を流していた。
『石油王と銀行家が、ただの泥んこおじさんになってて草』
『でも、めっちゃいい笑顔じゃん……』
『都会の「映え」とか、高級なフレンチとか、そういうの全部吹っ飛ぶくらい楽しそう』
『大自然の癒やし効果、ガチで凄すぎるだろ』
『コン吉たちのサポートが有能すぎるww』
数時間後。
古民家の縁側には、収穫したばかりの夏大根を厚切りにしてじっくりと炭火で焼き上げた、「極上の大根ステーキ」の香ばしい匂いが漂っていた。
「……美味い。信じられないほど美味い。私の三ツ星の専属シェフでも、この味は絶対に出せない!」
「あぁ。労働の後の疲労感と、大地の甘み……。どんな高級なスイーツよりも、心に染み渡る……」
石油王と銀行家は、泥を洗っただけの素朴な手で熱々の大根ステーキを頬張り、感動のあまり本気で涙ぐんでいた。
一方、彼らの指導教官である俺は、どれだけVIPが感動していようと、己のロジスティクスを崩すことはない。
俺の目の前にあるのは、完璧な水加減で炊き上げられた『玄米』と、外はカリッと中はジューシーな『大豆ミートの唐揚げ』である。
大豆由来の植物性タンパク質と、玄米のビタミン群。これこそが、農作業で消費した筋肉を最速で修復する最強の陣形だ。
「マスター……君は本当にブレないな。その茶色い米(玄米)を咀嚼する音が、今の私には世界一のヒーリングミュージックに聞こえるよ」
石油王が、俺のストイックな食事風景を見て目を細める。
俺は玄米を飲み込み、熱いほうじ茶で喉を潤すと、キリッとした真顔でiPhone miniのカメラの前に立った。
「皆さま。彼らは決して、都会の激務から解放されて泥んこ遊びに癒やされた大富豪などではありません」
『出たァァァァァ!!!』
『この感動的なフィナーレで、まだ言い訳するのかこの男は!!!』
『主の限界言い訳タイム・泥だらけの笑顔編ww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「彼らは、最新の『農業用高耐久ウェア』の耐久テストを行っている、アパレルメーカーのテストドライバーです。泥の付着率や、関節の可動域を限界まで検証するために、あえて大げさなリアクションを取っていただけです。ええ、すべては人間工学に基づいた『製品開発の一環』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
小春ちゃんが、首に巻いていたタオルで俺の背中に愛あるスマッシュを見舞った。
「マイバッハ乗ってきたアパレルのテストドライバーがどこにいるんですか!! さっき二人で『土はトモダチ!』とか言いながら泥だんご作って大爆笑してたじゃないですか!! 素直に大自然とモフモフの癒やし効果を認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのタオルスマッシュ炸裂ww』
『農業用高耐久ウェアのテスト(ただの泥んこ遊び)』
『人間工学に基づいた製品開発(土はトモダチ)』
『適応力バグおじさん、ついに大富豪の笑顔まで企業案件のせいにするww』
俺の理不尽すぎる言い訳と、小春ちゃんの鋭いツッコミに、一千万人のリスナーは大爆笑の渦に包まれた。
『ミャウ(まったく、人間って単純な生き物ね)』
縁側で香箱座りをするシロが、呆れたように、でもどこか優しげに喉を鳴らした。
都会の「映え」やステータスなんて、十勝の肥沃な泥の前では何の意味も持たない。
満面の笑みで大根ステーキを頬張る世界最強のVIPたちを見ながら、俺は再び玄米を口に運んだ。
世界一バグっていて、世界一贅沢な「何もない」限界スローライフは、今日も圧倒的な平和とカオスを撒き散らしながら続いていくのだった。
コメント
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みぅです🥀 第117話、読みました……「映え」より「泥だらけの笑顔」ってタイトル、もうそれだけで胸にグッときました。 石油王と銀行家が、泥んこになって大根掘って、子供みたいな笑顔で大笑いしてる。SNSで加工された「映え」よりも、土の匂いと汗の味がする笑顔のほうが、ずっとずっと人間らしいなって思いました。 キタキツネのコン吉とコン次郎が一緒に土を掘るシーン、めっちゃ可愛くてほっこりしました🥹 そして最後の主の「農業用高耐久ウェアのテストです」っていう言い訳も、もう名シーンですね。分かってても笑っちゃう。 何もないけど全部ある、そんなスローライフ、素敵だと思います。 次のエピソードも楽しみにしてます🌙