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【side:千景】


自分で言うのは何だが、俺は仕事が出来るタイプだ。


営業職だと仕事の付き合いで飲みに行くのはよくあることだし、今回は取引相手の希望で、隠れ家的なバーを探した。


その店へ入るのは初めてだったけど、口コミ評価も写真の雰囲気も良かったのでここに決めた。


地下への階段を降りて店のドアを開ける。


店内は写真通りに雰囲気の良い店内だった。


店に入ると、すでに一組の客がいて、その前にはバーテンダーが立っている。



────!?



(……何でここにいるんだ……本当に?どうして……)


仕事柄いつも笑顔でいることを意識しているけれど、一瞬で呆気に取られて呆然としてしまっていた。



「日渡さん入りましょう」


接待相手の言葉にハッとしたが、すぐに笑顔に戻す。


軽いパニックの中、促されて店内へ入った。


店のマスターにカウンター席へ案内されて座る。



(──別人?いや、見間違えるはずは無い……全然変わってない。)


──あいつは……東 都希だ。


仕事中にも関わらず、過去のツキが鮮明に思い出された。


──あいつは……兄貴の元恋人だ。


昨日は接待だったので、すぐに店を後にした。


帰ってからもずっと頭から離れなかった。


間違いなくあいつだ。



──けれど、

「薄暗い店内で見間違えたのかもしれない」

と、改めて思った。


息苦しさを感じながらも、今日もあの店へ向かっていた……


店に入ると閉店間際だからか、客は誰もおらず、空いているカウンター席へ座った。


──そこへバーテンが来る気配がする。



そっと顔を上げると……


──俺の目の前に、都希が立っていた。



(──やっぱり……)


きっと、驚いた顔になっていたと思う。


でも……なんとか平静を装って話しかけた。


「昨日も来たんですけど、覚えてますか?」


「はい。」


「この店、とても雰囲気が良いので、帰ろうかとも思ったんだけど、入りたくなっちゃって。閉店前なのにすみません……」



(────俺とは……気付かないか……あれから何年も経ってるし……)



「まだ大丈夫です。ご注文は?」


「じゃあ、ウィスキーロックで」



この会話が精一杯で、実際に本人を目の前にして何を話したら良いのか分からなかった……。



酒を一杯だけ飲み、席を立った。


店を出てからもモヤモヤしている内に、まだ店の近くで立ち止まってしまっていた。


少しすると、店の方から声がして、ツキが階段を上がって来た。



不本意だったけど、反射的に隠れて様子を伺う感じになってしまった。


──ツキに近寄る長身の男が見えた。


その男は当たり前のようにツキの荷物を持つと、そのまま二人でどこかへ行ってしまった。


……仲が良さそうに見えた。


友達なのだろうか……


──それとも恋人?


やっぱり都希だった。

それだけははっきりと分かった。



──また行こう。


何が知りたいのかも分からず、まだ現実味のない頭で帰宅した。




……数日経ち、今日も店の前に来た。


どうやらツキの勤務は固定では無いらしい。


ツキと再会した二日後に、再びバーへ行ったけど、その時にはツキが居なかった。


マスターが「今日は出勤している」と言っていたので、どうしても気になってしまった。


自然と、足が店の方へ向いてしまっていた──



──今日はいる……


店の入り口に手を掛け、少し躊躇う。



兄貴……あいつだよ。兄貴を苦しめた、あいつがここにいるよ……


都希と気付いてからも、この先はどうしたら良いのかなんて、やはり分からずにいた……



過去の記憶が鮮明に甦る……


──優しい都希の笑顔。


──幸せそうに笑い合う二人の姿。


──泣いていた兄貴の背中。


幼かった自分には全てを理解することは出来なかったし、兄貴にも聞けなかった。


兄貴が苦しそうに泣いていたあの日から……今の俺が都希に対して抱いている気持ちの大半は”大好きな兄を苦しめた相手”ということだった。



──仕事なら緊張しないのに……


一瞬唇を噛み締めて、店のドアを開いた。



カウンターに座ると、ツキが目の前に立った。



「これから常連になるんで、名前を知りたいんですけど……俺は日渡千景です。この近くの会社で営業しています」


「……あ、はい」




「あの、あなたの名前は?何て呼んで良いんですか?教えて下さい!」



──全然、こっちを見ない……



「……ツキです」と渋々答えた。


「ツキさん。苗字は?」


「……すみません。フルネームはちょっと……」


「馴れ馴れしかったですよね!すみません。よかったら仲良くしてください」



精一杯の営業スマイルと、高めのテンションで無理矢理に会話を繋いでみた……



その日の営業後も、都希の様子を店から離れた場所で見ていた。



俺、何やってんだ……ストーカーかよ。



店から出て来た都希に、女が駆け寄って行った。


抱きついたと思った途端に頬にキスをしている……


──すると、少し困った様な顔で都希が笑っていた。


女と都希は、手を繋いでタクシーに乗り込むと、その場からいなくなった。


──!!


……無性に苛立った。



俺がこの日に知ったことは、やはり都希本人だったことと、あの頃には見たことの無い、都希の表情だけだった……


「──あの頃とは別人みたいだ……」


記憶の中の都希の笑顔を思い出しながら呟いた──


ただ、抱きしめて。

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