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木風
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#サレ妻
都築七美
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赤井 里会
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ゆうき
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朝七時、庭の灯りは、まだ点いていた。
十二月の七時は、日が出たばかりで、黄色い灯りは昼の光に溶けかけている。消えるのは七時五分。二十二年前に坂上が決めた時刻だった。
一ノ瀬は、三本目の木の下に立っていた。手に、缶コーヒーを二本持っている。
「邪魔だ」
私が隣に立つと、一ノ瀬は一本を差し出した。
「持っていろ」
受け取った。温かかった。冬の朝の石畳の上で、手に温かいものを持つのは、久しぶりだった。
「昨日の七番」
一ノ瀬は、木を見たまま言った。
「君の夫は、答えられなかった」
「はい」
「君は、答えた」
「聞かれましたので」
「聞いたのは私だ。答えるかどうかは、君が決めた」
灯りが、消えた。七時五分。三本の木が、ただの木になった。
「条件を言う」
一ノ瀬は、缶を開けた。
「十二日の式で、式場の名誉を落とすな。契約書に書かれた以上のことを客にしたら、私が止める。その場で止める。君がやるのは、依頼者の望みを全部叶えることだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「それで十分です」
「十分、と言うのは」
「依頼者の望みは、全部そろっています。写真も、字幕も、招待客も、服の色も。私が足すものは、何もありません。並べるだけです」
一ノ瀬は、缶を一口飲んだ。
「並べ方は、君が決める」
「はい」
「席も、順番も、時刻も」
「はい。それは契約書に、担当者の裁量と書いてあります」
一ノ瀬の口の端が、一度だけ動いた。
「落ちるのは」
「はい」
「彼一人だ。式場は落ちない。依頼者も、式場の客である以上、式場が落とすことはしない。落ちるなら、自分で持ってきたもので落ちる」
「はい」
私は、缶を開けた。開けて、飲まずに持っていた。
「なぜ式場を買ったか、聞かないのか」
一ノ瀬が言った。
「聞きません」
「なぜ」
「聞くと、答えが返ってきます。答えが返ってくると、私は、それを並べる場所を探します。今は、並べる場所が足りません」
一ノ瀬は、少しのあいだ、何も言わなかった。
「……後で話す」
「はい」
「式の後だ」
一ノ瀬は、飲み終えた缶を持って、石畳を戻っていった。私は、残った缶を飲んだ。冷めていなかった。
八時に若林が来て、企画室の机に紙を置いた。『新ブランド発表 取材対応 段取り案』。
「報道は二社。業界紙は記者が一人、ウェブは記者とカメラが一人ずつ。席は、佐倉さんが決めてください。本部からは広報が二人。それから」
若林は、万年筆で一行を指した。
「一ノ瀬が、一番後ろの席で、と」
「伺っています」
「期限は、金曜。席の配置を、この紙に書き込んで戻してください」
「はい」
若林は、扉のところで振り返った。
「一ノ瀬は、朝七時に庭にいることが多いです。私が来る前の時間なので、何をしているかは知りません」
「……そうですか」
「知りませんが、缶コーヒーを二本買っている日があります。一本しか飲まないのに」
若林は、それだけ言って出ていった。私は、紙の『報道』の欄に、壁際、と書いた。
◇
昼、企画室の机に、進行表の第一版を広げた。
美咲が向かいに座る。二人のあいだに、ひなのの希望を書いた手帳と、席次表の板。
「開場、十七時半」
「はい」
「十七時五十分、全員着席。十八時、桐谷様の入場。お相手の方は、目隠しをして、桐谷様に手を引かれて庭から入る。桐谷様の希望」
「目隠し」
美咲は、進行表の『目隠し』の字を見た。
「本人、何も見えないまま、石畳を三十歩ですか」
「そう。門から会場まで。全員が見ている中を」
「……怖いですね」
「依頼者の希望だから」
「はい」
「十八時十分、着席。十八時十五分、二人の歩みムービー。字幕は、桐谷様の言葉を、日付入りで」
「全部、あの人の言葉ですよね」
美咲は、ペンを止めて私を見た。
「一文字も足さない」
「一文字も引かない」
「そう」
「十八時三十分、大森部長の挨拶。十八時四十分、桐谷様からお相手の方へ。指輪。十九時、乾杯」
美咲は、十八時四十分の行に、小さく丸をつけた。
「ここが、山ですね」
「依頼者にとっては」
「チーフにとっては」
私は、進行表の一番下を見た。『司会』の欄。まだ、空いている。
「山は、一つじゃない」
美咲は、それ以上聞かなかった。聞かない子になっていた。
私は席次表の板に、ピンを足していった。主賓席の右に、会社の十人。大森を一番近くに。その右に柴田。左の二つの円卓に、ひなのの友人二十人。かれんを、ひなのの一番近くに。後ろの壁際に、報道と、本部の広報。一番後ろに、一ノ瀬。
「残り、一本ですね」
美咲が言った。主賓席の、すぐ隣。まだ、空いている。
「依頼者の席は」
「桐谷様は、お相手の方の正面に立つ。座らない。最後まで」
「じゃあ、隣は誰の席ですか」
私は、答えなかった。答えが、まだなかった。
◇
夕方、柴田からメールが来た。
『佐倉様
お世話になっております! 柴田です!
会社側の名簿、最終版です。十名。部長含みます。
当日は会社のメンバーは十七時半に集合して、まとまって入ります。幹事の桐谷さんから「白いもの一つ」と聞いてるので、全員何かしら白を着てきます!
それと、桐谷さんからの希望で、最後の行に一名追加しています。桐谷さんが高梨さんのスマホから連絡先を見つけたそうで、ご本人に招待状を送ったとのことです。ご確認ください!
柴田』
添付の名簿を開いた。
大森。柴田。同期が三人。後輩が四人。
十行目まで、全部、下見の日に紙袋を持っていた柴田の字で、丁寧に並んでいた。
十一行目に、一行あった。
『高梨恵子様(高梨さんのお母様。桐谷さんからのご希望で)』
コメント
1件
うわ、第17話、めちゃくちゃいい……。朝七時の庭の灯りと缶コーヒーの温度、あの空気感がもう完全に映像として浮かんだ。一ノ瀬の「一本しか飲まないのに二本買ってる日がある」って若林からの情報、あれすごく効いてるよ。ちゃんと伏線として立ってる。 そして柴田のメールで最後に登場した「高梨恵子様(お母様)」の行。あの一文字で、話のレイヤーがまた一段深くなった気がする。桐谷さん自身の手で、誰を呼ぶか決めたってことだよね。その決断の重さが、進行表と席次表の隙間からじわじわ滲んでくる感じがたまらなかった。次の話、本当に楽しみにしてます。