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夜の8時。
中途半端に田舎で、中途半端に都会であるこのあたりは、コンビニや飲食店の照明のおかげで灯かりには困らない。
そうは言っても、町はずれの廃校となると話は別だ。
「ヘイ、照明! カモン!」
幾ヶ瀬が指をパチンと弾いた。
「……ハイ」
アタシはスマホのライトをオンにした。
錆びた校門の向こうに、4階建ての灰色の校舎が重苦しく横たわっている。
黒く沈みこむ窓から何かが覗いているようで、アタシは思わず顔を背けてしまった。
「ちゃんと撮れてる? まったく役に立たないんだから」
「……ハイ。ちゃんと撮れてます」
えらく張り切っていやがる、ヘンタイメガネのくせに。
何回も断ったよ?
だが、ヤツは聞いちゃいない。
──町はずれの廃校に心霊系動画を撮りに行く! 行くったら行く!
そう言って、ヤツはアタシに付いてくるよう命令した。
ジェスチャーで分かる。カメラ係をしろと言っている。
何でアタシがそんなことをしなきゃなんないんだと、そりゃもう何回も断ったよ。
でも、ビックリするくらい人の話を聞かないんだな、奴は。
アタシも断り続けるのが空しくなってきたんだ。
だって、通じない説得を延々と続けるのは地獄じゃないか。
それに(最近はレスとはいえ)連日のようにお二人のおセッ○スを覗いているアタシとしちゃ、後ろめたい思いがあるのは確かなわけで。
(アタシにだって良心ってヤツはあるんだからな。いや、あるんだからな?)
仕方がない。
ヤツのYouTuberデビューに付き合ってやろうという心境になったのだ。
滅多に外に出てこない有夏チャンを連れ出したところもポイントだった。
──2人がさりげなくイチャつく様を、堂々とカメラ越しに覗くことができる!
──あぁん、ありがたいですぅ! ノゾキ冥利につきますぅ!
これがアタシの本音なわけだ。
「チャンネルの名前は何がいいかなぁ」
ヘンタイメガネ、例によってクネクネしながら有夏チャンの腕をつついた。
アタシに向いてた冷たーく硬直した顔面は、たちまちニコニコ笑顔に覆われる。
「知るか! これうまっ」
「えっ? シルカケウマ?」
……誰が「汁かけ馬」だよ。
有夏チャンはさっきコンビニで買ってもらったアイスをペロペロなめていた。
PARMのピスタチオ&チョコレートだ。新商品だな。
思えば有夏チャン、アイスで買収されて幾ヶ瀬のYouTuberデビューに駆り出されたのだろう。
バカだなぁ、有夏チャンは。
本当に有夏チャンはバカだな、バカなやつだ……ふふっと、和んでいたアタシはふと気づく。
んん? カメラ係のアタシにアイスは買ってくれないんだな?
こんな夜遅くにタダ働きかよ。
少々の理不尽を覚えながらも、アタシは有夏チャンの口元をズームした。
よし、もっとペロペロ舐めてくれ。もっとだ!
しかしカワイイ口元は、メガネのアップに取って代わられた。
『さあ、怨念チャンネル始まりました! 今日は100年前に廃校になった、いわくつきの学校に潜入してみま……』
「待て待て待て待てーぃ!」
思わずツッコんでしまったよ。
まず「怨念チャンネル」名前何とかしてくれ!
何かもう……あからさますぎるだろ!
逆に怖くねぇわ!
あと100年前に廃校って……色々無理があるだろ!
実際この学校、合併になってから2年も経ってないはずだ。
今だって地域の会議や貸教室として使われていて、日中は賑わってるのを知ってるぞ。
アタシが嗜めたところできっとメガネは聞きゃしないから、できれば有夏チャンが何とかしてほしいところなんだが。
まぁ無理か。
アイスを食べ終わった有夏チャン、途端にこの状況に飽きたようで、ひたすらボンヤリしているし。
「YouTubeといったら心霊系が花形だろ。俺は稲川淳二大先生を尊敬しているけど、でもYouTubeの世界でウケるのはガチの心霊スポット行ってみました系なんだ」
急に分析が始まった。
何にせよ、幾ヶ瀬が迷走しているのは明らかだ。
そんな妙な知恵を回さなくても、大好きな稲川先生をお手本に巧みな話術で聞く人の心をつかめば良いじゃないかと思うんだが。
チャンネル名だって『ヘンタイメガネのエロエロ動画』で良いじゃねぇか。
って、アタシもセンスねぇや。
「この学校の七不思議を今から一気に撮って、1日ずつ配信しようと思う。そうすれば、数時間の労働で7日分録り溜められるから効率が良い。お得だ!」
いや、新人YouTuberが何をセコイ計算してるんだ。
効率とか、お得とか言ってる時点でダメだろう、その「怨念チャンネル」。
ツッコミ疲れたアタシは喉のイガイガを治そうとエヘンと咳をした。
咳払いの残響が夜の運動場に吸い込まれ、校舎に跳ね返る。
夜の学校……あらためて見るとやはり不気味だ。